第3話 静かに咲く花
合格発表はホームページでも確認できるのだが僕は直接西高に見に行くことにした。わざわざ受験当日に友達の応援に駆け付ける三春さんのことだから、今日もその友達と一緒に見に来ているかもしれないと思ったからだ。
外は雪は降っていないものの三月だというのにまだ冬のように寒い。今日は両親ともに仕事なので自転車で向かうしかない。合格は確信していたので不安はない。自宅から西高までの約二キロの道のり、僕は三春さんに会えるかどうかの心配と会えたらどんな話をしようかという興奮を抱えたまま自転車を漕いだ。寒さなんて忘れるほどに胸が高鳴っていた。
西高に到着し、受験生専用駐輪場という看板があるエリアに自転車を停め、受験番号が張り出されている掲示板が置かれた昇降口の方を見ると、思いのほか大勢の人がいた。受験生だけではなく在校生の先輩たちもいて合格者を祝福したり、早速部活の勧誘をしたりしている。胴上げなんかをしている集団もあり、一種のお祭りのようだった。
それを取材する地元のテレビ局や新聞社も来ていて、西高が県内において最も注目されている高校なのだということを再確認した。
僕は自分の番号があることを確認するとひと安心して辺りを見回す。今日の寒さなら受験の日と同じ白いコートを着ているだろうし、長くて綺麗な黒髪と女子としては高めの身長は人ごみの中でも目立つはずだ。
いた。僕とは違う掲示板を見ている。隣には身長が小さめで顔も髪型もまん丸な女の子がいて、一緒に掲示板を見ている。応援に来たという友達はあの子のことだろう。少しずつ近づきながら声をかけるタイミングを計る。
あの子がもし落ちていたら気まずいななんて思ったが、三春さんがあの子を抱きかかえて飛び切りの笑顔でくるくる回っているところを見るにその心配はなさそうだ。友達の前ではあんな風に笑うのかと思うと新たな一面を知れて嬉しくなった。
やがて二人はユニフォーム姿の男女の集団、おそらく野球部とソフトボール部の先輩たちに取り囲まれ胴上げされていた。スカートがめくれても大丈夫なようにジャージを下に履かせたり、男子は背中側に集中して万が一にもお尻を触らないように配慮している辺り、西高が自由な校風を守り続けられている理由が分かる気がした。
胴上げを終えた三春さんに話しかけようとすると目の前に地面を見ながら何かを探している女子生徒を見つけた。西高の制服を着ているので先輩だろう。早く三春さんに声をかけたいが無視はできないので先輩の方に声をかけた。
「あの、どうかしたんですか?さっきからずっと下ばっかり見てますけど」
眼鏡に三つ編みでいかにも真面目で頭の良さそうな先輩は僕の方を見ると目を丸くした。
「あなた受験生よね? 皆受かって喜ぶか、落ちて悲しむかしているのに、困っている先輩に話しかけるなんて変わっているのね」
「困っている人を放っておけないので」
先輩は僕の言葉に無表情のまま事情を説明してくれた。
「私は生徒会役員で合格発表の記録用の写真を撮るつもりだったの。そのためにスマホを取り出して写真を撮っていたら誰かとぶつかった拍子にスマホケースから定期券が落ちちゃって、この人ごみでどこにいったか分からなくなっちゃって困ってたの」
「じゃあ一緒に探しますよ」
足元を見て探すが人が多く動きもあるので全く見つからない。あまり人前で目立つのは得意ではないが、やむをえない。
「すみませーん! 定期券を落としちゃって探しているので、下を見てもらえませんかー!」
最大限に声を振り絞ったがこの喧騒の中では半径二、三メートルほどの人にしか聞こえていない。それでも僕の声を聞いてくれた人たちが一緒に下を見て探してくれた。
「あったぞ! なんだ
拾ってくれたのは次なる胴上げのターゲットを探して練り歩いていた野球部の先輩だった。
「ああ、
熱田と呼ばれた先輩は定期券を冷泉先輩に渡すと次のターゲット探しを再開した。冷泉先輩はその背中をしばらく見送ってから僕に向き合った。
「ありがとう。私じゃあんな大声出す勇気なかったからなかなか見つからなかったと思う。ところであなた……困ってる先輩を助ける余裕があるってことは、合格?」
「はい」
「おめでと」
冷泉先輩はにこやかに笑って控え目に祝福してくれた。クールな人かと思ったけれど意外と表情豊かなようだ。
「名前は熱田君が呼んでいたけど改めて、私は二年、あ、四月からは三年生の冷泉
「安相類っていいます。安い相談のたぐいって書いて。頼りにさせてもらいますね」
「安相君ね。それじゃ、入学したらまた会いましょう」
軽く手を振りながら冷泉先輩は去っていった。困っている人がいたら助けるのは今の僕にとって当たり前のことになっているが、こんな風に考え方を変えて本当に良かったと思う。清々しい気持ちになるし、お礼を言ってもらえるとやって良かったと思う。
そして何より三春さんと出会うことができた。
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