第7話 茶髪とパーマと長身と眼鏡

 荷物を置きに廊下側の一番前の自分の席に行くと近くで一人の男子生徒が待っていた。茶髪にパーマな髪型で黒縁の眼鏡をかけていて細身で長身、中学生までなら生徒指導の先生から雷が落ちていたであろう風貌にぎょっとしたが、入学前課題と一緒にもらっていた校則一覧には染髪や髪の加工は駄目とは書いていなかったし、合格発表のときや先ほどの人だかりの中にいた先輩の中にも髪を染めている人はいた。これが自由な校風かと改めて感心する。


「安相類君だよな?」


「うん」


 そのちょっとチャラそうな男子生徒が声をかけてきた。校章の淵は瑠璃色でこの教室にいるということはクラスメイトだろう。その男子は突然頭を下げた。


「ありがとう! 翔琉かけるを助けてくれて、本当に」


 頭を下げたまま顔だけ僕の顔の方に向けて両手を握られた。


「俺、自分のことでいっぱいいっぱいで気が回らなくて、母ちゃんが気づいてるもんだと思って、君がいなかったら翔琉がどうなっていたか……なんとお礼したら…… 」


 翔琉君は兄の応援のために車を降りたと言っていた。その兄というのがこの人だ。見た目に反して礼儀正しくて義理堅い人なのかもしれない。


「えっと、西本君だよね?お礼ならもういいよ。お母さんからもらってるから。顔も上げてよ」


「あ、そうなの。でもほんとにありがとな」


 西本君は顔を上げると気のいい笑顔で僕と顔を合わせた。翔琉くんとは十歳くらいは離れているはずだがなんとなく面影があるような気がする。


「西本尊琉たけるな。尊敬の尊に琉球の琉。尊琉でいいよ、俺も類って呼ぶからさ。よろしく」


「うん、よろしく尊琉。あ、それよりお礼は僕より三春さんにした方がいいかも。泣き止ませて安心させてくれたのは三春さんだし、窓から二列目の一番後ろの席、もうすぐ戻ってくるから」


「ああそれはいいんだ。俺同じ中学出身で、会う機会があったからそのときに言っておいた……三春といえばずいぶん仲良さそうだったけど、やっぱ惚れた?」


「え、い、いやまあ、うん」


 不安がよぎった。同じ中学出身ということは僕が知らない三春さんの情報をたくさん知っているということだ。もし「実は俺の彼女なんだ」とか「中学から付き合ってる彼氏いるぜ」とか言われたらどうしよう。


「分かるぜ。顔も良いし、スタイルも良いし、性格もまあ基本的には良いし、勉強も運動もできるし、男なら一度は好きになるよな。ちなみに俺は中二の頃に告って振られた」


「あ、それは……ご愁傷様」


 三春さんが教室に戻ってきた。それを見て尊琉は僕に顔を近づけて周りに聞こえないような小さな声で話し出す。


「中学三年間で延べ百人は振ったっていう噂もある。まああくまで噂だけどな」


「そんなに……延べってことは複数回チャレンジした人もいるんだ。それより性格が基本的には良いってどういうこと? 悪いときもあるってこと?」


 尊琉は僕のことをしゃがませ、自分もしゃがみこんだ。もはや教室から完全に気配を消したつもりだ。極めて小さなささやき声で教えてくれた。


「三春は人間関係にしっかり境目を設けてる感じがする。最上位はさっちゃん、増子幸な。あだ名で呼ぶのはあいつだけだしいつも一緒だからすぐ分かる。めちゃくちゃ仲が良くて微笑ましいくらいだ。次が名前で呼ぶ連中。幸の次に仲が良いはずだが中学の男子ではいなくなった」


「いなくなった?」


「俺が男子では唯一そうだったんだが振られたときに苗字呼びに格下げになった。多分、私のどこが一番好き? って聞かれて胸って答えたからだと思う……おいそんな顔するな、テンパってついいつも見ていたところを言っちゃったんだからしょうがないだろ」


 僕なら何と答えるだろうか。全部ではあるのだがその中でも一番を決めるのなら、翔琉君を泣き止ませたときのあの雰囲気というか空気感というか、今はうまく言葉にできないけれどいつかそのときが来るまでにちゃんと考えておこう。


「苗字呼びまでがとりあえず普通の関係。友達とは言えないかものライン。その下は苗字すら呼ばない。必要なとき以外声もかけない。近づきもしない。多分視界に入っていない」


「基準は何かあるの?」


「正確には分からないが多分性格が良いか否かだと思う、自分で言うのもなんだけど。ああでも性格良さそうな女子の中にも苗字で呼ばれてたやつがいたから実際のところは分からん。ま、とにかく今の類は名前で呼ばれてるんだからチャンス大ありだと思うぞ。頑張れよ、翔琉のお礼に協力するからさ。じゃ」


 そろそろ担任の先生が来るということで尊琉は自分の席に戻っていった。増子さんの右斜め前の席、尊琉を見ると三春さんの姿も見えた。増子さんと楽しそうに談笑している。


 三春さんと話して、増子さんと話して、尊琉と話して、三春さんのことが少しずつ分かってきた。ただの優しくて可愛い人じゃない。なんだか不思議な力を持っているような神秘的な部分があるし、人間関係において何か抱えているものもありそうだ。それはきっと簡単な事情ではないだろうし、三春さんが何か困難を抱えているのであれば助けたいと思う。


 一年一組の担任の先生として教室に入ってきたのは受験当日のあの日、ショッピングモールの駐車場で僕らに声をかけてくれた先生だった。名前は須藤博和すどうひろかずといい、教科は社会科、野球部の監督ということまで自己紹介をしたところで入学式のため僕らは体育館に移動することとなった。


 入学式は僕ら新入生は当然のこと、保護者や在校生も入り、さらには西高が母校で地元選出の国会議員も来賓として参列している。小中学校のときも議員は来ていたがほとんどは代理の人だったため印象に残らなかったが、今回は本人が直々に参列していた。またもや地元のテレビ局や新聞社も数多く入り、小中学校のときとは規模も注目度も違うことを新入生は痛感させられる。


 生徒会長として在校生代表の挨拶をしたのは合格発表の日に冷泉先輩の定期券を拾い、合格者を胴上げする集団の中心人物だった熱田先輩だった。あの人は野球部だったと思うが生徒会長もやっているなんてバイタリティの塊だなと思う。

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