第20話 恋の叫び

 昼休み、恋のメッセージ募集の用紙を置かせてもらうため生徒会室にやってきて、扉をノックしようとすると中から声が二つ聞こえた。一つは冷泉さんだと思われるが、もう一つはおそらく男子生徒だ。男子生徒の大きくてよく通る声は扉の外まではっきりと聞こえてくるが、冷泉さんの声は途切れ途切れで聞き取りづらい。


「冷泉が色々企画考えてくれたおかげで順調だよ。ありがとな」


「いえ……たいした……」


「いや、この街が鯉の生産量一位とか恥ずかしながら知らなかったし、校章の花かつみの由来の姫著莪ひめしゃがの花言葉にもかけて【こい】ってテーマにしたのも冷泉だしすごいよほんと。でも閉会式の恋の叫びってのはうまくいくかな。せっかくメダルまで作ったけど参加者がいないかもしれないぞ」


「だいじょ……こうは……」


「へえ、そんな奴が……あ、そろそろ行かないと。悪いな、あとは任せた」


 扉が開かれ中から男子生徒が出てきた。生徒会長の熱田さんだ。文化祭実行委員の集まりや生徒会室に来たときに数回顔を合わせたことがあるくらいなのに僕のことを覚えてくれていて、今も軽く手を挙げて挨拶をしてくれた。僕も会釈して返し、生徒会室の中に入る。


「あら、いらっしゃい安相君。今日は何の用?」


 いつもの出入り口のすぐそばの椅子に座った冷泉さんが出迎えてくれた。


「はい、メッセージ募集の用紙を生徒会室の前にも置いてもらいたくて、お願いに来ました」


「ああそれね、どうぞ」


「ありがとうございます。あの、申し訳ないんですけどさっきの熱田さんとの会話が聞こえてしまって……色々決めたのって冷泉さんだったんですね」


「ええ、まあ。でも実行する力があるのは熱田君の方。彼がいなければ実現しないことばかり。私は机上論ならいくらでも立派なことを言えるけど実行力がない」


「そんな卑下しなくても……魚の鯉も何か生徒会で企画してるんですか?」


「ええ、街にある鯉の生産業者さんと鯉料理を扱う飲食店の人を呼んで鯉料理を振る舞ってもらう予定」


「へえ、僕らも最初考えましたけど自分たちで魚料理はハードル高いなあって思ってやめたので、プロを呼ぶなら安心ですね」


「交渉はすべて熱田君がやった。彼、見た目も誠実そうで話し方とかも情熱ありそうだし、高校球児だからとにかく受けがいいのよ。もちろんそれだけじゃなくて理路整然と冷静に話せるし、頭も良くてアドリブもうまい」


「熱田さんのことよく知ってるんですね」


「幼稚園からの付き合いだからね。昔から何でもできて、私は運動が苦手だったからせめて勉強はって思ったけど、いつも彼にあと一歩及ばなかった。彼に勝てるのは絵くらいね。私もうまい方じゃないけど彼の絵は想像を絶するくらいひどいから。中学の成績、他は全部五段階の五なのに美術だけは四だったわね。真面目さと筆記試験で何とか四にしてもらったみたい」


 熱田さんのことを語る冷泉さんは少しだけ早口で心なしか楽しそうだ。それに気づいた冷泉さんは顔を赤くしてうつむいた。


「……忘れて頂戴」


「いや無理ですよ、あんな楽しそうな冷泉さん初めて見ましたし」


「もういいわ。ところで安相君、あなた困っている人は放っておけない人間よね?」


「え? まあ、そうですけど」


「じゃあ私困っているから助けて頂戴」


 いつものクールな表情に戻っていて困っているようには全然見えないが本人が困っているというなら仕方がない。


「なんでしょうか」


「閉会式に開催される恋の叫びに出て欲しい。告知はこれからだけど出場者がいなさそうで心配なの」


「別にいいですけど、何をするんですか?」


「今いいって言ったわね、覚えたから。恋の叫びでは出場者が体育館の壇上に立って恋の思いを叫ぶの。それだけ」


「それだけ?」


「で、その場を最も盛り上げた人には恋メダルが贈呈される。見本はこれ、もう業者に発注してる。見本はありあわせの素材で作ったけど、金銀銅になるから」


 冷泉さんから見せられたのは段ボールと紙で作られた直径五、六センチくらいのメダル。真ん中に恋という漢字が書かれていて、恋の下半分の心の字の長い線の部分が鯉と思わしき魚になっていて、その周りを校章にも使われている花かつみ、姫著莪の花が囲んでいる。


「結構力入ってますね。金銀銅ってことは三個あるんですか?」


「いえ、実はその場でカップルが誕生したときのためにペアで作っているから六個ある。無駄にしたくないからあなたにぜひもらって欲しい」


「……僕に好きな人がいていつか告白するつもりである事って話しましたっけ?」


「……生徒会役員は学校のありとあらゆるところに点在している。油断しないことね」


「失敗したら慰めてくれますか?」


「……考えとく」


 心さんは恋愛小説とかドラマみたいな恋に憧れると言っていた。文化祭の閉会式、全校生徒の前で告白なんてまさに理想のシチュエーションではないか。でも失敗したら心さんを傷つけてしまう可能性もある。安請け合いはできない。


「僕だけならまだしも相手がいることなので即答はできません。でも前向きに検討します」


「そうね。その方向でよろしく」


「あ、そうだ。冷泉さんに渡したいものが……」


 姉の萌花さんと恋のメッセージの用紙を冷泉さんを通して渡す約束をしていたことを伝え、ついでに冷泉さんの分として二枚を渡した。


「確か警察から感謝状貰ったとき知り合ったのよね。まあ一応渡しといてあげるけど、私の分は無駄になるわよ」


「……でも、熱田さんのこと……」


 無言で生徒会室から押し出され、鍵までかけられてしまった。


「自分のことに集中しなさい……青春番長さん」


 入学直後にクラスの女子の間でほんの少しだけ言われていて結局定着しなかったあだ名で呼ばれた。僕のクラスには三人くらい生徒会に入った人がいたはずだから、僕の情報を冷泉さんに流しているのはその人たちだろう。



 昨日の出来事を経て、僕と心さんへのクラスメイトからの視線が変わった。うまく言えないが生暖かく見守っているような、親のような目線を感じる。


「そりゃあ皆お前と三春が付き合い始めたもんだと思ってるからな」


 放課後に生徒会の人たちと小中学校を回ろうとしていた直前に尊琉にこの視線のことを相談するとこんな答えが返ってきた。


「あんなねっとり指を絡めたりして、幸と三人で消えたと思ったら幸は先に帰ってきて、しばらく帰ってこないでやっと帰ってきたと思ったらお前はともかく三春はなんだか清々しい顔をしているし、今日三春がクラスの女子に積極的に声をかけようとしていたのも良いことがあったからなんて言われてるし、そもそもよく一緒に学校に来たり帰ったりしてたしな。状況証拠が溜まりまくってるからそう思われても仕方ない」


 でも結局告白は止められていて、僕らの関係は普通より少し仲の良い友達のまま。止めた理由を知らないかと聞いてみたが「幸も知らないことを俺が知ってるわけないだろ」と言われてしまった。

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