第5話 天使様のお弁当
「たまにはこうやって一人で食べるのも良いな」
昼休み、テラスにて柚衣はそんなことを思う。
テラスで食べている生徒は見渡す限りそんなにおらず、みんな中で食べているらしい。
柚衣は購買で買ったメロンパンを食べながら考え事をする。
いつも柚衣は食堂で食べているのだが財布の中身を見てみればほぼ空っぽだった。
だから購買でメロンパンを買って我慢するしかないわけである。
(財布の中身しっかり確認しとけばよかった......)
メニューの中で安い値段であるかけうどんを選ぶという選択もあったのだが二日連続は避けたかった。
だから本日の柚衣の昼食は栄養ゼリーとメロンパンだけである。
お腹が空いてしまうだろうが多少の我慢でどうにでもなる。
柚衣が外の景色を楽しみながらメロンパンを頬張っていると聞き覚えのある声が聞こえてくる。
「あの......ご飯それだけですか?」
柚衣に声をかけたのは少々困惑した目で柚衣の手に持っているものを見る琴美だった。
その手には赤色の風呂敷で包まれた弁当箱らしきものを持っている。
「ああ、まあ、そうだけど......」
「食べ盛りの男子高校生がそれだけで足ります?」
「足りないけど......金が足りない」
「なるほど」
琴美は柚衣の対面の席に座る。
そして弁当包みを解き、割り箸と共に弁当を柚衣に渡す。
その行動に柚衣は少々驚いた。
「どうぞ、少し食べますか?」
「え、いいの?」
「はい、遊びのお礼も兼ねてです。今日は少し多めに作りすぎてしまったので残して夕食にするつもりでしたから」
「天瀬って自分で弁当作ってるんだな」
「料理は好きですし、父から教わっているので」
料理もできるとは女子力の塊である。
一瞬戸惑ったが、男子高校生の食欲に理性は抗うことができず琴美が作った弁当箱の蓋を開ける。
弁当箱の中には見るだけで食欲をそそられる色とりどりな料理が綺麗に詰められていた。
主食は照り焼きチキンでその匂いと見た目から食欲がそそられる。
「とりあえず好きなだけどうぞ」
「それ言われたら全部食べそうなんだけど......」
「あなたの良心に任せます」
一つも表情を崩さずそう言うのでこちらがテストされているようである。
柚衣は弁当箱の蓋にすでに切ってある照り焼きチキンを二つ、ポテトサラダと少量のご飯を乗せた。
そして割り箸を二つに割り、まずは照り焼きチキンから口に運んだ。
「......何これうまっ」
噛むたびに口の中に幸せが広がっていく。琴美の料理は今まで食べてきた中で一番柚衣の好みの味だった。
無意識のうちに顔の表情が崩れていたようで琴美は苦笑する。
そこで初めて自分の表情に気づき、柚衣はいつもの表情に戻した。
柚衣は一人暮らしをしており自炊している。
おかげで料理の腕前が上がっているのではと思い始めてきたのだがこれを食べてしまうと霞んでしまう。
「こんなに美味しく食べていただけて嬉しいです」
「今まで食べてきた中で一番美味しいって言ってもいい」
「それはよかったです」
琴美は天使様スマイルを柚衣に向ける。そこにはどこか気恥ずかしさと嬉しさが混じっていたような気もした。
(こんな料理が毎日食べられたらな)
そんなことを思いながらも残りの料理を口に運ぶ。
しっかりと味を堪能した柚衣は食べた後は満足感でいっぱいだった。
「口が幸せ......」
「よかったら明日も作りましょうか?」
余韻に浸っていると琴美がそんな魅力的な提案をする。
(いいんですか......?)
自分が天使様に手作り弁当を作ってもらっても良いのだろうか。
お礼とはいえ明らかにリターンの方が多すぎる。
「お願いします......と言いたい所だけど負担にならない?」
「大丈夫ですよ。いつもより多少量を増やすだけですし......それに花沢さんには少し感謝をしているので」
「感謝?」
「ええ、花沢さんが言ったように楽しませてあげるんじゃなくて一緒に楽しんで遊ぶことを意識したんです。そしたら華燐は楽しそうに遊んでくれて......だからこれはお礼です」
柚衣にとっては別に何気ないアドバイスのつもりだった。
それが琴美の役に立ったらしい。
「そっか、じゃあお願いします」
「はい、任せてください。何か好き嫌いなどはありますか?」
「特に嫌いなものはない。天瀬の気分に任せる」
「わかりました。では明日はお弁当を持ってきますね」
明日は天使様の料理が満足に食べられる。
そう思うだけでも今日明日は頑張れそうだ。
琴美は部活に入っていないのにも関わらず運動もできて勉強も定期テストでは一位を手堅くとっている。
その上、魅了される美貌を持っていて料理もできるときた。
しかし彼氏はいない。
あまり恋愛というものに興味がないのかもしれない。
ただ、恋愛がこりごりな柚衣にとってはどちらでも良い。
「花沢さん、話は変わりますが今週の土曜日に花沢さんの家へ伺っても良いでしょうか?」
「俺の家?」
「華燐が花沢さんの家に遊びに行きたい、と」
「あー、けど何もおもちゃとか何もないぞ?」
「華燐がおもちゃを持参すると思うのでそこは大丈夫です」
どうやら予想以上に華燐に懐かれたらしい。
(ってことは琴美が俺の家に来る......ま、いっか)
少々部屋を片付けなければいけないがそれ以外に問題はない。
「なら別に来てもいいかな。華燐と天瀬が来たいなら来てくれ、住所はメールで送っとく」
「わかりました......ちょっと楽しみです」
琴美の天使様スマイルからは妹に見せた素の笑みが少々溢れていた。
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