第4話 姉妹

「お兄ちゃん、またトンネル作って欲しいの!」

「おう、任せとけ」


 放課後、柚衣は昨日と同様に砂で服や手を汚しながらも華燐と遊んでいた。

 華燐は相変わらずの無邪気な笑顔で楽しそうである。そしてまたその笑顔が伝染して柚衣も癒される。


 今回は昨日とは違い、ベンチでその様子を琴美が眺めている。

 女子な上に天使様に見られているということで柚衣とて若干の緊張はある。

 しかし遊びに没頭してしまえば気にならなくなった。


「あはは、すごい! ありがとう!」


 トンネルを作ればきゃっきゃと華燐ははしゃいで喜んでいる。

 ここまで喜んでもらえるのは作った甲斐があったというもの。


 (癒しだな〜......)


「ふふ、私と遊んでいる時より楽しそうです」


 琴美はそう言って柚衣たちに温かい微笑みを向ける。

 いつもの天使様の笑顔なのだが、妹がいるということもあって作った笑顔感は抜けている。

 だから余計に柚衣にとって眩しいものだった。モテる理由がよくわかる笑顔である。


 流石の柚衣もずっと遊んでいて疲れたので琴美の隣に少し距離を空けて座る。


 子供の体力は無尽蔵のようで華燐ははしゃぎながら作った砂山で遊んでいる。


「妹さん、元気だな」

「はい、でも家ではいつも一人で遊んでいて少し寂しそうです。私は華燐が何をしたら楽しんでくれるかわからないので何も遊んであげることができなくて、いつもこうして見ています......でも華燐は今とても笑顔なので嬉しいです」


 どうやら少々子供と遊ぶのを苦手としているらしい。

 人間なので苦手なものは誰にでもあると思うのだが天使様の苦手なところと聞くとあまり想像がつかない。

 

 琴美は少し哀しそうに笑う。


「相手のことを考えるのも大切だけどまずは自分が楽しんでみたらどうだ?」

「自分が楽しむ......?」

「俺らは子供の要望に応えてそれを楽しむ。それで案外笑ってくれるかもだぞ。俺らから無理に何かをしようとしなくていいんだ」

「そうかも......しれませんね」


 琴美は華燐の方を見た。


 琴美は妹思いな人だとあまり接点がない柚衣でもすぐにわかる。

 その思いがあればいつか華燐にも伝わる。


「って、俺が言ってもなんだけどな」

「いえいえ、こちらこそ昨日に引き続きありがとうございます」

「じゃあ、もうちょっと遊んでくる」


 柚衣は立ち上がり、華燐の元へ行こうとした。

 しかし琴美は柚衣の手首を掴み、それを静止する。

 

「すいません、少し手見せてもらっていいですか?」

「え? 別にいいけど......」


 柚衣は手のひらを上に向ける。

 すると人差し指に棘が刺さっており、ごく少量だが血が出ていることに気づく。


 遊んでいてどこかの場面で刺さってしまったのだろう。

 琴美に言われるまで柚衣は気がつかなかった。

 それほどの怪我ではない。


「あー、これくらいなら全然大丈夫」

「いえ、放っておくと傷口から菌が入ってくるかもしれません。少し手をそのままにしてください」


 琴美はバッグからポーチを取り出す。

 その中には消毒液や絆創膏などが入っていた。


 どれだけ準備が良いのだと思わず柚衣は思う。

 しかし妹と遊びに行くことを考えれば当然なのかもしれない。


 子供は転びやすいのでそういう時に役に立つ。

 

 琴美はほっそりとした指で柚衣の手に触れる。

 (華奢な手だな、それにちょっと冷たい)


 季節は真冬へと向かっている。今日はいつもよりも気温が低い。


 柚衣は遊んでいたからそこまで寒いわけではない。

 しかし琴美はずっと座っているので温かい格好をしていても寒いだろう。

 

 流石に少し配慮が足りなかった。


 琴美の治療を受けながらそんなことを思う。


「はい、これで終わりました」

「ん、ありがとう......ていうか寒いのか? 指冷たいぞ。カイロとか持ってないのか?」

「カイロは持ってきてないです。こんなに寒いとは思ってなかったので」


 今あるカイロは一つだけ。柚衣が現在使っているものである。

 正直そんなに柚衣は寒く感じていないので柚衣は琴美の手のひらにそれを置いた。


「俺のやつでよければよかったら使ってくれ。寒いだろ?」

「あ......はい、ありがとうございます」


 柚衣は華燐の所へ行き、遊びを再開した。


 ***


「今日はありがとうございました」

「お兄ちゃん、ありがとなの!」


 琴美と華燐は手を繋いでこちらを見ている。

 その様子に姉妹でやはり似ているなと柚衣は思う。


 琴美が美しい天使なら華燐はまだ子供らしくて無邪気が溢れ出ている可愛らしい天使だ。


 大きくなったら華燐も琴美のようになるのだろうか。


「姉妹揃ってやっぱり似てるな」

「そうなのー! 華燐とお姉ちゃんは似てるのー!」


 たくさん遊んだからか機嫌が良い華燐は疲れを感じさせない声でそう言う。

 その様子に天使様の表情が崩れた。


「ふふ、可愛い」


 いつもの美しい天使様とは打って変わってまだ少し子供っぽくて可愛らしい笑顔がそこにはあった。

 

 (やっぱり姉妹で似てるな)


「また華燐の遊び相手になっていただけませんか?」

「ああ、遊びたい時はいつでも俺に連絡してくれ、じゃあまたな、ばいばい」

「ばいばいなの〜」

「さようなら」


 柚衣はいつもよりも軽い足取りで帰路についた。

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