第5話 二分の一

 長いようで短かった春休みも終わり、入学式当日の朝となった。クラスはホームページには掲載されず昇降口に貼られているのみらしく、登校しないと分からない。


 八クラスあってどのクラスになる確率も等しいとき特定の二人が同じクラスになる確率はどれくらいだったかと課題で勉強した数学の問題に置き換えて考えてみたりもしたが、二分の一を下回りそうなので計算するのをやめて、なるかならないかの二分の一だと考えることにした。数学的には間違っているだろうが、精神的には楽になる。


 自宅を出ようとするとスマートフォンが鳴った。誰かからメッセージが届いた音だ。


【おはよう! 今日からいよいよ高校始まるね。クラスどうなるか緊張しちゃうけど類君はどう?】


 三春さんからだ。文面を見るだけでニヤニヤしてしまう気持ちを抑えて返信を考える。


【全然緊張してないよ。どんなクラスでも頑張る】


 なんて格好つけて送ろうと思ったが、増子さんの言葉を思い出す。三春さんは嘘とか誤魔化しが嫌いだった。全部消して打ち直した。


【緊張してるよ。同じ中学で仲良かった人ほとんどいないから、】


 ここまで打って手が止まった。仲良かった人ほとんどいないから、なんだ。


 この先に来る文面は思いついていたが書くのが恥ずかしい。み、という文字を入力してもこの先に書きたい言葉はまだ予測変換には出てこない。は、と入力しては照れ臭くなって消してしまう。このままでも読点を消せば文としてはおかしくないが、思っていることを書かないのも誤魔化しではないかとしばらく自問自答した結果、書くことにした。


【緊張してるよ。同じ中学で仲良かった人ほとんどいないから、三春さんと同じクラスになれたら嬉しい】


 送信した。


【私も類君と同じクラスだと嬉しいな】

【忙しい朝にごめんね。また学校で会いましょう】


 続けざまに二通のメッセージか来た。スマホの画面を見て、かみしめた。


 これが青春というものなのだ。中学生の頃は勉強と部活と生徒会とか委員会とかそういうものばかりで、それはそれで充実していたけれど、今僕は生まれて初めて本格的な恋というものをしているのだ。


 ずっと画面を見続けていたら外から僕を呼ぶ母さんの声がした。


 学校で会おうという旨のメッセージを返して車に乗り込む。入学式に出席するために両親ともに仕事を休んでいて車で一緒に行くことになっていた。僕がにやにやしながら車に乗るものだから助手席の母さんは不思議そうな顔で「もう良いことでもあったの?」と聞いてきたので「うん」と素直に返した。


 今までだったら適当に誤魔化していたかもしれないが、三春さんが嘘や誤魔化しは嫌いだということを意識すると三春さん以外に対しても嘘や誤魔化しをしないようになる。


 僕は三春さんとメッセージのやり取りをしたスマホの画面を見つめながら父さんの運転する車に揺られ、学校へと向かった。


 学校に到着し、車を近くの駐車場に停めてくるという父さんと母さんと別れて昇降口に向かう。運命の瞬間が近づいていると思うと緊張感が高まってくる。別に同じクラスでなくても話をしたりはできるし、連絡先も知っているのだから大きな問題はない。ただそれはマイナスがないというだけで、行事や普段の授業での色々な交流というとてつもなく大きなプラスもない。 


 神様どうか同じクラスにしてください、二分の一、二分の一と数学の神様には怒られそうな神頼みをして昇降口のクラスが書かれた張り紙の前に立つ。名簿は出席番号順に上から名前が書かれていて、番号は五十音順だから苗字が安相の僕は大体一番上にいる。まずは上の方を一組から見ていこうとするといきなり見つけた。


【一年一組一番 安相類】


 一度大きく深呼吸した。まさかいきなり見つかるとは思ってもいなくて余計に緊張してしまう。意を決して一組の名簿を下に見ていく。か行とさ行とかは申し訳ないがすっ飛ばして、は行あたりまで来た。西本、橋本、橋本、樋口、平井、本田、増子、三春、武藤、……。


【一年一組三十番 三春心】


 どうやら数学の神様は今回だけは間違いを見逃してくれたらしい。何度見返しても僕の名前も、三春さんの名前も一組にある。念のため同姓同名がいないか他のクラスも全て確認したがいない。


 まだ高校に入って何もしていないのに何か成し遂げたような感覚になった。天にも昇るような気持ち、正直合格発表のときよりも嬉しい。さすがに周りの目もあったので叫んだりガッツポーズをしたい衝動は何とか抑えたが、心の中で小さな僕が飛び跳ねて喜んでいる。


 西高は主に生徒の教室がある三階建ての新校舎と職員室や校長室、理科実験室、音楽室などがある四階建ての旧校舎がある。一年一組の教室は旧校舎の端っこにある昇降口から一番遠い新校舎三階の一番奥。三春さんはもう来ているだろうか。何を話そうか。喫茶にしもとに誘ってみるのもいいが、もう増子さんと行ってしまったかもしれない。


 色々と考えながら昇降口近くの階段を上って目線を左に変えると、一年生の教室がすべて見渡せる一直線の廊下に出る。僕らの一組がある廊下の一番奥の方に何やら人だかりができているのが見える。


 近づきながら様子を見ると人だかりは皆一組の教室の中を覗いている。教室の前までやってくると制服のブレザーにつけられた校章に注目することができて、西高がある街の花である花かつみと進学校らしいペンがあしらわれた校章の淵の色が良く見える。三色のどの色もあるのが分かる。


 色は学年ごとに違って今年の一年生は青、二年生は緑、三年生は赤だ。本当は瑠璃色、萌葱色、茜色らしいが夏休みに学校説明会に来たときに先輩が青、緑、赤と説明していたので生徒の中ではそうなっているようだ。


「すみません、僕このクラスなので通してください」


 人だかりをなんとかかき分けて後ろ側の出入り口から教室に入ると、僕の目線も自然と人だかりの目線の方へ向く。

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