第42話 君の好きなところは百個言える

 僕は教室から持ってきたクリアファイルを差し出した。中には恋のぼりに縫い付けるはずだったが、余ってしまいラミネート加工せずに保管してあったメッセージ用紙が百枚入っている。A4用紙を台紙にして縦四枚横五枚で一組を五組。僕はベッドのそばに座って心さんに寄り添った。


「優しいところが好き、友達思いなところが好き……これって」


「尊琉があと百枚くらい足りないかもって言うからもしものときのために用意しておいた。心さんモテるから、色んな人に心さんの好きなところを書いてもらった。結局使わなかったけど百枚ある」


 もちろん嘘で全部僕が書いた。心さんはもちろんこの場にいる全員が嘘だと気づいているだろう。せめてもの照れ隠しというやつだ。


「たまにお茶目なところが好き、頑張り屋なところが好き、真面目なところが好き……」


「え、ちょっと全部声に出さなくても」


 心さんはメッセージ用紙をうっとりと見つめていて僕の話には聞く耳を持たない。心さんの両親と友人二名の前で百個分の好きなところを読み上げられた。


「家族思いなところが好き、包容力があるところが好き、雰囲気が好き、負けず嫌いなところが好き、気が利くところが好き、ロマンチストなところが好き、ポジティブで不平不満を言わないところが好き、人の悪口を言わないところが好き、決めたことをやり抜くところが好き、怒りや悲しみも食べつくす懐の広さが好き、大人っぽくて冷静なところが好き、たまに子供みたいにはしゃぐところが好き……へへ、こんなに褒められると嬉しいな……あ、褒められるとデレデレしやすいところが好き……」


 皆に見守られながらデレデレしてしまう心さん。ベッドの上に座ることができるくらいには回復していて、少し恥ずかしげに縮こまった。


「……嘘をつかないところが好き。可愛いから好き、美人だから好き、自然と目で追ってしまう華やかさが好き、大きな目が好き、長いまつげが好き、綺麗な瞳が好き、二重まぶたが好き、張りのあるほっぺが好き、綺麗な肌が好き、鼻の形が好き、唇の色が好き、綺麗な歯並びが好き、綺麗な爪が好き、顔の輪郭が好き、綺麗な黒髪が好き、たまに髪を編み込んだりアレンジしてるところが好き、うなじにあるほくろが好き、意外と小さな手のひらが好き、細くてしなやかな指が好き。これ書いた人たち、私のことよく見てるんだね」


 読み上げるごとに体のその部位を触る心さんがおかしくてつい笑ってしまう。


「そんなもんじゃないよ。もっと見てる人がいっぱいいる」


「たまに眼鏡をかける姿が好き、怒ると頬が膨らむのが好き、挨拶をするときの微笑みが好き、笑顔が好き、真剣な顔が好き、照れてる顔が好き、泣いている顔も好き、本を読んでいるときの横顔が好き、紙パックの紅茶をストローで飲んでいるときの顔が好き、猫の動画を見て癒されているときの顔が好き、猫の鳴き真似をするところが好き、恋心を食べているときの嬉しそうな顔が好き、何かを食べている増子さんを見ているときの幸せそうな顔が好き、胸が大きいのが好き」


 しまった。こんな事態になるなんて思っていなくて正直に書きすぎた。


「ご、ごめん、こういうの嫌いだったの知ってたのに……」


 心さんは僕の方を見て不思議そうな顔をしてから、微笑んだ。


「なんだろう、類君のなら不思議と嫌じゃない」


 僕があっけにとられているまま心さんは読み上げを再開する。


「整理整頓が得意なところが好き、黒板を綺麗に掃除するところが好き、ほうきがけを丁寧にするところが好き、喫茶にしもとでいつも無料でごちそうになっていることに罪悪感を抱いているところが好き、食べ物を食べると体重を気にするところが好き、よくつまみ食いするところが好き、増子さんを軽々持ち上げられるくらい力があるところが好き、人の話を最後まで聞いてくれるところが好き、勉強が得意なところが好き、勉強を教えるのがうまいところが好き、数学のノートを貸してくれたのが好き、夜に勉強しながら僕があげた紅茶を飲んでいるのを報告してくれるところが好き、授業中指名されたときに格好よく答えるところが好き、誰かと歩くとき歩くスピードを相手に合わせるところが好き、虫が苦手なのに女子の先頭に立って教室から追い出そうとしていたところが好き、男子に告白されて申し訳なさそうに断るところが好き、女子に告白されて本気で悩んでいたところが好き、男性同士の恋愛漫画を布教されてこれはこれで美味しいって言っていたところが好き……ちょ、ちょっとお母さんもお父さんもいるのに変なことばらさないでよ」


 張り詰めた空気はもうない。皆笑顔で、心さんを見守っている。


「頭の回転が速いところが好き、いつも健康的なところが好き、字が綺麗なところが好き、運動神経が良いところが好き、所作が丁寧なところが好き、姿勢が良いところが好き、歌がうまいところが好き、声が好き、裁縫が上手なところが好き、くしゃみが可愛くて好き、スマホでやり取りするときスタンプや絵文字に頼らず文字で表現しようとするところが好き、自転車に乗るとき前髪とか気にせずスピードを出すところが好き、雨のときの雨合羽姿が好き、薄いピンクと水色が好きなのが似合ってて好き、トイレに一人で行けるところが好き、身長が僕よりほんの少し低いくらいだから目が合いやすくて好き、料理は勉強中なところが好き、って言ったことないと思うけどなんでこんなこと知ってるの?」


 心さんが増子さんを見た。増子さんは笑顔で返した。


「もう、さっちゃんったら……体育のとき八割の確率でするポニーテールが好き、体育のとき二割の確率でする低めのツインテールが好き、いつ統計とったの? ……制服の着こなしが好き、良い匂いがして好き、スタイルが良いところが好き、髪の間からチラッと見える耳が好き、靴を履き替えるときの仕草が好き、長すぎず短すぎずなスカートが好き、なんかこの辺怪しくない?」


「本当にごめんなさい。やましい気持ちはほとんどないんです」


 さくらさんと滝さんの方を見たが苦笑いをしてくれている。セーフと思いたい。


「名前が好き……お母さんとお父さんに感謝だね。一緒にいるだけで楽しいから好き、友達を作ろうと頑張ったところが好き、僕を頼ってくれたところが好き」


 これで九十九個。次が最後の一個。


「全部好き」


 全てを読み終えた心さんは晴れやかな表情で小さく息を吐いた。そして薄いピンク色のマットレスカバーが敷かれたベッドから立ち上がり、同じような色の椅子を引いて、百枚のメッセージが入ったクリアファイルを自分の勉強机の引き出しにしまってしまった。僕の許可もなしに美味しいものを独占するつもりだ。別に構わないし、いつもの食い意地が張った心さんが戻ってきたのだと実感する。

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