第45話 閉会式が開会する

 ステージ袖で待機しているのは閉会式で役割がある生徒会役員以外では僕だけだ。ステージ上では校長先生が文化祭の講評をしている。


「ほんと、肝が据わってるよね安相君」


「うん、全校生の前で告白とかやばい。静花せいかさんも企画は冗談のつもりだったって言ってたのに」


「でもいいよね、めっちゃ青春って感じで、漫画やドラマみたい。ちょっと心が羨ましい」


「分かる、私もこういう告白されたい」


「え、まじ? 私はもっと普通がいいな」


「えー現実主義」


「いや、だって全校生に知られるんだよ? 学校のどこにいても、閉会式で告白された人だって見られるんだよ。やばくない?」


「あー確かに、終わった後のことは考えてなかった。告白される瞬間は感動だけど、その後はやばいかもね。色々と」


「確かにやばいかも」


 僕の後ろで同じクラスの生徒会に入っている三人の女子が小声で話している。そのやばいことをこれからしようとしている人のそばでやばいやばい言わないで欲しい。


「ていうか、安相君と心ってまだ付き合ってないってこと?」


「そうみたい。今日もお揃いの猫耳付けて手繋ぎ文化祭デートしてたのにまだ付き合ってないんだよ」


「昨日も体調崩した心のために安相君めっちゃ頑張ってたんだって。心の家まで行って看病してたんだって。さっちゃんが言ってたよ、安相君の必死な思いが心を奇跡的に回復させたんだって」


「うわ、もう恋を通り越して愛じゃん。もう西高ベストカップル確定だよ」


「いいなあ、勝ち確の告白とか楽しみしかない」


 わざと僕に聞こえるように話しているようだ。


 彼女たちなりの応援ととらえて無視していると両肩と背中に手を置かれる感覚がした。生徒会の三人だろう。


 ステージでは校長先生の次に話をしていた熱田さんが話を終えるところだ。


「他の人たちが笑ったり、引いたりしても私たち一年一組は味方だよ」


「安相君が頑張ってたのはクラスの皆が知ってるから」


「詳しいことは分からないけど、心ってすごく悩んでるみたいだった。それを救ってくれたのは安相君なんだよね。ありがとね」


「今までいじくっておいて最後にそういうことを言うのはずるくない?」


 怒るに怒れないじゃないかと思いながら僕がそう言うのと同時に冷泉さんがアナウンスを開始した。


「次は生徒会の最後の企画、恋の叫びです。テーマに合わせて企画しましたが正直参加してくれる人はいないと思っていました。全校生の前で告白なんてとてつもなく恥ずかしいものですから」


 体育館が失笑に包まれた。僕らとは反対側のステージ袖でマイク越しに話す冷泉さんと目が合う。にやりと笑って再び話を始める。


「しかし、私が参加者がいなくて困っていると言うと参加を表明する人がいました。彼はよく生徒会室を訪ねて来てくれて私ともよく話をしてくれました。彼は困っている人が見過ごせない性格で、後先考えずに人を助けて、怪我をすることもあるような人間でした。私は彼が恋をしている女の子とも知り合いました。その子は優しくて可愛くてとても良い子でしたが、色々と難しい事情を抱えている子でした。彼が彼女のためにどれだけ頑張っていたか、私は断片的ではありますが知っています」


 冷泉さんが場を良い雰囲気にするために話をしてくれている。良い感じに僕のことを説明してくれていて、これならクラスメイト以外でも応援してくれそうだ。


「そして彼女も彼ほどではありませんがよく生徒会室に来て私と話をしてくれました。彼女とは女同士ということもあり、理想の男性や理想の付き合い方などの話をすることが多くありました」


 それは初耳だ。確かに心さんは冷泉さんのことを気に入っていそうではあったので、生徒会室に通っていてもおかしくはない。


「彼女は綺麗な感情を持つ人や嘘をつかずに気持ちを包み隠さずに話してくれる人が好きだと言っていました。綺麗な感情というのは彼女の独特な感性によるものでしたが、嘘をつかずに気持ちを包み隠さずに話してくれる人というのは私も好きですね」


 観客側から「おぉ」という小さな歓声が上がる。クールな冷泉さんが好きという気持ちを露にしたことに驚いているようだ。


 冷泉さんは僕の方を向いた。正確には僕のそばにいた熱田さんの方だ。ずっと気持ちを包み隠していた熱田さんは苦笑いするしかない。


 それにしても、良い話ではあると思うが前説にしては少し長すぎないかという雰囲気が体育館に蔓延してきた。皆メインディッシュの到着を待ちわびている。それを意に介さずに冷泉さんは続ける。


「彼女は理想の付き合い方についてこう言っていました。喜びとか、楽しさとか、怒りや悲しみも、色々な感情を二人で分かち合いたいと」


 冷泉さんの声以外の音がなかった体育館に誰かが走る音が響いた。歓声が聞こえた。やがて喧騒に変わった。


「静粛に。今、企画への飛び入り参加者が現れました」 


 冷泉さんの一声で再び静寂が訪れる。冷泉さん側のステージ袖に心さんがいた。息を整えながら冷泉さんと何かを話しているのが見える。


「熱田さん、冷泉さんってすごいですね。多分打ち合わせなしですよ、あれ」


「ああ、静花はああ見えてドラマチックでロマンチックな展開が大好きだからな。そういう演出はお手の物さ」


 だからこんな企画を考えたのか。心さんと気が合うのも納得だ。


 そしてそれを分かっていながらさっさと告白してしまった熱田さんのことはそのうちいじり倒してやろうと誓った。冷泉さんとは末永く良き友人である予定なので、熱田さんとも長い付き合いになるだろうから、タイミングはいくらでもある。


 冷泉さんと心さんがこちらを向いた。そろそろ時間のようだ。


「さあ安相君、クラス企画の表彰式前に盛大に盛り上げてくれよ」


「では、二人同時に登壇してもらいましょう。ちなみに写真や動画の校外への流出は厳禁。確認された場合流出元の生徒は退学となるのでご注意ください」


 熱田さんに背中を押されるのと、冷泉さんの声が聞こえるのは同じタイミングだった。

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