第39話 現実と夢の膝枕

「廊下にトップ十位まで張り出されてるらしいし、見に行こうぜ」


 昼休み、柚衣は遼にそう誘われる。

 

 学年末テストも終わり、春休みまで三年生の卒業式以外にイベントがなくなった。

 テストの出来はそこそこと言ったところである。

 前回よりは随分と点数が上がっており、英語に関しては載っている自信がある。

 数学も平均点を十点ほど上回っていたので努力の成果が出たのではないだろうか。

 

 とはいえ朝から柚衣は気が気でなかった。


「柚衣、今回なんか点数高かったんだし載ってるんじゃね」

「そうだな、一教科くらい載ってたらいいな」


 軽口を叩くが本音をいえば載っていて欲しい。

 受験ではないので次があるとはいえ、目標のために頑張ってきたのだ。


 廊下に出ればやはり順位を確認する生徒が多く、時間がかかりそうだ。


 人混みの中には琴美の姿も見受けられた。

 まだ見れていないが一位は手堅く取っているだろう。


「やっぱり流石の天使様って感じだよな」


 しばらくして人が去っていき、やっと柚衣たちは順位表を見ることができるようになった。

 総合順位のところをみればやはり一位は琴美だった。

 そしてその二つ下には遠藤の名前が書かれていた。


「あ、秀一の名前あるじゃん」

「......みたいだね、三位なんて初めてだよ」


 どこからともなく現れた遠藤が明るい口調で喋る。

 言動から賢い人物であるだろうとは思っていたので驚きはしなかったものの感心させられる。


 柚衣はそのままゆっくりと下に視線をずらしていく。

 しかし名前は載っていなかった。

 惜しいという訳でもなく柚衣の点数は十位の人の点数に十五点程度足りない。

 載っているとは思ってもいなかったので悔しがる必要はないのだが心にくる軽いダメージはある。


 そして次に教科ごとの順位を見ていく。

 しかし今のところどの教科にも柚衣の名前は載っていない。

 最後に自信のあった英語、胸を落ち着かせながらゆっくりと視線を下す。


 (五位、六位、七位、八位......九位......そして十位)


 柚衣は小さくため息をつく、十位以内には載っていなかった。

 あと五点以上取れていれば載っていたがその五点に壁を感じる。


 今柚衣にあるのはもっと前から頑張っておけばよかったという後悔だ。

 そもそも決意した時点で無理な話だったのかもしれない。

 柚衣は強く拳を握りしめる。

 努力が必ず報われるかと言ったらそうではない。

 その努力が報われるほど価値のあるものだったかによる。

 

 ただ、自分にしては頑張った方と言い聞かせて落ち込んだ気分を無理やり上げようとする。

 

「載ってたか?」

「いや、載ってないな。俺が取れるんだったら他の人も取れるよなって話。一応聞くけど遼は?」

「もちろん載ってないぜ! 赤点回避できればそれでいいからな」


 柚衣の努力など知らない遼はいつものテンションでそう答える。

 悩みはあるものの柚衣に見せる顔はいつも元気だ。

 そんな遼を見て思わず笑ってしまう。


「来年からは勉強頑張るか」

「中一の頃も同じようなセリフを聞いた気がするんだが......」

「未来の俺が勉強してくれるでしょ」

「遼くん、そう言っていつも勉強してないじゃん」

「秀一まで未来の俺を信じてくれないのか!?」


 笑っているものの柚衣の心の中は悔しさでいっぱいだった。

 また一歩、琴美が遠のいていくかのように感じる。

 今の柚衣では完全に不釣り合いの状態なのだ。

 

 (......このまま欲張らずに友達のままいた方が良いのだろうか)


 柚衣が琴美に好意を抱いていることに気づかれてしまえばこの関係がどうなるか分からない。

 であれば変の欲張らずに心の内に隠すという手の方が良いだろう。


 柚衣は複雑な感情を心の奥にしまった。


 ***


「一年生もあと少しで終わりですね」


 放課後の柚衣の家にて琴美はそんなことを呟く。

 テストも終わったということで今まで通り琴美は遊びに来るようになったのだ。

 日課となったランニングや筋トレなどは続けるものの頑張るのは少し休憩だ。

 

 記憶を辿れば長かったように感じられる高校一年生も思うとあっという間だ。

 琴美と出会ったのが十一月くらいだった気がするので、出会って約五ヶ月が経とうとしている。


「だな、テストも終わったしやっと解放された」

「柚衣くん頑張ってましたし、結果はどうだったのですか?」

「......前よりは良くなってたよ」


 目標にこそ届かなかったものの、前よりは良くなっていたのでそう伝えておく。

 なぜか琴美とは目が合わせられなかったので逸らした途端、視界が九十度まわる。

 そして頭に柔らかい感触が伝わってくる。


「なら頑張ったご褒美です」

「......この状況に既視感あるんだが」

「嫌ですか?」

「別に俺は良いけど......」


 突然されるのは心臓に悪いのでやめて欲しいと柚衣は思う。

 ただ、疲れた体は琴美の膝枕に拒否することができずにそのまま受け入れてしまう。


 膝枕の提案をされたところで拒否するので柚衣を甘やかしたいのであれば強引でも確実な選択だ。

 しかし琴美は抵抗を覚えないのだろうか。


「好きな人以外にそういうのやるのは良くないと思うぞ」

「なら、大丈夫ですね」

「......安易に俺を揶揄うんじゃない」


 一定の好感度があることを知っているが少なくとも好意を抱かれている訳ではないと思っている。

 柚衣が思う限り好きになる要素がない。

 突出して勉強ができる訳でもなければスポーツができる訳でもない。

 性格の面でも周りと比べて気遣いができる方だとは思っているが紳士で優しいかと言われれば分からない。


 琴美の感情は親友に向ける感情と似たようなものだろう。


「髪とほっぺた触ってもいいですか?」

「お好きにどうぞ」


 もはやこの状況で拒否することもできないのでいっそのこと堪能してしまおうかと開き直る。

 琴美の手つきは優しく、またもや包まれてしまっていた。

 

 (あ......これダメなやつだ)


 完全に柚衣は琴美に甘え切ってしまっている状態になっている。

 琴美は柚衣の髪を触りながらもう片方の手で頬を突く。

 今、琴美がどんな表情をしているか気になるが琴美に甘えている体は動くことさえ拒否する。


「......やっと柚衣くんを甘やかすことができて私は嬉しいです」

「嬉しい?」

「はい、嬉しいですよ。柚衣くんと接する機会がここ数週間減っていたので」

「それは......ごめん、勉強に集中したかったから」

「もちろんわかっています。私がただ寂しく感じただけですから」


 その言葉を聞いて今まで自分は何をしていたのだろうと柚衣は我に帰る。

 琴美の側に立ちたいがために琴美の側を一度離れる。

 たしかに理由はどうであれ、自分を変えようとするのは良いことかもしれない。

 しかしそれは結局ただの自己満だ。

 努力していた目的を途中で見失い、琴美に迷惑をかけるなどあまりにも自分勝手すぎる。


「やっぱり私は欲張りですね。柚衣くんの側に少しでも長くいたいです」

「自分勝手でごめん、ずっと側にいるって言ったのに」


 今まで孤独だった分、やっとできた友人と過ごしたいという思いも強いはず。

 それなのに柚衣は自分のことを優先してしまった。


「謝らなくてもいいですが、そうですよ、柚衣くんのせいです。柚衣くんだから私も側にいたいと思ってしまうのです。柚衣くんの側が一番安心しますから......つまり若干、依存状態になっています。これは柚衣くんのせいです」


 そう言って琴美は柚衣の頬を先ほどよりも強めに突く。


「......れたらな」

「ん、なんて?」


 琴美はたまに近くにいる柚衣でさえ聞こえないくらい小さな声量でボソッと呟く。

 何か言っていることはたしかなのだが、それはいつも柚衣の耳に鮮明に届くことはない。


「なんでもないですよ。あ、ちなみに罰として今日はずっとこのまま撫でさせてください」

「......どうぞ」


 柚衣はしばらくして本能に負け、寝てしまったのだが琴美は帰るギリギリまで起こさずに頭を撫でた。

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