第6話 天使様と幼馴染

「今日は雨か」


 放課後、柚衣は降りしきる雨を見ながら少々肩を落とす。

 好きだった幼馴染である千郷に嘘告されて一週間と少しが経った。

 あの日以来、放課後はたまに公園で華燐と遊んでおり、今日も約束をしていたのだが生憎の突然の雨だ。

 

 壁の向こう側には行ける気がしないが琴美とは少々仲良くなれた。

 と言っても相変わらず素はわからない。


 (折り畳み傘一本持っておいて正解だったな、小さいからちょっと濡れるかもだけどある程度は防げるか)


 柚衣はバッグから折り畳み傘を取り出して広げる。


 そして雨の中帰路につこうとした。

 しかしある独り言がそれを止める。


「どうしよ......傘持ってきてない」


 横を見てみれば困った顔で雨を眺めている千郷の姿が目に映った。

 こちらに気づいている様子はない。


 (千郷も傘持ってないのか......)


 柚衣は自分の手元に目を落とす。


 千郷と昔のように相合傘をしてもよいのだが絶対に気まずいのが容易に想像できる。

 あれ以来あまり会話していないのだ。

 それに折り畳み傘は小さいので二人もろとも濡れてしまう。


 千郷は柚衣に気づいていないのでこのまま無視して帰るのが一番合理的な選択だ。

 

 ただ柚衣の想像と行動は異なるものとなった。


「千郷、傘持ってないのか」

「あ、えっと......うん」


 千郷は柚衣だと気づくと目を逸らした。

 本人は気まずく思っているためであろう。

 

 柚衣自身としては幼馴染というより一人の女子生徒として接することを決めたので気にしてはいない。

 傷心も回復していっている。


「なら、使え。貸すから」

「え、けどゆっくんは......」

「俺は濡れて帰るから」


 柚衣は押し付けるようにして千郷に傘を渡す。

 そして柚衣はバッグを傘がわりにして雨の中走り出した。


「......ばか」


 ***


「これ、貸してくれてありがと」


 昼休み、約束通り琴美が作ったお弁当を食べるため琴美のところへ行こうとすると千郷に話しかけられる。

 昨日貸した折り畳み傘を返すためのようだ。


 柚衣は千郷から折り畳み傘を受け取った。


「ん、別に返さなくてもよかったのに」

「ゆっくんが貸すって言ったんじゃない、借りパクは流石に嫌」

「そっか、まあどっちでもいいんだが」

「ていうか私に傘貸して自分は濡れて帰るとかお人好しすぎじゃない? 馬鹿なの?」

「かもな、けど千郷は濡れなかったから結果オーライ」


 柚衣は傘をしまいに行こうと自分のロッカーの方へ行こうとした。

 しかし千郷はそれを止める。


「ねえ......ちょっと良い?」

「ん? どうした?」

「やっぱりさ......あのことまだ怒ってる?」

「別に怒ってない、というか気にしてない」

「嘘つき」


 千郷とは長年一緒に過ごしてきたしその分喧嘩もあった。

 だから大抵お互いの気持ちがわかるのだ。


「怒ってないのは本当だ。怒ってたら千郷に傘なんて貸してない、気にしてるのは千郷じゃないのか?」

「わ、私? ......言われてみればそうかも」

「あー、そういえば好きだとか言ったけど千郷だったら良いや的な意味だからな。恋愛感情なんてねえよ......もしかしてそれ気にしてたのか?」

「は、はあ? そんなわけ無いじゃん。ば、馬鹿じゃないの?」

「ならよかった、別に千郷を好きになんてならねえよ」

「それこっちのセリフだし」


 千郷と柚衣は目を合わせて笑った。

 これくらいの距離感で良いのかもしれない。

 千郷はこれからも幼馴染であり変に好意を抱いて気まずくなるよりはこの関係のままでいた方が良い。


「とにかく、好きじゃないのに罰ゲームで告白とかもうあんなことすんなよ。俺はああいうのが一番嫌いだ」

「するわけ無いじゃない......あんた以外」

「なんだそれ、俺ならいいってか?」

「まあね、いじりがいあるし」


 千郷はいつも怒りのメーターが上がらない絶妙なラインでイラつかせてくる。

 そんな会話が日常だ。気まずい感じはなくなりいつもの会話に戻っていく。

 

 そうして少し経った後、後ろから聞き覚えのある声がした。


「あの、花沢さん、お弁当持ってきましたよ」


 柚衣は後ろを振り向く。そこには琴美が立っていた。

 千郷もその顔を見て驚いた顔をする。


「......天使様?」

「あ、すみません、お話中でしたか?」

「いえ、昨日柚衣くんに傘を借りたので返していただけです」


 千郷は色々とテンパって敬語になっている。

 一方、琴美は相変わらずの天使様スマイルを浮かべている。


 千郷と琴美はクラスが違うがやはり天使様の影響力は凄まじく存在は知っていたらしい。


「なるほど......そういえば自己紹介がまだでしたね。天瀬 琴美です」

「に、西宮 千郷です。えっと、天瀬さんは柚衣くんに何か用?」

「花沢さんとお弁当を食べる約束をしていたので......無理でしたら大丈夫ですよ」


 琴美は笑みを今度は柚衣に向ける。

 元々の約束は琴美が先だし、それに千郷と何の約束もしていない。


「ここでちょっと話してただけだ」

「二人とも一緒にご飯食べる約束してたんだ。あ、でももうちょっとだけ柚衣くん借りても良い?」

「わかりました。では花沢さん、昨日と同じ場所で待っていますね」


 そう言い、琴美は背を向けてテラスの方へ歩き出す。

 琴美が行った後、すぐに千郷は柚衣に問い詰める。


「......あんた天使様と仲良かったの?」

「仲良いかは置いといて天瀬とは接点はある」

「お弁当二人分あったし今日のゆっくんの昼食は天使様の手作り弁当ってことでしょ? もうカップルじゃん」

「なんでそうなる、別にただ成り行きでこうなっただけだからな?」

「成り行きであの壁がある天使様の手作り料理なんて食べられないわよ! ......で? どこまで行ったの?」

「放課後はほぼ毎日会ってるだけで別に何もないからな」


 多少の語弊はあるかもしれないが事実だ。 

 ここで琴美との詳しい関係や妹のことを話してしまうと嘘告されて一人落ち込んでいたことがバレてしまう。

 そうなれば一ヶ月はいじられるだろう。


「大有りじゃない! ......とりあえず行ってきなよ、後で聞くから」

「お、おう」


 千郷に強引に背中を押されて、柚衣はテラスに向かう。

 後ろから千郷のため息が妙に鮮明に聞こえてきた。

 

「何気に私、高校生になってから一回もゆっくんと昼ご飯一緒に食べてないんだけどな......」

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