第9話 ご飯は食べない

 翌日、昨日の自己紹介をちょっと恥ずかしいと思いながら登校したが教室に変わった様子はない、ことはなかった。朝、早速三春さんに告白して撃沈した勇者がいるらしく、クラスの男子ほとんどに囲まれて慰められていた。泣いていたり困っている人は助けたいと思っているが、自業自得の人は助ける対象にはならない。



 昨日解散となった後、僕は車で帰ったし、家に着いたらすでに自己紹介を恥ずかしく思っていたので三春さんに連絡する気にもなれず話す機会はなかった。三春さんは増子さんと談笑している。もう見慣れた光景だ。


「おはよう。三春さん、増子さん」


「あ、青春番長だ。おはよう」 


「おはよう類君。ちょっとさっちゃん、やめようよ、変なあだ名定着させたら可哀そうだよ」


「え、何それ。定着ってことはすでに少しは広がってるの?」


 すでにメッセージアプリでクラスの女子グループが出来上がっており、僕の自己紹介を受けてクラスの目標を【青春する】に決めようということになったらしい。そして僕が番長という名のリーダーになってしまったようだ。


「ひどいよ。元はと言えば二人があんな流れにしたからなのに」


 二人とも顔を見合わせて何のことやらという顔をしている。


「私たちは思ったこと言っただけだよね? 心」


「うん。そしたら偶然あんな感じになったから、類君に締めをお願いしただけ」


 ということは恋をしたいというのは本音も本音。そして僕の方を向くのはやめて欲しい。意識してしまってドキドキする。


「あ,朝というかさっきその、あそこの人だかりの中にいる人に……」


「うん、付き合って欲しいて言われたけどお断りしちゃった。あまり綺麗じゃなかったから」


 そう言って三春さんは僕の目を見つめる。大きくて綺麗な目が少しだけ微笑んでいて細まっている。他の人の告白を断った報告の後にそんな目で見ないで欲しい。僕のことを好きなんじゃないかと勘違いしてしまう。


 尊琉たけるの話からして名前で呼ばれているということはどちらかと言えば好き寄りなのだとは思うが、たとえそうだとしても僕はまだこの気持ちを伝えることはできない。


 三春さんのことをまだ知らな過ぎて、抱えている何かを必要なら助けてあげたいと思っていて、それができてからでないと無責任だと思う。だから今は、少しずつ仲良くなって、少しずつ色々知っていけたらと思う。その過程もまた青春だろう。


 そしてまた、三春さんの謎は増える。午前中から早速始まった授業を終えて昼休みになり、僕は尊琉となんとなく仲良くなった他二人の男子と一緒に僕の席の周りで弁当を食べている。


 三春さんの席に目を向けると、増子さんが後ろを向いて三春さんと向き合って弁当を食べている。その様子は美味しいものをいっぱい食べると言っていた目標通りとても幸せそうだ。そして三春さんは机の上に紙パックの紅茶だけを出していて食べ物は何も用意せず、幸せそうな増子さんを幸せそうに見つめている。


「三春ってほとんど飯食わないんだよ。小学校からそうだったらしい。中学の給食はほぼすべて幸にやってた」


 尊琉が僕の視線に気づき教えてくれた。 


「それであのスタイルってやばくね」


「身長もそうだし他も色々でかいしな」


 一緒に昼ご飯を食べている二人の言うことはもっともだ。三春さんはとてもじゃないがご飯を抜いている人の体型には見えない。不健康そうな印象も全くない。


「昼食べないだけで、朝と夜食べてるんじゃないの?」


「いや、修学旅行のときも三食ほとんど食べずに幸にやってたし、うちの店に来たときもコーヒーとかの飲み物だけであとは幸が食ってるのを見てるだけ。あ、でも珍しいスイーツとかは食べてたから食べられないわけじゃないんだよな」


 普通の人間が食事をしないで生きていけるわけがない。きっと何か事情があって自宅でしか食事をしないだけだろうという結論になった。


 昼休みが終わると、今日は特別時間割ということで午後はクラスの役割などを決める時間となった。僕らのクラスには入試の二期試験でトップの成績で合格したいわゆる主席合格の人がいて、その人がクラス委員長を務めることになった。副委員長なども順調に決まり、その他の係となった。


「まずはこれを決めなきゃならんな。皆もう知っていると思うが西高では毎年六月に文化祭がある。校外からもお客さんを招き、ゲストも呼ぶ予定もある。西高最大の行事だ。三年生の受験勉強に配慮して、多くの競技のインターハイ県予選が終了している六月三週目の金曜と土曜の二日間開催。近隣の小中学校にも入場用のチケットを配るから土曜日は特に大勢の来客がある。一年生は慣れていないことも多い上、準備期間が少ない。そこで中心となる文化祭実行委員は重要だ。四名、できれば男女混合が良い。誰かやりたい奴はいないか?」


 担任の須藤先生が文化祭の概要を説明し、実行委員の重要さを熱弁する。先生は西高出身で赴任四年目。すでに六回文化祭を経験し、大学生になっても遊びに来ていたからどれほど西高の文化祭が力が入っていて素晴らしいか分かっているようだ。そう言われると皆自信がなくなって実行委員をやりたくなくなってしまうものだ。


「はい! 俺やりたいです」


 皆が何となく遠慮している空気の中、手を挙げたのは尊琉だ。


「やっぱ青春だよな、こういうのって」


 そう言って僕の方を見る。皆の視線も僕の方に集まる。皆昨日の自己紹介を思い出し、青春と言えば僕しかいないという雰囲気になった。尊琉となら面白いことを考えられそうだし別に嫌ではない。


 嫌ではないが男女混合で四名ということはあと二人は女子の方が良いわけで、ちょうど仲良くなった女子が二人いたと思うと一緒にできたらとは思う。


「そういや、他にも青春っぽいこと言ってたやつがいたよな。文化祭で恋とか定番だよな」


 皆の視線が今度は三春さんに集まる。尊琉だけは僕の方を見て右手をグーにして突き出し、親指を立てた。なるほど、協力してくれるというのはこういうことか。


「やります!」


「私も、やります」


「私も!」 


 こうして、僕と尊琉、三春さんと増子さんの四人が文化祭実行委員となった。

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