第44話 お揃いの猫耳付けて手繋ぎ文化祭デートしてたのにまだ付き合ってない

 戻ってきた滝さんが学校まで車で送ってくれると言うので甘えることにした。心さんと話さなくていいのかと聞かれたが、照れ臭さがあるので明日しっかり話をすると言って断った。


 三春家を出る間際、滝さんが「また今度」と言うとさくらさんは微笑みながら頷いた。こちらももう少し時間がかかるかもしれないが良い方向に行くことだろう。


 車の中では滝さんからも心さんをよろしくと言われ、両親公認となってしまった。そうなった以上、明日はしっかりと決めないといけないと改めて気合が入る。


「次に君と会うのはいつになるかな。娘さんをくださいなんて言われる立場になれていたらいいな」


「それは……頑張ってください。許さんとか言って殴らないでくださいね」


「暴力は良くないな。俺からヒットを打てたら許してやるなんて言ってみたいけど、四十過ぎの今でギリギリ投げられる状態だから、俺の身体が動くうちになるべく早く頼むよ」


 学校まで届けてくれた滝さんは笑顔で帰って行った。文化祭一日目はもう終わっている。僕らの恋のぼりは無事に設置し直されていた。



 翌日、三春家からさくらさんに見送られて出てきたのはきっちりと制服を着た元気そうな心さんだ。庭で待っていた僕に気づくと手を振ってくれた。さくらさんも一礼してくれたので僕も礼を返す。


「おはよう、元気そうだね」


「おはよう。おかげさまで最近の中じゃ一番元気かも」


 いつもの微笑みで挨拶をしてくれる心さん。僕はちゃんと救うことができたのだと実感した。


 二人そろって学校へ向けて自転車で走りだす。心さんは意外にも全速力で自転車を漕ぎ結構なスピードを出している。僕が後ろを追う形になった。


「そんなにスピード出さなくてもいいんじゃない?」


「髪の毛気にせずに自転車でスピード出すところが好きって言ってくれた人がいるから」


「なら仕方ないか。ところで学校に着いたら着替えたりするの?」


「しないよ。制服の着こなしが好きって言ってくれる人がいるから。スカートもちょうどいい長さでしょ」


「なら仕方ないか。ところで心さんって髪綺麗だよね」


「そう言ってくれる人、結構いるみたい」


「ところで猫の鳴き真似って得意?」


「……にゃー」


「自転車漕ぎながらだと似せるの難しそうだね」


「でも今の類君の感情、甘いよ? まるでいちごのパフェみたい」


 学校に着くまでの間、こんな他愛もないやり取りを続けると、土曜の朝ということで交通量が少ないいつもの通学路が華やいで見えた。こんなにも楽しい通学路は初めてだ。


 教室に入ると心さんはすぐにクラスの女子に囲まれてしまった。きっと猫耳カチューシャ装着の儀が執り行われているのだろう。そして僕の目の前には熊、の着ぐるみを着た増子さんがいた。頭がフードになっているタイプなので顔は見える。


「えっと、増子さんどうしたのその恰好」


 少し複雑そうな表情で増子さんが答える。


「昨日類君が心の好きなところ百個書いて見せてたでしょ」


「あれは僕だけじゃなくて色んな人にお願いして……」


「それを私も欲しいって尊琉たけるに言ったら、今すぐは無理だからってこれを買ってきてくれた」


「あんまりお気に召さない感じ?」 


「どうせならコアラが良かった」


 尊琉本人もお揃いの着ぐるみを着ているらしいが今は昨日文化祭を見て回れなかった分を取り返そうと文化祭スタート前の校内を見て回っているらしい。


「ねえ類君、ちょっとしゃがんで」


 増子さんに促された通りしゃがむと頭に何かを付けられた。増子さんが心さんを囲む輪に加わらなかったのはこのためか。


「私フードがあって付けにくいから類君にあげる。ちなみに色んな種類があったけど白猫は在庫がなくて二つしか買えなかったんだって。それが私と心の分ってことで残ってて……閉会式まで外しちゃだめだよ」 


 増子さんがにやりと笑いながら言う。そして装着の儀が終わった女子たちもにやにやしながら僕のことを見ている。どこまでが偶然でどこからがわざとなのだろうか。心さんを取り囲む女子の一人が余分に猫耳を持っているのは気のせいだろう。


 開き直って堂々としようとしたが、出席確認に来た須藤先生が僕と心さんの頭の上を交互に見た後に僕の方を見ながら鼻で笑ったことで心が折れそうになった。


 文化祭は心さんと二人で回った。最初に見に行ったのは自分たちで作った恋のぼり。昨日たっぷり堪能したはずなのに心さんは再びそこから動かなくなってしまった。


「類君気づいてた? さっちゃんと尊琉君が書いたメッセージ、示し合わせてないのに【ずっと好きでした】って全く同じだったんだよ」


「そうなんだ。まさしく変わらぬ愛だね」


「それって姫著莪ひめしゃがの花言葉?」


「うん。姫著莪祭っていう名前にぴったり。そういえば心さんは何か書いたの?」


「……内緒。文化祭が終わったら教えてあげる」


 その後も心さんは僕がその右手を自分の左手で握るまでの三十分間、恋のぼりを見続けた。


 そのまま外の出店で生徒会が呼んだ鯉料理を楽しんだり、他の飲食系の出店も半分ずつ食べてみたり、妹尾せのおさんに会って猫耳をいじられたり、萌花さんに会って動画の件を謝られた後に猫耳をいじられたり、冷泉さんに会いに行って事の顛末を説明した後に猫耳をいじられたり、お化け屋敷を作ったクラスに行って、心さんが人が脅かしてくる仕掛けは脅かす人の感情を感じ取ってしまうので全然驚かず、人が介在しない仕掛けには悲鳴をあげながら怖がることを知ったり、尊琉と増子さんを見かけてお揃いだねといじったらお前らもじゃんと返されたり、楽しい午前中を過ごした。


 一緒にいるとそれだけで楽しかった。些細なことで笑い合ったり、周りから注目を浴びて照れたり、知り合いにいじられたり、何かあるたびに新鮮な反応をする心さんを見ることができてまさに至福の時間だった。昨日の絶望とは真逆の世界だった。


 午後は冷泉さんのクラスの劇を鑑賞し、その後僕は心さんと一旦別れた。仕事の忙しい心さんの両親が午後からは来てくれることになっていたので、心さんは申し訳なさそうにしていたがどこか嬉しそうでもあって、僕は笑顔で送り出した。


 一人寂しく行き場を失った僕は通い慣れた生徒会室へ足を運んだ。


「あら、可愛い彼女はどうしたの? あなたが一人で猫耳付けているとただの変人よ」


 部屋に入った瞬間ひどいことを言われた。冷泉さんはいつもの席に座って、スマホでこれからのスケジュールを確認しているようだったが僕を見た瞬間、僕の姿を写真で撮った。僕の猫耳姿は一生物になるようだ。


 冷泉さんは全世界に流出させたりはしないだろう。知り合いの中でいじられ続けるくらいで済むはずだ。生徒会室に他に人はいない。


「そう言う冷泉さんこそ一人じゃないですか。さっきも生徒会室にいたし、熱田さんはどうしたんですか?」


「あなたたちが来る前にある程度は一緒に回ったわ。今は生徒会長としてテレビの取材対応をしていて、姉さんに取られてしまった」


「副会長として一緒についていけばいいのに」


「嫌よ、人ごみ好きじゃないし。信一と一緒のところを姉さんに見られるのなんて絶対に嫌」


「そんなものですか。あ、劇すごく面白かったですよ。心さんも主役の二人がすごく感情がこもった演技をしていて感動したって言ってました」


「……あの子が言うなら本当に感情がこもっていたのでしょうね。信じられないけど文化祭を一日休んだり家と学校を行ったり来たりしてまでわざわざ嘘をつくとも思えないし、信じるしかないのね」


「はい、これからも同じ秘密を知った仲間としてよろしくお願いしますね」


「それは構わないけど、あなたは平気? あの子の前では嘘をついてもばれてしまうのでしょう? あの子のそばに居続けることに不安はない?」


「もう慣れました。本音を包み隠さず話すのって意外と気持ちが良いものですよ。精神的に楽になりますし、おすすめです」


 冷泉さんは仕方のない人を見るような表情で僕を見る。眉を八の字にして小さくため息をついた。


「あなたを見習って私も思ったことをそのまま言ってみようかしら」


「ええ、その方が良いと思います」


「じゃあ言わせてもらうけど、あなたって変よ。閉会式で全校生の前で告白するつもりなのも含めて、色々覚悟が決まりすぎている」


「それは、だって冷泉さんが出て欲しいって言うから」


「あなたのそういうところは魅力的だと思う。それにあなたたちがこの部屋によく来るようになって色々話すようになってから私も楽しかった。ありがとう。これからも、大人になっても、末永く良き友人でいて欲しいと思うわ」


 冷泉さんがいつものクールな表情で僕をまっすぐに見つめて右手を差し出してきた。その手を右手で握ると冷泉さんも握り返す。心さんの手よりも一回り小さいその手は意外と力強く、本音を包み隠さず話した照れ臭さを隠すためのようだった。


 変でも構わない。困っている人を放っておかないと決めて、まっすぐで優しい人間になろうと決めて、心さんと出会えた。心さんを助けられた。色々な人の背中を押すことができた。自分の生き方には満足している。


 そのまま生徒会室でだらだらしていると文化祭の一般公開が終わった。一般のお客さんがいなくなると生徒は制服に着替えて体育館に集合となり、生徒と教員だけで文化祭の閉会式が始まる。

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