第15話 天使様の孤独

「お前、天使様とどういう関係なの?」


 昼休みの校舎裏、柚衣は同級生三人に囲まれて壁に追いやられている。

 

 勉強を教えてもらうのも兼ねて柚衣と琴美が向かい合って座っていると声をかけられた。

 柚衣に用件があり少し時間をくれと言われたのだ。

 そして案の定校舎裏に連れてかれてしまった。

 

 声をかけられた時の三人の雰囲気こそ穏やかだったものの、嫌な予感がしたので行きたくはなかった。

 しかし真面目な話だった場合、拒否することはできない。

 結果的には真面目な話ではなくむしろ拒否することが正解だったようだ。


「別に何も、勉強教えてもらってただけなんだけど」


 柚衣は相手を刺激しない言葉をなるべく選ぶ。

 この三人は天使様と一緒に勉強していたことに嫉妬しているのだ。

 

 正直、勉強に集中していたので邪魔しないで欲しかった。


「嘘つけ、仲良さそうに喋ってただろ」

「友達だからな、当たり前だ。喋って何が悪いんだ」


 嘘を話してもこの状況が先延ばしになるだけなので淡々と答える。

 友達なのは事実だし、友達と話して何が悪いのかわからない。


「は、はあ......? 友達? いやいや、お前みたいな奴があり得ねえだろ」


 なんだこいつ、と心の中で思わず突っ込んでしまう。

 事実を言えば貶されて信じてくれない。

 信じれないという言い方が正しいだろうか。


「と言われても友達は友達。安心しろ、付き合ってないし付き合う気もない」


 天使様とは友達ではないが否定するとさらに追求されると思ったので肯定しておく。

 柚衣が友達なのは琴美であって天使様ではない。


 同級生の一人は俺の真横の部分の壁を思いっきり殴る。

 人生で一番されたくない壁ドンだ。顔に当たったらと思うとゾッとする。


 明らかなマイナスだ。


 柚衣は大きくため息をつく。


 琴美と友達になったことによって新たな問題ができたようだ。

 天使様に好意を抱く者からの嫉妬を受けることになってしまった。


 (こんなことなら琴美と友達にならなかった方が......いや、それは違うか)


 マイナスとはいえ琴美に非はないし、琴美といると落ち着く。

 友達としてある程度気を許せるからだ。

 

 こんな人たちが琴美を勝手に偶像化して無理やり天使様という仮面を被らせたのだと思うと怒りが湧いてくる。


「もうさ、お前天使様に近づかないでくれ。そしたら別に俺たちも何もしない」

 

 (......そうか、こういう人たちがいたから天使様は壁を作ったんだ)


 自衛のために、他人に迷惑をかけないようにするために、天使様はみんなに等しく壁を作った。

 だから柚衣に見せたのは年相応の一人の少女の本音。


「そうだな、これからも天瀬とは友達でいるよ」

「は......? お前人の話を......」

「お前らこそ人の気持ちは考えたことあるのか?」


 琴美はずっと一人で頑張ってきた。

 そのことをこの三人は知らずに偶像化している。


「天瀬から友達を奪って、それでどうする?」

「それは......」

「正直心底不愉快だ。天瀬が壁を作らざるを得なくなった状況を作ったのはお前らみたいな奴だろうな」


 柚衣は淡々と話をする。はらわたが煮えくりかえっているので何か言ってやらないと気が済まない。


「てめえ......!」


 一人は限界が来たのか拳を振り上げる。

 ただ、柚衣は瞬きもせずにそれを見つめる。


「殴るのか? それも一つの選択だ。けど殴られたら訴えるし、その事実が広まったら天使様どころかみんなに軽蔑されて無視されるんじゃないか? よかったな、お前らが天使様に強要させた孤独を味わえるんだぞ」


 柚衣はマイナスが大きくなることを恐れて、自ら壁を作った。

 それに一人になることが多いというだけで孤独ではない。


 しかし琴美はこの三人のような周りの人のせいで壁を作らなければならなくなった。

 四方八方誰もおらず、頼れたり素を見せられるのは家族だけだった。


 二人は似ているようで異なる。琴美の方が精神的な負担は大きいものだ。

 だからこそ柚衣は友達として琴美を支えたいと思っている。


 柚衣の臆しない様子に諦めたのか仲間の一人が拳を下ろさせる。


「もうやめようぜ、時間の無駄だ」

「......ちっ」


 内心ヒヤヒヤしていたので柚衣はバレないようにホッと一息する。

 そして三人は去っていく。


「別に俺は狙う気ないから攻略するなら勝手にしてろ」


 あのようなことをする人たちが攻略できるとは思えないが去っていく三人の背中に向かって言っておく。

 

 柚衣に琴美に対する恋愛感情はびっくりするほどない。

 人間なので可愛いなと思うところはあるが恋愛感情にまでは発展しない。


 ため息を大きくつき、柚衣も琴美の元へと戻った。


 ***


「ごめん、部活の勧誘だった。新しい部活を作ろうと思うんだけど入らないかって言われた。断ったけど」


 戻ると琴美に何のようだったかを聞かれたので柚衣は適当に誤魔化す。

 気づけば昼休みはあと十分となっている。時間はあるが戻らなければならない。


「勉強道具片付けてくれたんだな、ありがとう」

「ええ、時間も時間ですし」


 待ってくれたことにも感謝しつつ、琴美が持ってくれている柚衣の荷物を受け取ろうとする。

 しかし受け取ろうとしたところで琴美に荷物を上げられて柚衣の手は空ぶった。


「あの......天瀬?」

「嘘つきの人には渡しません。事実を言ってください。作り話にも程があります。大体私たちがお話ししてるところを割り込んでまでする話じゃないでしょう? 作るにしてももう少しマシに作ってください」


 どうやら柚衣の嘘は簡単に見抜かれていたらしい。

 

 本当のことを言えば琴美は傷つくと思うので言えない。

 ただ、このまま黙り込んでいても何となく琴美は察してしまう。

 

 柚衣は考えるが、結局何も思い浮かばずに琴美に察せられてしまう。


「なるほど、私絡みですか。天使様と呼ばれているらしいですもんね」


 琴美は若干のため息と共にそう言う。

 声にいつものような明るさはなく弱々しく聞こえる。


「......ごめんなさい。私のせいですね。なるべく学校では関わらないようにしますから。それでは」


 琴美は柚衣に強引に荷物を押し付ける。そして一人歩き出す。

 追いかけることもできずに柚衣はその背中を眺めることしかできなかった。

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