第24話 家庭の事情により

 結局連休中に僕がまともに出かけたのは母方、父方の祖父母の家にそれぞれ一回ずつ行ったくらいで、連休中に何したの? と問われたら勉強としか答えられない。進路と同じで、自由にしたいことをしろと言われると特にやりたいことが見つからない。


「類は連休中に何したの?」


 学校が再開した日の朝のホームルーム前に、家族でハワイ旅行に行ってきたらしくすっかり日焼けした尊琉に聞かれた。


「勉強かな」


「真面目だな。三春と遊んだりしなかったの?」


「連絡は少しは取っていたけど……」


 本当は遊びに誘おうとも思っていたが心さんがお母さんに何と言われるか分からなくて怖かったので誘えなかった。


「難儀だねえ。ま、これでも食って元気出せよ」


 尊琉はハワイのお土産のお菓子を僕に渡すとクラスの他の人たちにも配って回り始めた。増子さんには特別にたくさん渡していて、子供のように大はしゃぎする増子さんを見て幸せそうな心さんがいた。


 尊琉が他の人のところに行った後、僕も心さんにノートを返しに、そしてお礼の紅茶のティーバッグのセットを渡しに心さんのもとに向かった。心さんはご飯は食べないが飲み物は普通に飲む。種類は水だったりジュースだったりお茶だったり様々だが、比較的紅茶の割合が多かったのでこれを選んだ。 


「心さん、ノートありがとう。すごく分かりやすかった。あとこれはお礼、良かったら」


「どういたしまして。いいの? こんなにたくさん。勉強中とかよく飲んでるから嬉しいな」


 お礼の品は当たりだったようでほっとした。


 久しぶりに見た心さんは連休前と様子は変わらず、優しくて可愛くて、クラスの女子とはすっかり仲良しで、男子ともだんだん打ち解けてきている。


 いつの間にかクラスの中心になりつつあり、周りには人がたくさんいて、だから僕が返したノートを何気なく開いたときにちょうど付箋が貼ってあったページを開いてしまい、心さんが貼った付箋の下に僕が新たに【ありがとう】と書かれた付箋を貼ったことが衆目に晒されてしまう。


「おぉー」


 心さんの周りにいた人たちが静かに歓声を上げる。その様子に気づいた他のクラスメイトも集まり始める。心さんは僕の感謝の気持ちを味わっているのかノートを閉じようとしない。


「やば。スマホあるのにあえて付箋でやり取りって、めっちゃいいよね」


「分かる。なんかこう、エモい。漫画にしたい」


 好き勝手に言うクラスメイト達の真ん中で心さんも僕も照れて何も言えなくなった。


 僕らが付き合っている説はまた強化されるのであった。



「……ということがありまして」 


「そう。良かったわね」


 その日の放課後、校内のメッセージ回収ついでに生徒会室に寄って朝の出来事を冷泉さんに報告した。放課後の生徒会室は昼休みと違って人が多いが、僕はもうこの部屋に通い慣れているためか他の人たちは僕がいることを何とも思っていないようだ。


「で、今日は何の用? まさか仲良し自慢をしに来ただけってわけじゃないでしょう?」


「……連休前に心さんのお母さんと偶然会いまして、心に男は必要ないから近づくのやめてくれ的なことを言われて……」


 冷泉さんは呆れた顔でため息をついた。


「だから三春さんはあなたに告白をさせなかったって言いたいの? お母さんに男を作るなって言われたから? そんなに自分の意志が弱い子には見えなかったけど」


「僕もそう思いますけど、でも何か事情があって……」


「というか、告白したらオーケーされる自信はあるのね。自惚れちゃって」


「……自惚れかもしれないけど、自分が好きな相手と仲良くしてるなら、相手も自分のことを好きだと思ってるって思いたいじゃないですか」


「……そうね。そのくらいの自信があった方がいいかもしれないわね」


「ああ、あつ……いえ、なんでもないです」


 熱田さんにもそう思って欲しいんですかなんて聞こうとして、また追い出されるところだったが何とか睨まれるだけで済んだ。


「親の言うことなんて無視して僕と付き合おうよって言えばいいんじゃない?」


「事情も分からないのにそんなこと言えないですよ」


「じゃあ諦めるしかないじゃない。親が言うから男女交際できない、親を無視させることもできない。詰みってやつね」


「でも……」


「ただ仲が良いだけの関係止まりが嫌だっていう気持ちは分かるけど、ただの高校生にはどうしようもないこともあるのよ」


 実感がこもっているような冷泉さんの言葉をいじる気にはなれなかった。



 中間テストが終わった。心さんのノートのおかげで数学はわりかしできたような気がする。他の教科もぼちぼちで二百八十人中七十位とまあまあの結果となった。増子さんは僕と同じくらいで尊琉は学年で真ん中ほど、心さんは五位だった。


「すごいね心さん。うちで五位なら東大だって現実的だよ」


 そう声をかけると心さんは笑ってくれたが、そんなに嬉しそうではなかった。普段ならそんなこと思わないかもしれないが、お母さんのことがあってから僕は心さんの表情に敏感になってしまっていた。お母さんの話題では無理して笑っている感じがして、お母さんの影響が強い進路の話でも同様だ。


「ごめん、余計なこと言ったかな」


 心さんは首を横に振って否定する。


「大丈夫、褒めてくれて嬉しいよ。類君も数学苦手って言ってたのに平均より十点も取れたなんて、頑張ったんだね。えらいえらい」


「うん、心さんのおかげだよ」


「ふふ、喜んでる類君も美味しいよ」


 お母さんに関わらない話題であれば心さんはいつも通りにこやかに笑ってくれる。


 いつの間にかお昼も増子さんと尊琉と四人で食べるようになった。四人でというより僕と心さん、増子さんと尊琉の二人と二人でと言った方がいいかもしれない。


 学校内で暇があれば一緒にいるし、目が合えば笑い合う。


 心さん曰く増子さんと尊琉の仲の良さはたまにあるらしく、中学のときも急に仲良くなっては普通の友人になるということを繰り返していたらしい。この二人にも色々な事情があるのだろう。

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