第13話 鯉のぼり
翌日、警察署まで車で送ってもらいそこから自転車で学校に向かう。その途中、三春さんに出会った。昨日別れたところから考えると会うはずがない場所で出会ったので驚いている。驚いているのは出会ったことだけではなく、顔に貼った絆創膏にもだ。
昨日の出来事は洗いざらい話し、疲れて寝てしまったので文化祭の案はできていないこと、授業の予習を教えて欲しいことも付け加えた。
「人を助けるのは良いことだけど、自分のことも大事にしないとだめだよ?」
母さんと同じことを言われてしまった。
「ありがとう。気をつけるよ」
「そんなあっさり……野菜スープみたい」
「美味しいみたいで何よりだよ」
その後も三春さんは僕を心配してくれていたが、僕としてはそんなに心配しなくても大丈夫という気持ちをずっと持っていたので、それを感じ取ったのか三春さんの方から話題を変えた。
「ほんとに危ない真似だけはしないでね」
「うん」
「じゃあ文化祭のことだけど、私はやっぱり恋愛的な恋がいいなあ。私ね、恋の味が大好物なの。わがままな職権濫用みたいになっちゃうけど皆の恋する気持ちを集められるような企画がしたい」
「いいね、食べ放題だ。でも人をたくさん集めるのは難しそうだし、どうするかな」
「あ、それは大丈夫。私、文字とか映像からでも感情を感じ取って味が分かるから。さっちゃんがお休みのときとか家では恋愛小説とか読んで食事にしてるの」
恋のメッセージでも書いてもらってそれを集めようという方向になったが、それではどうも盛り上がりに欠けるというか面白みがない。悩んでいるうちに喫茶にしもとを通りがかり、
「俺は具体的なのが思いつかなかったんだけど、こう、インパクトがあることがしたくてさ。皆の記憶に残って、写真とかもずっと残るような。食べ物系はそんときは楽しいし売れて嬉しいかもしれないけど文化祭終わったら何も残らない。ステージで何かやろうにもまだお互いのことも知らない、学校生活にも慣れてない一年生が二ヶ月足らずでどこまでできるか不安だし、どうすっかなあって思っていたんだけど、幸がさ」
「鯉のことを考えてたら鯉のぼりが思い浮かんだんだ。一ヶ月以上も時期は違うけど、だからこそ目立つかなって思って」
「どう? 鯉のぼり。でかいの作って学校の目立つところに文化祭の間泳がせるんだ。きっと皆注目するし写真も撮りまくる。ついでに作って飾っちまえば当日は手が空くからクラス全員存分に文化祭を楽しめるぜ」
尊琉は空を見上げて楽しそうに語った。きっとその目には空を泳ぐ鯉のぼりが見えているのだろう。僕も想像すると確かに良いなと思う。どうやって作るのか、どこに飾るのか課題はあるが調べて交渉すれば何とかなりそうだ。何より六月の空に鯉のぼりが泳ぐというのはシュールでインパクトがある。
「類たちは何か考えてた?」
鯉のぼりのアイディアは良いと思う。でも美味しい恋を味わいたいという三春さんの可愛いわがままも叶えてあげたい。
「作るとしてもデザインとか考えなきゃだよね。普通のだったら市販のもの買ってきてもいいわけだし」
三春さんも鯉のぼりに賛成のようですでに詳細を考えようとしている。
デザイン。一般的な鯉のぼりを想像してみると、鯉の口の部分が開いていてひもや金具を通してポールなどに括り付けられるようになっているはずだ。鯉の目があって、鱗がびっしりとあって……これならいけるかもしれない。
「僕と三春さんは、皆の恋のメッセージを集めたいねって話してたんだ。でも盛り上がりそうな企画にはならなくて。鯉のぼりは僕もすごく良いと思う。それでデザインっていう話ならさ、鯉の鱗の部分を一枚一枚張り付ける形にして、そこに恋のメッセージを書いてもらうってのはどうかな?」
「いい、すごくいいと思う! そうしよう、ね」
三春さんが食いついた。気のせいではなく目が輝いている。三春さんも美味しいものには目がないようで、三春さんと増子さんが仲良しなのは似たもの同士なところも関係しているのかもしれない。
尊琉と増子さんもその案に賛成、教室にてクラスメイトに
昼休み、企画書を生徒会室に持って行こうとすると増子さんがついてきてくれた。
「心から聞いたよ。心が人の感情を食べること聞いたんだってね」
その話をするのは予想していた。一緒についてこようとする三春さんを制してまで僕と二人きりになったのはきっと大事な話があるからだろう。身長が小さく歩幅の狭い増子さんを置いて行かないようにゆっくりと歩いた。
「疑いもせず信じてくれて驚いたって」
「まあ、なんとなく不思議な力があるのかなって思ってたし。そういう力があるとすると色々不可解だったことに合点がいったからさ、驚きはしたけどね」
「文化祭の企画は心に大好物を食べさせるため?」
「ま、まあそんなところ。いや、ほんとに三春さんのことを抜きにしても素敵な企画だと思うんだ。匿名で自分の恋を書けるから、なかなか言い出せない気持ちも表に出せそうで」
「類君も?」
「え?」
「好きでしょ? 心のこと」
「え、いやまあ。そんなに分かりやすいかな。できれば三春さんには内緒に……」
「それは無理だよ。そもそも心が言ったんだ。類君は私のことが好きだろうなって」
そうだった。三春さんは感情を食べることができて、感情の味が分かって、味である程度は人の感情を読み取ることができる。僕の感情はまっすぐすっきり爽やかで、美味しいと言っていた。当然僕から甘い恋の感情も感じ取っているはずだ。
「あの、それで三春さんは何て……?」
僕の気持ちに気づいていて、それを親友の増子さんにも話して、三春さんは僕のことをどう思っているのか、もどかしい。
「君の感情の味は大好きだって言ってたよ」
「それは昨日三春さんからも聞いたよ。僕自身のことをどう思っているのか知りたいな」
教室のある新校舎と生徒会室のある旧校舎をつなぐ連絡通路に差し掛かったところで増子さんは足を止めた。僕も足を止めて、緊張が走る。
「そこまでは何とも、でも昔言ってた。私は感情が美味しい人しか好きになれないって」
期待したような答えではなかったが、だいぶ可能性があるような答えだ。
「増子さんはどうして僕にそんなに色々教えてくれるの? 合格発表のときもそうだったし、勝手に話して三春さんに怒られない?」
「大丈夫、私と心の仲だから。どうして類君に色々教えるかはね、期待してるから。私と同じくらい美味しいって言われた類君なら、心が恋することができるかもしれないって思うから」
増子さんはずっとにこにこしていたけれど、三春さんが恋することができるかもしれないと言ったところで表情が変わった。
「何かあるんだね? わざわざ恋がしたいなんて言ったりするあたり、恋ができなくなった原因とか……」
「……それは言えない。君を信頼していないとかじゃなくて、心から直接聞いて欲しいから」
「分かった。聞けるくらい仲良くなって聞いてみるよ」
僕がそう答えると増子さんはいつものにこにこの表情に戻った。そしてもと来た道の方を向いて歩きだす。
「君と色々話したかっただけだから私は教室戻るね。これからは心の食料としての自覚をもって嘘をつかない、誤魔化さない、邪な気持ちを抱かない、お互い頑張ろうね」
増子さんと別れて再び旧校舎の生徒会室に向かって歩き出す。
増子さんの口ぶりからして三春さんは何か問題を抱えていることが分かった。感情を食べる力と関係あるのかは分からないけれど、助けになりたいと思う。そのためには仲良くなってその問題を聞けるようになること。
そのためにまずは文化祭の準備を頑張ろう。
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