第25話 抱えているもの
文化祭の恋のメッセージは校内と小中学校に依頼していた分を集めると三百枚ほどになった。ほとんどが小中学校から集めたもので提案してくれた冷泉さん様様だ。
心さんは割と人目も憚らずつまみ食いするので、僕と増子さん以外からは人の恋で興奮する人という扱いを受けている。僕と増子さんからは人の恋で腹を満たす人という扱いを受けている。
尊琉の家にラミネート加工するラミネーターという機械があったのでそれを持ってきてもらい、鱗の縫い付けを始めていくことになった。布の縫い付けと違ってラミネート加工された紙は硬いので針を刺しにくかったが、その硬さが本物の鱗っぽくて良いと評判でもあった。
ただできあがった鯉のぼりに下地として描かれている鱗と紙で作った鱗ではほんの少しではあるが大きさに違いがあって予定の四百五十枚よりももっとメッセージが必要だということになった。
書きたい子がもっといたけれど用紙が足りなかったという学校もあったのでそこに再度依頼し、さらに近隣の高校にもお願いすることになった。
「他の高校には友達伝いでチケットを配れるからわざわざ行く予定はなかったのだけど」
と、冷泉さんに面倒臭そうな口調で言われたが、文句を言いながらも西高生徒会からの依頼ということで連絡を取ってくれた。もう何回貸し借りをしたか分からなくなっていたので一回リセットして改めて貸し一つということになった。
三者面談の期間が始まった。これから四日間は午前中授業となり午後の時間に三者面談が行われる。文化祭を一ヶ月後に控えた生徒たちにとってはその空いた時間はありがたく、皆学校に残って準備を行うことになる。教室は面談のため使えないが運よく家庭科室を借りることができたので、一年一組は鱗のラミネート加工、切り出し、縫い付けの作業を進めている。
僕と心さんはメッセージ集めに協力してくれることになった東高校を目指し、自転車を漕いでいる。東高は今日で中間テストが終わるらしく、ちょうど午前で放課となるということだったので生徒会の生徒が対応してくれることになっている。
「今日会ってくれる東高の子はね、前に話した中学の頃仲が良かった子なの」
「えっと、バスケ部の先輩と色々あった方の人?」
「うん。今までだったら会おうと思わなかったかもだけど、今はもう一回仲良くなれると思って楽しみ。実は軽くスマホでやり取りはしたんだけど、やっぱり直接会うのはワクワクする」
本当に楽しみそうな声色で心さんが言った。僕と心さんの面談は明日だが、このことは話題にしない方が良いだろう。この楽しい気持ちを踏みにじりたくはない。
東高の正門に着くと心さんが門のところに立っていた女子生徒に声をかけた。女子生徒もその声に応じた。
「久しぶり、心」
「うん、久しぶり、
「……心に名前で呼ばれるの、いつぶりだろ。なんか嬉しいな」
「ごめんね。私、勝手に壁作って嫌な思いさせてた」
「私こそ、カッコいい彼氏作ることばっかりに躍起になって相手の性格とか考えずに、心の言葉も聞かずに突っ走って、心を傷つけるようなことばっかり言って。自分が悪いのに心のこと避けるようになって、ごめん」
二人はお互いに謝罪し合って仲直りの握手を交わした。東高の制服であるセーラー服を着た少しつり目気味で気の強そうな顔をしたショートカットの女子生徒は
「うん、承った。うちの学校の人たちも西高の文化祭は楽しみにしているからきっと協力してくれるよ。それにしても恋のメッセージか、好きだったもんね、恋愛物とか」
そのまま二人は最近読んだ恋愛小説や漫画の話などの雑談に興じてしまった。心さんが昔の友達とまた仲良くできて嬉しいのだが周りが下校する東高生ばかりなこともあって疎外感がすごい。僕はまだ名前を名乗っただけで何も話をしていない。
「今は彼氏いないの。中学の頃はとにかく恋がしたかったんだけどさ、今はちゃんと考えて良い人探そうかなって思ってて。まあ気になってる人はいるんだけど」
「じゃあそれを書くといいよ。匿名でもいいし、とにかく恋の気持ちを書きたい人のためのものだから」
「そうだね。書いたら今度は私が西高に届けるね。心はどうなの? 良い出会いとかあった?」
妹尾さんが尋ねると心さんは手持ち無沙汰のため隣でぼーっと立っていた僕をちらっと見た。当然妹尾さんの目線も僕の方に誘導される。
「うん。こうやって美佳ちゃんと話す勇気を出せたのもその人のおかげ。クラスでさっちゃん以外の友達もできて楽しいのもその人のおかげ。困ってる人を見捨てない、まっすぐで優しい気持ちを持った人。嘘もほとんどつかないし、出会えてよかったと思う」
すぐ隣で恥ずかしげもなくそんなに褒められると何だかこそばゆい。妹尾さんも僕の顔を見てにやにやしている。
「じゃあ、付き合ってるんだ? いいなあ」
ただ、その問いには心さんは首を横に振った。
「ごめんね。そろそろ学校に戻らなきゃだから……メッセージ、待ってるね」
西高までの帰り道、心さんは僕の少し前を走る。
「ごめんね類君。私、訳分かんないよね……」
分からない。心さんが抱えているものの核心は何なのか。話がお母さんに近づくと曇ってしまう心さんを助けるにはどうしたら良いのか。家庭の問題にまで入り込む勇気は僕にはなくて、ただ現状維持を選択してしまう。
「このままでいいよ。分かんなくてもいい。今は楽しく過ごせたらそれだけでいい」
逃げだ。この選択は逃げ以外の何物でもない。でもそれで心さんが笑顔になってくれるのなら、間違いではない。
その日の夜、増子さんからメッセージが来た。妹尾さんが僕の連絡先を知りたいと言ってきたので教えていいかという内容で、僕は構わないと返事をした。少し経つと妹尾さんから電話がかかってきた。
「もしもし、昼間会った妹尾です」
「あ、はい。安相です」
「今日ちょこっと会ったばかりでこんなこと聞いていいのかなって思ったんだけど、心からいきなり帰っちゃってごめんねって連絡が来て気になっちゃったからさ、君と心の関係。心には聞きづらかったから教えてくれない?」
優しい語り口調で妹尾さんの本来の人柄がとても素直で優しい人だというのは分かった。中学時代の心さんが仲良くするくらいだから当たり前といえば当たり前だ。
「僕らの関係は……友達だよ。それ以上でもそれ以下でもない」
「でも、昼間話したときの心の様子見たらとてもそれだけには……」
「分からないんだ。僕は告白をさせてすらもらえなくて、宙ぶらりんのまま、ただの仲が良い友達。どうしてなのかな。なんとなくお母さんが関係してるっぽいんだけど直接聞くわけにもいかなくて」
「そっか……結構重たい事情があるんだね」
「まあ、そんな感じかな」
「くだらないことだったらいじくってやろうと思ったのに残念。私のアドバイスで二人をくっつけてあげて恩を売って、西高の頭良いイケメンでも紹介してもらおうと思ったのにな」
あっけらかんと言う妹尾さん。裏表がなくて言いたいことをはっきり言って、心さん好みの人だと再度思った。
「お母さんか……そういえば中学の頃、ちらっとだけど聞いたことあるよ。理由は覚えてないけど、私と心が二人きりになってなんとなく親の話題になって心がぽろっと言ったんだ。お母さんのために頑張るんだって。なんでそんなこと言ったのかも、何を頑張るのかも覚えてないんだけどね。ま、君は私と心をまた繋いでくれた恩人だから応援するよ。頑張って」
「うん、ありがとう」
お母さんのために。そういえば進路の話をしたときも同じようなことを言っていた。あのときはお母さんが言うからだった気がするが目的がお母さんである事には違いない。
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