第2話 天使様と王子様

「......誰ですか?」


 柚衣の目の前にいる天使様こと琴美は訝しげな目で柚衣を見ている。

 それもそのはず、見ず知らずの人と自身の妹が手を繋いで歩いていたのだ。

 

 しかし柚衣の方に非はない。元々、妹のことをちゃんと見てあげなかったからこうなったのだ。

 

 姉としての本能的なものに近いのだろうが天使様に嫌悪感を抱かれていることに柚衣の豆腐メンタルは抉られる。


「花沢 柚衣、高一......別に何もしてないからな」

「あのね! 華燐ね! このお兄ちゃんにいっぱい遊んでもらったの! お兄ちゃんがトンネル作ってくれたんだよ!」


 柚衣の制服姿と華燐の言葉で少しは疑いが晴れたようだ。

 しかしいつもの学校の温かい雰囲気は感じられない。むしろ圧を感じる。


 柚衣と琴美は同じクラスではないので向こうは柚衣のことを知っていなくて当然。

 だから少々警戒しているのだろう。


「天瀬 琴美です。同級生......の方ですね。私は一年C組です。花沢さんは何組ですか?」

「A組だ」

「そうですか。今日は妹のこと、助かりました。本当にありがとうございました」

「お兄ちゃん、ありがとう!」


 色々と言いたいことはあったのだろうが、妹の前では控えようと思ったのか琴美は頭を下げてお礼をする。

 それに真似て華燐もお辞儀をする。

 正直柚衣の方が華燐にお礼を言いたいくらいだった。なぜなら傷心を少し癒せたからである。


「ああ、次からはこんなことしてお姉ちゃんのこと心配させたらダメだからな」

「うん! お兄ちゃん、また遊んでね、ばいばい!」

「......」


 華燐とのやりとりを見て少し警戒が解けたのか最後の方にはいつもの温かい天使様に戻っていた。

 柚衣は笑顔の華燐に手を振って、その場を去った。


 ***


「ゆ、ゆっくん......お、おはよ」

「......」


 朝、柚衣が教室へ向かっていると千郷が若干気まずさを覚えながらもいつも通りに挨拶をしてくる。

 それに対して少々柚衣はイラつきを覚えてしまう。今更もう何も思わない。


 柚衣は軽い会釈で流した。


 もし謝罪の気持ちがあるのならとにかく放っておいて欲しいのだ。


「昨日は本当にごめん、あんなことダメだったよね......」

「別に俺は気にしてない。ただ罰ゲームでももう絶対やるなよ」


 柚衣があの告白を受けてしまい、さらに好きだと言ってしまったからこの気まずさがある。

 もうそんな気持ちは微塵も残っていないわけなのだが。


 柚衣は教室へと足を早める。

 そして教室に着いて、自分の席に座った途端にため息をつきながら机にもたれかかった。


(......結局俺の一方的な気持ちだったんだな。少しでも期待していた過去の俺をぶん殴りたい)


「おはよう、柚衣。今日は随分と落ち込んでるな〜」


 そんな様子を見かねたのか一人の生徒が柚衣の元へ近づいた。

 クラスメイトである大園 遼おおぞの りょうである。

 

 柚衣が友達と断言できる唯一の人であり親友だとも思っている。

 千郷と同じく柚衣の幼馴染でその仲は長い。


 今の所柚衣が信用できる人は遼だけになっている。

 遼と千郷は接点がないが、柚衣が千郷と仲が良く千郷のことが好きだったことは知っていた。


 恋愛の相談にも乗ってもらったり何回も助けられている。


「お前だけだよ、俺の友達は......」

「元気出せって、ジュース一本奢ってやろうか?」

「俺の傷心はジュース一本じゃ治せん」

「じゃあ二本」

「増やすな増やすな」

「よし、ツッコミは健在だな」


 相変わらずの遼に思わず柚衣は笑ってしまう。

 この会話が自然と傷心を癒してくれる。


「ほい、俺に聞かせてみ、どうした? 告白でもしてフラれたのか?」

「......端的にいうと千郷に告白された」

「え!? 告ったんじゃなくて告られた!? ......じゃあなんで」

「罰ゲームの嘘告だった」

「......」

「告白された時、俺も千郷が好きだからこちらこそよろしくって言っちゃったから今めっちゃ気まずい」

「......」


 何も喋らないので遼の方を見てみれば哀れみの目で柚衣は見られている。

 遼は柚衣の肩を軽く二回叩く。そして励ましの言葉をかける。


「そっか、そういうこともあるんだな」


 モテ男に言われても柚衣はため息しか出ない。

 琴美は天使様と呼ばれており一番の美少女。

 一方、遼は王子様と呼ばれており一番の美男子である。


 故に女子からモテまくっている。いいやつなので男子からの人気も高い。

 だから柚衣が幼馴染だということでよく柚衣に遼の連絡先を聞かれたりする。

 本人が許可しない限り教えないわけなのだが。


 高校入学当初はモテ具合はかなり酷く、柚衣と遼はよく行動を共にしているので柚衣も巻き添えにあった。

 だからモテる人の苦悩は柚衣は知っている。


 けれども遼の言葉は今だけ嫌味にしか聞こえなかった。

 本人にとって悪気はなく純粋な気持ちなのでそのように思えてしまう自分にも腹が立った。


 とにかく今は気持ちの整理がついていないのである。


「でも流石にそんな人だとは思わなかった。いくらなんでも嘘告は良くない。そんな女子と付き合わなくて正解だったんじゃないか? と言いたいところだけど......放課後俺とどっか遊びに行くか? 今日空いてるぜ。ちなみに拒否権はない」

「わかった、行く」


 どこか気を紛らわせるには何かに没頭すると良い。

 一日中暗い雰囲気でいるわけにもいかない。


 (引きずってても仕方ないか。千郷とは流石に少しだけ距離をとろう。別にそれだけで良い。変に嫌う必要はない)


 柚衣はパチンと自分の両頬を叩く。そして心の中の暗い自分を切り替え、ポジティブな思考でいられるようにする。


「ゲーセンであの格闘ゲーもう一回やるか? 今度もボコしてあげるぞ」


 柚衣は先ほどの暗い雰囲気とは変わって口角を上げながらそう言う。

 同時に遼もそんな柚衣を見て笑顔になる。


「言ったな〜、ぜってー負けねえ」

 

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