第15話 感謝
通された部屋にはなんと新聞記者やテレビカメラまで来ていた。警察署の署長さんから感謝状を渡される僕をカメラに収める二人のカメラマン。緊張して硬い表情になってしまい、明日の新聞やニュースで皆に笑われてしまうかもしれない。表彰式が終わり部屋を出ようとすると、テレビのカメラマンと一緒にいた女性に声をかけられた。
長く明るい茶色の髪を一本に縛って腰辺りまで垂らしたその女性は年齢は二十代半ばくらい、地元のニュース番組でよく見たことがあり、美人と評判だった気がする。
「安相君。少しだけインタビューいいかな?」
カメラと同時にマイクを向けられ、とっさに頷いた。
「ありがとう。私、アナウンサーの冷泉
「あ、はい」
「では、ひったくりの犯人を追っていたときの心境を教えてください」
「えっと、目の前で鞄を取られるおばあさんがいて、とにかく助けなきゃ、追いかけなきゃって思って、追ってる間は夢中でした。諦めたら後悔する気がしてずっと追いかけて、自分の家の近くまで来て知ってる道だったのでうまく追いつけました」
「怖くはなかったですか?」
「はい、必死だったので」
その後もいくつかの質問に答えるとインタビューが終了した。これもテレビで流れると思うと照れくさい。
「ではこれで終了です。ありがとうございました」
アナウンサーさんが頭を下げる。インタビューくらいで大げさすぎるほどに深々と丁寧に頭を下げている。さすがにもうカメラで撮影はされていないようだ。
「あの、そんなにするほどのことじゃ……」
「いえ、実はあなたが取り返してくれた鞄の持ち主は私の祖母なの」
「え?」
社員証なのかただの名札なのかは不明だがアナウンサーさんの首には名前が書かれたカードがかけられていて、その名前は冷泉と書いてある。同じ苗字で同じ人をおばあちゃんと呼ぶということは考えられるのは一つだ。
「冷泉さんのお姉さん?」
アナウンサーさんの顔がパッと明るくなった。いつもクールな冷泉さんとは違って明るくて朗らかな表情だ。眼鏡を外して少し大人っぽくメイクすると冷泉さんもこんな顔になるのだろうか。
「あなた、
「はい。文化祭のことで色々お世話になってて」
「あーもうそういう時期だよね。私も西高出身だから分かるなあ。静ちゃん三年生だから気合入ってるでしょ?」
気合、入っているのだろうか。冷泉さんは真面目だけどいつもクールでどこまで熱が入っているか掴みにくい。でも、僕にたくさんアドバイスをくれたり、企画を楽しみにしてくれているあたり気合は入っているのかもしれない。
「はい、おそらく。いつもクールだから分かりにくいですけど」
「まあそうだよねー。静ちゃんっていつもクールだけど心の奥底では燃えてるタイプだから。ところで君たちのクラスはどんなことするの? 取材に入る予定だからおばあちゃん助けてくれたお礼に君のクラス特別に長めに撮影しちゃうよ」
萌花さんに今年のテーマから僕らのクラスの企画を説明した。
「へー鯉のぼりに恋のメッセージかー。いいねー青春だね。言うなれば恋のぼりだね。ああ魚じゃなくて恋愛の方の」
恋のぼり。しっくりきた。企画書は仮の名前だから正式な名前はこちらにしよう。
「ね、校外の人にも恋のメッセージをお願いするんだよね。じゃあ私にも書かせてもらえないかな? 卒業生として協力させてくれない? 静ちゃんに渡してもらえばいいから」
「もちろん。あとで冷泉さんに渡しておきます」
「ありがと。じゃあ私からはこれ、何かあったら連絡してね。おばあちゃんのお礼に何でも相談乗るよ」
そう言って萌花さんは自分の名刺を僕にくれた。小学生のときに授業の中で名刺を作ったことがあるがそのときのような名前とクラス程度の簡単なものではなく、名前以外にも所属の会社名、部署名、連絡先など社会人としての情報が書かれていて、なんだか大人になった気分になる。冷泉さんに自慢したらどんな反応をするだろうか。
学校に戻ると今日の分のクラスの作業は終了したようで皆帰り支度をしていた。尊琉と増子さんに進捗を確認して僕も帰り支度をする。
三春さんは最近僕を避けている。
というのも僕が三春さんを好きなことがとっくに知られていることを知ってから、僕は完全に開き直って三春さんの近くでわざと三春さんのことが好きだと思うようにしているからだ。そうやって三春さんに僕のことを意識させる作戦だ。
三春さんは照れて逃げ出したり、物陰から僕の姿を警戒するように見てきたりして反応がとても可愛い。増子さんから「心が類君が最近意地悪してくるって相談してきたんだけど何か心当たりある?」なんて聞かれたが、意地悪をしている覚えはないので知らんぷりした。
こんなことをしているのは僕を意識させる作戦というだけではなく、三春さんを僕から遠ざけて少し離れたところから見たかったからだ。増子さんはもちろん僕や尊琉とは普通に会話したりしているが他のクラスメイトとは距離感が微妙というか壁を感じる。それはクラスメイト達も感じているようだ。
「優しいし良い子なんだけど、友達になるための一線を越えないようにしているような気がする。どこか私たちのことを信頼しきれていないような感じ」
一人の女子が三春さんがいないときに言っていた言葉だ。今はまだ四月で、皆他の人との距離を計りかねている最中なので問題はないかもしれないがこれがずっと続けば三春さんの立場が危うくなりかねない。三春さんへの心配は募るばかりだ。
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