第3話 待ち合わせ

「よっしゃ、学校終わったし今からゲーセン行こうぜ。ついでに夜飯もな。拒否権なし」


 ホームルームが終わると同時に遼は柚衣の元へ行き肩を組む。

 遼は相変わらずの笑顔で、いつも明るさである。


 それを見て自然と柚衣も笑ってしまう。


「わかった、ゲームで戦って負けたら夜飯一品奢り」

「余裕余裕、俺練習してきたんだぜ」


 そんないつも通りのやり取りをしながら廊下を歩いていく。

 

 ただ、少し歩いたところで柚衣は違和感を感じ始めた。

 下校していく人、皆んながそれぞれ別の話をしているが注意は一点に向いている。


 それを遼も感じ取っていたようで自然と耳を傾けていた。


「なあ、天使様誰かを待っているらしいぜ」

「え、まじ? 俺とか?」

「んなわけあるか、女子だろ。ただ珍しいな」


 小声で話しているのはそんな話題。

 琴美が誰かと一緒に帰るために待ち伏せするなんて珍しいと柚衣も思う。

 

 天使様との間にはどこか壁を感じる。

 容姿や佇まいから人気はあるのだが、友達と呼べるような特別仲の良い人物はいない。

 天使様が特定の人と仲良くしているところは誰も見たことがなかった。


 いつも温かいのだが、そこにどこか壁を感じる。

 他人行儀で作られた人柄をしているようなのだ。


 (何があったのかは知らないけど好きな人でもできたのかな)


 ふと、柚衣の脳裏に昨日の柚衣へ向けた琴美の表情が浮かぶ。

 (あれはきっと素なんだろうな......)


 天使様の素を知れたと言うと聞こえだけは良い。


「天使様か、俺あの人ちょっと苦手なんだよな」

「苦手? 王子様に苦手なんてあるのか?」

「おいそのあだ名やめろ。あのな、俺も一部の女子から偶像化されてるみたいだけど人間なんだ。苦手な人くらいいる」

「......それもそうだな」

「そもそも俺でも仲良くできる気がしない。友達にすらなれないと思うぞ」


 天使様との距離は皆んな等しく平等、距離が遠すぎず近すぎず。

 だから遼よりもさらに酷く偶像化されてしまっているのかも知れない。


「そういえば遼、今日は部活なかったのか?」


 遼はバスケ部に所属している。

 一年の中で圧倒的に強く、スタメン入りもしているらしい。

 一方柚衣は無所属。

 たまに勉強もするが大抵はダラダラと一人部屋でゲームをしている。

 一人暮らしをしているので後の時間は諸々の家事だ。


「部活? 今日はない......あれ、今日木曜だから......金曜が休みで」


 するとみるみるうちに顔が青ざめていく。

 この様子はどうやら部活があるらしい。


「今日俺部活だったわ、やらかした」

「急いで行ってこい。また明日でいいから」

「本当すまん、明日絶対な!」


 遼はそう言ってダッシュで体育館へと向かっていった。

 

 その後ろ姿を見てやれやれと言ったように息をつく。

 ああいう少し抜けている部分も女子から人気の一つだったりする。


 今日はどうやら家でのゲーム日和らしい。


 そうして足を進めていくと琴美が階段付近で鞄を持ち、真っ直ぐな姿勢で立っていた。

 壁に寄り掛かろうとはせず、琴美の周りだけ光っている。


 同級生たちは物珍しげに琴美を見ている。


 そうしてやがて一人の生徒が琴美に話しかける。


「天瀬さん、よかったら俺と一緒に帰らない?」

「申し訳ございません。待っている人がいるので」


 琴美はキッパリと丁寧に断った。

 こういうことは慣れているらしい。


 少しその生徒の前をみれば数人の生徒がその生徒を見て笑っていた。

 そしてその生徒も笑っている。

 昨日の経験もあり、それがすぐに罰ゲーム的なものによるものだと気づいた。


 少し嫌悪感を抱いたものの、柚衣は気にすることなく琴美の前を通り過ぎようとする。

 その時、一瞬琴美と柚衣の目が合う。


 そして琴美は何かに気づいたかのように柚衣の服を掴んで止めた。


「あの、途中まで少し宜しいですか?」


 まさか待っている相手が自分とは思わず、柚衣は一瞬困惑してしまう。

 昨日のことで話があるのだろうか。


 そうして隣で一緒に歩いているのは天使様だ。


 その光景に柚衣に嫉妬の視線が向けられる。

 (視線の針に殺されそう......)


 琴美は何も喋っておらず無言だ。おそらく人がいる中で話したくないことなのだろう。

 周りに人が少なくなったところで柚衣は話を切り出すことした。


「それでどうしたんだ?」

「昨日のことで改めて謝罪とお礼が言いたかったんです。疑ってすみませんでした。妹を助けていただいたのに少々無礼な態度を取ってしまいました。本当にありがとうございます」


 琴美は丁寧に頭を下げる。まさかそこまで謝られるとは思っておらず柚衣は一瞬驚く。


「全然いいよ、むしろ俺も妹さんの元気にちょっと励まされたっていうか」

「というと?」

「ああ、すまん、なんでもない......というかそれだけいいたかったのか?」

「いえ、それでお願いがあるのですが......今日もう一度妹と遊んでいただけませんか? 昨日の遊びがよほど楽しかったのかまた公園で遊びたいらしくって」

「なるほど、俺は全然いいよ」


 そんなことなら柚衣は全然遊ぶ。むしろ暇で困っていたところだ。

 家でダラダラとゲームするより華燐と遊ぶ方が有意義だし充実している。


「ありがとうございます。これ、私の連絡先です。よかったら交換しませんか? 何かと交換しておいた方が便利ですし」


 そう言い、琴美はスマホを取り出す。

 天使様との連絡先交換。

 果たして自分がしてしまってよいのか疑問に思ったが特に気にせずに交換することにする。


「ではまた後で。公園で待ってますね」

「わかった」

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