第41話 恋心

 さくらさんと滝さんにはさすがに驚愕されたが説明している暇もないので心さんの部屋に急いで運び込み、心さんが苦しみ、涙を流し、吐き続けるベッドからでも見える位置に鯉を並べる。どうかこの約六百人分の恋心で、心さんを癒して欲しい。


 心さんはベッドの上から鯉の方を見た。虚ろな目だがしっかりと見ている。


「もっと……近くで……」


 僕は赤い鯉を心さんに近づけてあげた。


「ほら、これ見てよ。冷泉さんと熱田さん。さっき学校で聞いたんだけど、二人は付き合うことになったんだ。ここに書いた思いが通じたんだよ」


「……良かった」


 心さんが微笑んだ。この状態になってからは初めてだ。


「もっと見ていいよ。好きなだけ味わってよ」


「うん……うっ」


 恋のメッセージを堪能することで心さんの様子は目に見えて良くなった。だが、まだ完全じゃない。まだまだ足りない。もっと強く、濃く、まっすぐに心さんに響く恋心が必要だ。


 そのときだった。


「幸、俺はお前のことがずっと好きだった。色んな意地を張ったりしてなかなか言い出せなくてごめん。俺の彼女になってくれ」


 僕らの様子を見守っていた尊琉たけるが、突然増子さんに告白した。


 さくらさんも滝さんも僕も増子さんも目を丸くした。


 尊琉の表情はいたって真面目で、頬が少し赤らんでいる。


「そ、そんなこといきなり、こんなときに」


 増子さんも顔を真っ赤にしてあたふたしている。


 尊琉はもともと文化祭が終わるまでには決めるつもりでいた。おそらく閉会式で告白することを予定していたのを心さんのために前倒ししたのだろう。


「こんなときじゃ、駄目か?」


「う、いや、駄目じゃないけど」


 増子さんは周りをきょろきょろと見渡す。目を丸くしたさくらさんと滝さんと僕。そして少しだけ笑顔になった心さんがいる。それを見て増子さんは尊琉の意図に気づき、自分の気持ちに素直になれば良いことに気がついた。


「私もずっと尊琉が好きだった。小さい頃からずっと一緒で、いつも皆を引っ張って、新しいことに挑戦しようとする尊琉が好きだった。中学の頃、心に告白したときは殺してやろうかと思ったけど」


「え? いや、お前無反応だったじゃん、嘘だろ? 三春からも聞いたぞ、嘘だって知ってたって」


「絶望してたから反応できなかっただけ。心から真相を聞いて安心した。あとはうまく言っておくように心にお願いしてた」


 増子さんは尊琉と向き合い顔を見上げた。長身の尊琉と小柄な増子さんでは三十センチ以上の身長差がある。増子さんは必死に尊琉の顔を見て自分の思いをぶつけた。


「尊琉の、友達とのノリで人の気持ちも考えずに行動することがあるところは嫌い」


「わ、悪い。気をつけるよ」


 尊琉はバツが悪そうに頭をかきながら謝る。


「でもそれ以外は全部好き」


 照れながら見つめ合って笑いあう二人。張りつめていたさくらさんや滝さんの顔も心なしか穏やかになっている。心さんは恋の味が好きだと言っていた。僕には味は分からないけれど、なんとなくそれと同じ気持ちにはなれる。優しくて、嘘がなくて、まっすぐな恋は見ていて気持ちが良い。


 心さんも嬉しそうに二人のことを見守っている。でもまだ足りない。息は荒く、吐き気も完全には治まっていない。心さんに直接向けられた感情で苦しんでいるのなら、完全に救い出すことができるのも心さんに直接向けられた感情以外ありえない。尊琉の告白は予想外だったがもともと恋のぼりは本命ではない。

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