第8話 決意表明
式終了後、教室に戻り提出書類や配布書類の整理が終わると、全員が自己紹介をする流れとなった。
「これから皆には自己紹介をしてもらう。下校の時間の目安はあと一時間くらいだから、三十五人いるから一人あたり一分ちょっとだな。まああくまで目安だからあまりに長くならなければいくらしゃべっても構わん。自分はこういう人間だと、ぜひ皆の記憶に残るような自己紹介をして欲しい。第一印象で君たちの高校生活は大きく変わることになる可能性が高いから真剣にな。内容は基本自由だが、自分の名前と出身中学、あと高校で一番頑張りたいことは必ず話すように」
須藤先生が指示を出すと皆真剣に考えだした。ただの自己紹介、されど自己紹介。些細なことにも本気で取り組むのが西高生だと来賓の国会議員の人も言っていたのを覚えている。
「全員が何か発表する場面は今後何回もあることだろう。おそらくそのたびに出席番号一番からになるだろうから、今回は最後から始めようか」
少し教室がざわつく。皆一番から始まることだと思っていたのだろう。まだ何を話すか決まっていない僕としては嬉しい話だが、大トリというのも緊張する。僕の自己紹介で今日のクラスが締められると思うと責任重大だ。
三十五番の渡辺さんから自己紹介が始まる。皆緊張しているからなのか無難のものが続き、いよいよ三十番の三春さんの番になった。動画騒動やその容姿で三春さんはすでに一番の注目株となっていて何を話すのか教室中の期待が高まる。
先生は教室の前の出入り口の扉近くつまり僕のすぐ前に椅子を置いて見守っており、自己紹介をする生徒は黒板と教卓の間に立って話すことになっている。
「
中学時代は陸上部で長距離をやっていたこととか、漫画や小説は読むけれどシリアスすぎるものは苦手で、楽しい話とか恋愛物が好きなこととかを話して約一分が過ぎた。
「えっと、最後に高校で頑張りたいことは……」
今までまっすぐ前向いて堂々と話していた三春さんがうつむいた。下唇を噛んで何かを決意して、再び前を見る。静寂の中、はっきりと皆に聞こえるように言った。
「高校では、恋がしたいです」
そのまま一礼して自分の席に戻っていく。教室中の皆、何が起きたのか理解できずにフリーズしている。先生でさえも目を丸くして口を開けたままだ。僕もまた、衝撃で胸を締め付けられる。
やがて時が動き出し、教室の中がざわつきだす。一年生の女子の中で人気暫定一位の三春さんが恋がしたいなんて言い出せば無理もない。今までの五人は勉強とか勉強と部活の両立とか真面目なことを言っていたのに急に恋だなんて、皆少しずつ緊張が解けて教室の雰囲気がガラッと変わってしまった。
「増子幸です。二中出身で、高校では美味しいものをいっぱい食べられるように頑張ります」
次の増子さんは行き帰りの移動の方が時間がかかっているくらいあっという間に自己紹介を終えた。そのとんちきな自己紹介に教室は大笑いに包まれる。皆笑顔になって完全に緊張が解けて、楽しくて暖かい雰囲気になる。先生も増子さんも三春さんも笑顔だ。
もしかして二人で狙ったのだろうか。固い雰囲気を崩すために順番が連続であることを利用したのか。二人の方を見ると三春さんと目が合った。どこか挑発的な目線。最後は任せたよとでも言いたげだ。頷いて教卓の方に向き直り、気の利いたことを言うためにもう一度考え直す。
正直真面目なことしか考えていなかったので今の教室の雰囲気を考えたら大喜利と化した高校で頑張りたいことは気合を入れて考えなければならない。
「西本
尊琉の順番になった。無難な自己紹介が続く。
「高校で頑張りたいことは……実家の喫茶にしもとをお客さんでいっぱいにすることです! これどうぞ!」
尊琉はブレザーの内ポケットから見たことがある紙を大量に取り出し配り始める。【コーヒー無料券 喫茶にしもと】と書かれたそのチケットは先生を含めたクラスメイト全員の手に渡った。
「皆家族や友達と一緒に来てくれ、よろしく!」
皆に手を振って自分の席に戻る尊琉。皆手を振り返していてあっという間にクラスの中心になった。コーヒーが苦手な人もいるだろうし、電車通学の人は遠くてお店に行けないだろう。それでも皆の心をがっちりと掴んでいるのはすごいと思う。僕も負けていられない。
とはいえ、僕はもともと人前で目立つことをやったりすることより裏でコツコツ頑張っている方が得意だ。皆の心を掴む言葉は思い浮かびそうで思い浮かばない。
僕の出番が近づいてくる。勉強、部活、遊び、恋、皆色々なことを頑張りたいと言っていた。
そこでようやく気がついた。それらをまとめた言葉があったじゃないか。最後のまとめとしてはこの言葉がふさわしい。
「安相類、一中出身です」
余計なことは言わない。シンプルでいい。息を吸って、昂る気持ちを落ち着かせて三春さんを見つめて言った。これは告白ではなく決意表明。
「高校では、青春がしたいです」
青臭い、あまりにも。大人になって振り返ったらきっと恥ずかしくて悶えてしまうだろう。でもこの雰囲気なら言える。今なら恥ずかしくない。青臭いことを堂々と言えるのも青春だからこそ。
教室は大盛り上がりで自己紹介が終了した。
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