第41話 ホワイトデーのお返し

「さて、出来てるかな」


 柚衣はラップに包まれた皿の上にあるチョコブラウニーを切り分け、一口頬張る。

 すると、チョコレートとバターの味がしっかりと感じられて中々に美味しい。

 食感もパサついている訳ではなくふんわりとしている。

 悪い出来ではなく、今回が初めてということも考慮すればむしろ上出来と言えるだろう。


 本日は一般的に貰ったバレンタインのお返しをする日、ホワイトデーと言われる日だ。

 そのため琴美にお返しを考えなければならなかった。

 何が良いかと考えた結果、手作りには手作りで返そうとチョコブラウニーを作ることにしたのだ。

 正直不安だったがうまく出来たようで何よりだ。

 

 遠藤にもバレンタインのお返しがまだ出来ていないので渡そうと柚衣は考えている。

 そしてお返しがいらないと言っている遼にも食べてみて欲しいとは思っているので後で聞いてみることにする。

 

 ちなみに遼は少々女子との間でトラブルがあったようだが仲の良い人たちにはお返しはすることができたらしい。


 柚衣がチョコブラウニーを切り分けているとインターホンが鳴った。

 おそらく琴美と華燐だろう。

 最近は華燐と遊んでいなかったので久しぶりの訪問だ。

 

 作業の手を止めて玄関へ向かう。


「お久しぶりなの!」

「こんにちは」

「ん、どうぞあがってくれ」


 ドアを開ければ琴美と琴美の手を繋いでいる華燐の姿が視界に映った。

 こうして二人が一緒に来るのは久しぶりだ。

 

「ちょっと背、大きくなったか?」

「うん! 華燐ね、いっぱい牛乳飲んだんだよ!」


 柚衣が高校二年生になると同時に華燐も年長になる。

 やがて少しずつ大人になっていき、こうして遊ぶことは少なくなっていくのだろう。

 それでも今はまだ子供だ。


 (今日は久しぶりだし、たくさん遊ぶか)


 華燐は靴をその辺に放り投げてそのまま走ってソファに向かう。


「華燐、お姉ちゃんみたいになるんじゃないの?」


 相変わらずだなと思っていると琴美が華燐にそんなことを言った。

 すると華燐はハッとしたように玄関に戻り、靴を綺麗に整える。

 

 そしてソファにリュックを置き、おもちゃを取り出し始めた。


 成長を感じられて柚衣は心の奥からじんわりと温まっていくのを感じる。


「そういえばチョコブラウニーあるけど食べる?」


 琴美がソファに座ったところで柚衣はそんなことを聞く。

 先に遊ぶか、手作りのお菓子を振る舞うかで柚衣は迷っていた。

 しかし遊んでいれば夢中になっていつのまにか帰る時間になっているだろう。

 一応プレゼントとして渡す選択もあるのだが折角なのでここで食べてしまった方が良いとも思っていた。


「では、いただきます」

「ちょこ、ぶらうにー......?」

「うーん、ケーキみたいなもの」

「食べてみたい!」


 おそらく華燐も食べれるような味のはずだ。

 柚衣は少し一欠片分切り、試食として華燐に渡す。

 そして口に入れると目を輝かせた。


「これがチョコブラウニー、もっと食べる?」


 そう聞けば華燐は頷いた。

 柚衣はその反応を見てチョコブラウニーを二つ分切り分ける。

 

「琴美はコーヒーで良い?」

「はい、お願いします」

「華燐はオレンジジュースとリンゴジュースどっちが良い?」

「オレンジジュース!」


 ある程度琴美とは一緒にいるので大体嗜好が掴めてきた。

 そして机の上に飲みものとお菓子を用意する。


「とても美味しそうですね」

「一応......手作り。口に合うかわからないけどお返しだ」

「なるほど、今日はホワイトデーでしたね。ありがとうございます」


 自分で食べてみて味は悪くないと思っているのだが、それでも結局は自分の評価だ。

 美味しそうに食べている姿が柚衣としても見たい。

 

 琴美はフォークを手に取った。

 柚衣の中ではその動作がゆっくりに感じられるほど緊張してしまっている。


「......うん、美味しいです」


 琴美が一口食べれば口元を緩ませてそう言ったのでお世辞でもなんでもないだろう。

 柚衣にそう言ってまた美味しそうに食べているので作ってよかったと柚衣は思う。

 一方、華燐も同じ反応なので美味しいことには違いない。

 

「驚きました、柚衣くんは料理ができないものかと」

「......手作りは手作りで返したかったし」


 朝早くに起きて登校時間ギリギリまで作っていたのだが中々に大変だった。

 しかしそのことは言わないでおく。

 塩と砂糖を間違えたり、オーブンで焼き過ぎて焦がしてしまったりとやり直しもあった。

 

「塩と砂糖を間違えたりしませんでしたか?」

「流石に......間違えてない」


 いつものからかいのようだが今回は事実なので否定に若干の間が入ってしまう。

 その様子を見て察したのか微笑する。


「また今度料理教えてあげますよ。なんだかんだ言って一度しか教えたことがないですからね」

「それは大分ありがたい」

「まあ、これを超えるようなお菓子を作れないでしょうけど」

「明らかに琴美の作ったものの方が美味しい気がするんだが......」

「わ、私にとっては柚衣くんが作ったものの方が美味しいですよ」


 追求しようとすれば琴美は顔を赤らめて視線を逸らすので柚衣の胸の鼓動は早くなってしまった。

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