最終話 青くて甘いフルコースを君に

 片付けも終わり解散となっても皆文化祭の余韻に浸りたくてなかなか帰らない。


 それは僕と心さんも同じだったが、教室にいると皆に色々と質問されたりいじられたりするので逃げるように旧校舎の屋上にたどり着いた。今日は出入口の鍵が開いていた。


 心さんが冷泉さんから聞いたことがあるらしいが、たまに屋上でサボっている先生がいるらしくその先生がカギを持っていてたまに開けっ放しになっているらしい。今日もその先生はサボっていたのだろう。


 あのときと同じ夕焼けの下、首に二つのメダルをかけたままの僕らは屋上の真ん中まで歩いた。心さんは突如として仰向けで寝っ転がった。


「服、汚れちゃうよ?」


「でも、空綺麗だから」


「じゃあ仕方ないか」


 僕も隣に並んで寝っ転がって空を見上げる。


 オレンジに染まった空に白い雲が波状に連なっている。あまり空をまじまじと見つめたことはないから新鮮な気持ちになる。


 本格的な夏を前にしたこの時期には珍しく,今日は比較的涼しいので興奮と恥ずかしさで火照った顔に風が当たって気持ちいい。疲れもあってこのまま眠ってしまいそうにもなったが、心さんと手が触れたことで眠気は吹き飛んだ。微かに触れた手をしっかりと握りしめて名前を呼んでみた。


「心」


 僕が握った手が強く握り返してきた。


「類」


 そのまま何も言わずに空を見上げ続けた。きっと心は今僕の感情を堪能していることだろう。メインディッシュの後には甘いデザートだ。メインディッシュも甘かったのはご愛嬌。デザートはもっと甘く仕上げる。


 僕は初めて会ったときに心のことを好きになった。優しくて、話すだけで人を癒すことができた心に心惹かれた。もちろん容姿も好みだった。こんなに可愛くて美しい人を見たのは初めてだった。何度か話して心のことを知っていくたびにもっともっと好きになった。


 毎日心のことを考えた。好きなところを百個書いて渡したけど本当はもっともっとある。今こうやって気持ちが通じ合って一緒にこうして空を見上げているこの瞬間も好きなところが増えていく。 


 服が汚れるとか気にしない意外と豪快なところが好き、呼び捨てで呼んだら呼び捨てで呼び返してくれるところが好き、夕焼けに照らされた顔が好き、沈黙も苦にならないところが好き。


「僕が心のことが好きだって思ってると、こっちを見てくれるところが好き」


 顔を横に向けると寝っ転がったまま目線が合った。甘くて美味しいものを食べられて幸せそうな顔だ。


「私の顔見てていいの? 空、すごく綺麗だよ?」


「……君の方が綺麗だよ」


「……ぷ、ふふ、ちょっとベタ過ぎない?」


「いや、今のは言わせたでしょ。言って欲しかったんでしょ?」


「ふふ、ごめんね。一度でいいから言ってもらいたかったの。類なら言ってくれると思って」


「僕以外の人は言わないよ。言えるような状況も作らせない」


「それは、ずっと私を大切にしてくれて、他の男の子なんて寄り付かせないぞっていう宣言?」


「まあ、そんなところかな。心が言って欲しいセリフとか、見たいシチュエーションは僕が全部やってあげるよ」


「嬉しい。じゃあ今度は、待った? からの今来たところ、とかやりたいな」


「いいね。待ち合わせしたときちょっとだけ遅れていくよ」


「あとはね、娘さんを僕にくださいって言ってお父さんに殴られて欲しい」


「それはごめん。そういうときは殴るんじゃなくて野球の勝負をするって昨日お父さんに言われたんだ。ヒットを打てないと渡さないらしい」


 僕のまさかの返答に心は目をまん丸くした。その後すぐに笑顔に変わる。


「そっか。お父さんとそんな話したんだ。じゃあ今度一緒にバッティングセンターに行って練習しようね」


「うん。でもさすがに気が早くない? まだ高一だし。心は、その、僕でいいの?」


 心は自分の言葉の意味に今気づいたようで、顔を赤らめて僕から目をそらし空を見上げた。


「私は類と話しているだけで気持ちが軽くなるというか、嬉しくなるというか、なんて言うんだろう、癒されるって言ったらいいのかな」


 それは僕にとって何よりも嬉しい言葉だった。僕はずっとそんな人間になりたかった。まだ誰に対してもそうなれたわけではないが、心にとってそういう人間になれたと思うと自然に涙が溢れてきた。鼻水も一緒に垂れてきて情けない顔になってしまっている。嬉しい感情と鼻をすする音で僕の状態に心が気づいた。


「わっどうしたの? 類。悲しいこと……はないみたいだけど」


「うん、大丈夫。嬉しいだけ。話すだけで人を癒せるようになりたいってずっと思ってたから、心にそう言ってもらえて嬉しかったんだ。だから気にせず続けてよ」


 心は心配そうな表情をしながらも「うん」と言って再び空を見上げて話し出す。


「そういう人って初めてだった。さっちゃんでもそうはならなかった。だから私には類しかいないって思った。何があっても類がいてくれれば私は大丈夫。だから、類が良ければこれを受け取って欲しい」


 心は僕と繋いでいない方の手で制服のスカートのポケットから一枚の紙を取り出して僕に渡した。赤と白のその紙は僕らのクラスの恋のぼりに鱗として付けていたメッセージの記入用紙だ。少しだけしわになっていて昨日今日書いたものではないような気がする。


 以前借りたノートと同じような字でその言葉は書かれていた。


【ずっと一緒にいてください】




「うん。ずっと一緒にいるよ。何があっても」


 僕はこのたった一枚の小さな紙を一生大切に保管し続ける。


 夕焼けがだんだんと暗くなり始めて夜へと変わるまで、僕らは空を見上げ続けた。


 僕の青春の第一部が終わり、第二部が始まる。

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コイ心いただきます 高鍋渡 @takanabew

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