第43話 身勝手な恋

「琴美、入っていい?」


 琴美の部屋の前についた柚衣はドアを数回ノックした。

 すると慌ただしい声で琴美は返事をする。


「ちょ、ちょっと待ってください!」


 中からは物音が聞こえてくる。

 部屋の片付けをし忘れていたのだろうか。

 とはいえ琴美の部屋が散らかっているという想像ができない。

 前回に来た時もかなり綺麗に整頓されていたし日頃から丁寧に清掃されているであろう部屋だった。

 となると何かの拍子に散らかってしまったのだろうか。


「すみません、お待たせしました」


 一分もしないうちに部屋から少し額に汗をかいた琴美が出てくる。

 そして柚衣の目に前回と変わらない部屋の内装が映る。

 とても荒れていたようには思えない。


「だ、大丈夫か?」

「はい、お気になさらず」


 そうして柚衣は促されるように座らされる。

 

 琴美の家に来たは良いものの、実際何をするのだろうか。

 何を持ってこれば良いかわからず、柚衣は一応無難にゲーム機を持ってきていた。

 

 ただ、特に意識する必要はないかとすぐに疑問を取っ払う。

 柚衣の家で遊ぶ時も大抵話をして、稀にボードゲームなどをする程度だ。

 遊ぶと言っても一緒に過ごしていると言った方が正しいだろうか。

 学校でも話しているがクラスは違うので全く話さない日もある。

 その分、柚衣の家で琴美と話しているのだ。

 

 そんな何気ない時間が楽しいし、一緒にいて落ち着く。


「あ、お揃いで買ったマグカップ。もう三ヶ月くらい前か」

「そうですね、もちろん今でも使っています」

「俺も使ってる、思い出だしな」


 部屋を少し見渡していると柚衣はお揃いで買ったマグカップが勉強用であろう机に置かれているのを見つけた。

 思い出が大切にされているのだと思い、心の奥がじんわりと温まっていくのを感じる。


「私、クリスマスを友達と過ごしたのはあれが初めてだったんです。もっというならここまで仲の良くなれた友達は柚衣くんだけです」


 琴美はそう言ってはにかんで笑う。

 思春期を迎えてから異性からそういう目で見られるようになって苦労してきたのだろう。

 現に高校に入って人との壁を作らざるを得なくなった。


「話は変わりますけどゲームをしませんか?」

「何のゲーム?」

「十回ゲームというものです。試しに膝って十回行ってみてください」

「膝、膝、膝......」

「ではここは?」

「膝......じゃなくて肘。あー、なんかやったことあるな」


 学校で一度は流行る遊びだ。

 昔に遼に何度も引っ掛けらせられて少しイラつきを覚えた記憶がある。

 引っかかるごとに煽ってきたのでイラついた訳で、普通にやる分には楽しいだろう。


「では柚衣くんからどうぞ」

「んー......シャンデリアって十回言ってくれ」


 そうしてそんなゲームをしながら時間が過ぎていく。

 琴美は流石と言ったところか引っかかった回数が二、三回しかなかった。

 一方の柚衣は何回も引っかかっている。

 と言ってもある程度このゲームには慣れてきた。

 十回言う単語から質問を予測すれば良い話。


「では、スキー台と十回言ってください」

「スキー台?」

「できるだけ早く言ってくださいね」

 

 柚衣はスキー台から質問を予測しようとする。

 しかし特に思い浮かばないのでそのままスキー台と十回言う。


「スキー台、スキー台、すきーだいすきーだい......」


 四、五回行ったところで柚衣はあることに気がついた。

 そして徐々に顔が赤くなり、琴美から目を逸らす。

 意図しているのかしていないのかわからないので再度琴美の方を見てみれば表情を一切変えていない。

 故におそらくいたずらではないだろう。

 邪心を消すべく、なるべく早くスキー台と十回言った。

 

 そして言い終えたところで琴美は笑みを浮かべる。


「そんなに私のことが好きなのですか?」

「......やられた。流石に良くないと思うんだが」

「ふふ、やはり柚衣くんはからかいがいがあります」


 琴美は何とも思っていないだろうが心臓に悪いのでやめてほしいと柚衣は思う。

 安易に男子高校生の心を揺さぶるのはやめてほしい。

 あくまでも仮にの話だが琴美が柚衣に恋愛感情があったとして、それでもやはりやめてほしい。

 不意打ちなのでこちらの心臓がもたないのだ。

 ただ、柚衣以外にはやらないし、恋愛感情があるからそう思っているだけなので何ともいえない。


「そういえば柚衣くんには好きな人はいるのですか?」

「......なんか前にも聞かれた気がするんだけど」

「そうですね、確かに前にも聞きましたが柚衣くんだって思春期の高校生ですし、そういう感情があってもおかしくないかなと」


 ここで琴美のことが好きだなどと真っ直ぐ言うパターンはよく漫画などで見かける。

 もしくは好きな人がいると匂わせる発言もよくある。

 

「こ......べ、別に好きな人はいないな」


 しかしそんな勇気が柚衣にある訳もない。

 好きな人の名前が出かけたもののすぐに喉の奥に引っ込んでしまう。


「そういう琴美は?」

「私は......まあ、柚衣くんみたいな人が彼氏だったらなとは思いますけど」


 琴美はそう言って髪をくるりといじる。


 答えが微妙に返答になっていない。

 好きな人がいるかどうかはぐらかされた感じだ。

 とはいえ柚衣みたいな人が彼氏だったら良いと言われて素直に嬉しい。


「俺みたいな人?」

「......はい、柚衣くんの側は心地良いですし、彼女のことは大事にしてくれそうですし」


 もし未来で彼女ができたら大切にするつもりだ。


 (できることなら......いや、できることならじゃなくて俺は......)


 手が届きそうで実際には琴美とは遠く離れているだろう。

 それでも柚衣は諦めたくないし、できるできないで取捨選択したくない。


 恋とはどこまでも身勝手で理論では説明できない。

 

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