第28話 卒業生

 三者面談最終日であり須藤先生との約束を明後日に控えた金曜日。帰りのホームルームが終わると須藤先生に声をかけられた。明後日のことではなく僕にお客さんが来ているから生徒昇降口とは別にある事務室の方の玄関に行って欲しいとのことだった。


 お客さんと聞いて心当たりがあるのは妹尾せのおさんくらいだがそれなら心さんを呼ぶはずなので違うだろう。いったい誰だろうと思いながら指定された場所に着くと待っていたのは綺麗で長い茶髪をなびかせる美人な女性だった。


 女性は僕に気づくと気さくに「よっ」と軽く手を挙げて挨拶をしてきた。


 生徒会副会長で僕がいつもお世話になっている冷泉さんの姉で地元のテレビ局でアナウンサーをしている冷泉萌花もえかさんだ。


「やあ安相君。久しぶり」


「どうも。お仕事はいいんですか? 毎日テレビに出て忙しそうなのに」


「いやいや毎日だなんてそんな、人気者は困るなあ。もっと労わって?」


 妹の冷泉さんと違って、萌花さんははつらつとしていて少し調子に乗りやすい人のようだ。というよりもちょっと子供っぽい。


「そこのショッピングモールでイベントがあってね、それの中継に来てたんだけど一時間くらい待機時間兼昼ご飯的な時間になって、ちょうど良かったから来ちゃった。はいこれ、テレビカメラにばっちり映りやすいところによろしく」


 萌花さんから手渡されたのは冷泉さんを通してお願いした恋のメッセージ記入用紙だ。普通のボールペンで書かれていそうなのにやたらと達筆な字で【ロマンチックな恋がしたい!】と書かれている。


「ありがとうございます。字、上手なんですね」


「私昔から習字習っててね、硬筆も結構やってたから割と自信あるんだ。小一から中三まで通ってて,せいちゃんも同じところ通って同じ先生に習ってたんだよ」


 たまに生徒会室で勉強している冷泉さんを見かけたことがあるが確かに上手な字だった。そして僕は萌花さんと似たような字で書かれたメッセージを見たことがあった。


「中三までってことは高校ではやめちゃったんですか?」


「高校では書道部に入ったの。結構いい感じの賞もらえたりして頑張ってたんだから。でも高校では部活と勉強ばっかりだったから君に渡した紙のような恋ができなかったんだよねぇ」


 萌花さんはしみじみと高校時代を懐かしみため息をついた。


「もう一回高校生やれるなら勉強も部活もやらずに恋愛だけしたい」


 そんなことを言いながら萌花さんは事務室の方へ歩き、事務の人と何かを話し始めた。


「時間ある? あるなら一緒に行きましょ」


 どうやら校内に入っていく許可をもらうため話をしていたようで、首から【来客者】と書かれたカードを下げて戻ってきた。


「時間は少しならありますけど、どこに行くんですか?」


「書道室。私の作品見せてあげる」


 旧校舎の四階にある書道室は授業でたまに来ることがあり、書道部の作品が置いてあったのは確かだ。だが卒業生のものまでは置いていなかったような気がする。


「げ、そもそも書道室開いてないじゃん。三者面談だから部活もないのかなあ。しょうがない図書室行こ、図書室」


「えー? また移動するんですか? 県内では有名人なんで目立つんですから、おとなしくしましょうよ。僕も一緒に目立っちゃう」 


 事務室から書道室に来るまでに何人もの生徒に声をかけられていた。萌花さんはまるで芸能人のように握手やサインに応じていたため僕が剥がしの役目を負うことになり非常に苦労させられた。図書室は旧校舎の三階だが書道室とは対角線上の位置にあるため誰にも会わないことを祈るばかりだ。


「あ! 冷泉アナだ。可愛い! 握手してください!」


「私も! うちの卒業生なんですよね?」


 見つかった。しかも僕と同じクラスで生徒会に入っている三人のうちの二人だ。


「そうだよーもう六年前だけどね。ありがと」


「ありがとうございます……てかなんで安相君が一緒にいるの?」


「あはは、まあ色々と事情があって」


 確かになんで僕は萌花さんと行動を共にしているのだろう。メッセージを受け取るという用事は済んだのだから一緒にいなくてもいいはずだ。二人と別れた後にそのことを伝えた。


「いくら卒業生で許可貰ってるからって一人で学校の中うろうろする勇気はないよ。そういうこと言われるとお姉さん困っちゃうな」


 にこにこしながらからかうように言っているが僕が困っている人を放っておけない性質だと知っての言葉だろう。冷泉さんに似て抜け目ないというか賢いというか。逆だ、冷泉さんが萌花さんに似たんだ。


「しょうがないですね……」


 図書室に入ると萌花さんはある本棚に向かって一直線に歩みを進めた。


「何があるんですか? この本棚」


「えーと……あ、これこれ」


 萌花さんが取り出したのは卒業アルバムだった。しっかりとした装丁のそれの表紙は定番なら桜が使われることが多いのだろうけれど、西高の卒業アルバムは姫著莪ひめしゃがの花が使われている。


「へえ、こんなところに昔の卒業アルバムがあったんですね。知らなかった」


「うん、一番最初のアルバムから去年のまで全部保管してあるんだよ。ほらこれ見て、私」


 萌花さんが見せたのはおそらく萌花さんが卒業した年のアルバムで、部活動の活動風景が載っているページ。見たこともないような大きな筆を持ってこれまた大きな紙に何かの文字を書いている袴姿の冷泉さんがいた。姉妹どちらも冷泉さんなので僕は姉の方を萌花さん、妹の方を冷泉さんと呼んでいるが、呼び間違いなどではない。妹の冷泉さんと瓜二つの女子生徒がそこにはいた。


「びっくりした? 静ちゃんって実は六年間留年してるの」


「全然面白くないです、それ」


 萌花さんは自分の小ボケをなかったかのように写真を眺め始め思い出に浸る。


「なつかしいなー。これ文化祭でパフォーマンスしたときの写真でね、体育館のど真ん中で姫著莪祭の四文字を一文字ずつおっきな紙に書いたの。私は部長だったからトップバッターの姫を書いたんだ。書き終わってすぐに板に張り付けて、校門の近くに立てかけて入場者に見てもらうことになっていたからすごく緊張した。一応対策はしてたけど体育館の床に墨こぼしちゃってさ、掃除はしたけどもしかしたら浸み込んじゃってて残ってるかも。今度体育館に行ったときに見てみて」


「はあ、あの萌花さん、僕はそれより気になることがあるんですけど」


「ん? なーに?」


「高校時代の萌花さんはなんて言うか冷泉さんそっくりで、こう、垢抜けないというか。今みたいな華やかな見た目になったのはどうして……」


「ああ、それは……」


「悪かったわね、垢抜けなくて」


 並んでアルバムを眺める僕らの後ろにいつの間にか本物の妹の方の冷泉さんが腕を組んで立っていた。


 無表情で感情がつかみにくい、いつもの冷泉さんだ。


「あら、静ちゃんお疲れ様」


「こ、こんにちは。あの、すみません、余計なことを言ってしまって」


「別に怒ってはいないわ。むしろごめんなさい、奔放な姉さんの相手なんかさせて」


「い、いえ、怒ってないなら良かったです……それよりなんでここに?」


「冷泉アナが学校に来てて今図書室にいるって学校中で噂になってる。図書室の周りにも人が集まってきているからそろそろお暇して欲しくて。というわけで姉さん、行きましょう」


 冷泉さんは萌花さんの腕を引っ張り、図書室の出入口に向かって歩き出した。確かに出入り口には何人か生徒が集まっていて、増える前に退散してもらった方が良さそうだ。


「安相君、姉さんの相手をしてくれたお礼に貸しは無しにしてあげようと思ったけど、さっきの発言で無しにするのが無しになったから。あと姉さんが垢抜けた理由は高三の文化祭で告白して振られたから。じゃあね」


「あー! ひどい静ちゃん。そんな一言で片づけるなんて。あの文化祭には壮大なドラマがあってね……また今度ね!」


 冷泉さんに引っ張られながら萌花さんは僕に手を振って出て行った。思い付きで行動したり奔放な人だったけれど、重要なヒントをもらえた。ひったくり犯を追いかけて、萌花さんと知り合っておいて良かった。

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