第26話 三者面談

 翌日は僕も心さんも三者面談の予定がある。順番は出席番号順ではなく保護者の予定に合わせてバラバラになっているので、偶然にも僕がこの日の一番最後で心さんが僕の一つ前だった。


 この日の文化祭の準備はすでに終了していて居場所もなかったので心さんと一緒に教室の前の廊下で待つことにした。予定の時間よりも早く進んでいるらしく、心さんの前の人はすでに終了していて、心さんのお母さん待ちとなっている。いつもと変わらないテンションだった心さんも面談が近づくにつれて少しずつ緊張が増して落ち込んでいっているように見えた。


 やがて心さんのお母さんが到着し、僕は会釈をしたがお母さんは僕を一瞥しただけで足早に教室へ入っていった。心さんが後に続いて入室し、丁寧に扉を閉めた。


「よろしく、須藤君」


「あ、いや生徒の前ですからくんは勘弁してください三春先輩」


「じゃああなたも先輩なんてやめた方がいいわ」


 須藤先生と心さんのお母さんは先輩後輩の関係のようだ。先生は西高出身だと言っていたからお母さんもそうなのだろうか。和やかな雰囲気で会話は続く。


「ごめんなさい、入学式は仕事が忙しくて出席できなくて。それにしてもあなたが心の担任とはね」


「新入生の名簿を見て三春っていう苗字が見えて、私の娘の二つ上だったはずだからもしやと思って詳しく資料を見たら先輩の名前があったので。高校時代たくさん面倒を見てもらったので私が先輩の娘の面倒を見てやろうと思ったんですが、面倒を見る必要もないくらいしっかりしていますよ、心さんは」


「当然よ。誰にも頼らず生きていけるように育ててきたんだから」


 優秀な娘を自慢するでもなく、自分の手柄だと誇示するでもなく、さもそれが当然のようにお母さんは言い切る。和やかな雰囲気は終わりを告げ、ピシッと引き締まった空気に変わる。


 それにしても何故こんなに教室の中の会話が聞こえるのだろうか。教室の壁はそんなに薄くないはずだ。そう思って出入口を確認してみると扉が三分の一ほど開いていた。咄嗟に閉めようと手を伸ばしたが思いとどまった。


 この扉を閉めるとき心さんはすごく丁寧に閉めていた。それなのに開いているということはわざと開けておいたのだ。教室の中の会話を僕に聞かせるために。僕に聞かせて何かをさせるために。心さんは僕に助けを求めている。


 何をして欲しいのかは会話を聞けばヒントが掴めるはずだ。僕は教室の中からギリギリ見えないところまで扉に近づき聞き耳を立てた。


「では、進路の話ですが現在の進路希望は……」


「東京大学です」


 食い気味でお母さんが答えた。心さんの姿は見えないし、声もまだ聞いていない。今どんな表情をしているのか心配になる。


「いや、先輩ではなく心さんの希望は……」


「同じよね、心?」


「……はい」


「そ、そうか。まだ模試なんかをやっていないから全国的な立ち位置は分からんが、うちの学校で学年五位であれば十分可能性はある。この調子で頑張ってな」


「……はい」


「家での様子はどうですか? 勉強時間は……この結果を見るに大丈夫そうですが、睡眠時間は取れていますか?」


「自分のことは自分でやるように任せているから分からないけど、この子は……滅多なことでは体調を崩さないし、大丈夫だと思うわ」


「毎日だいたい七時間は寝ています。どんなに忙しくても六時間は寝るようにしています」


 心さんは淡々と質問に答える。


「家では問題なさそうですね。でも先輩ももう少し心さんのこと見てあげてくださいね。しっかりしていると言ってもまだ十五、六歳ですから」


「……ええ」


「では次に学校での様子ですが、最初に言った通りすごくしっかりしています。入学当初こそ少し硬さがあったように見えましたが、今はクラスの皆ともうまく関係を築けているようで、文化祭実行委員としても大変そうではありますがとても頼りにされていると思います」


「まあ、勉強の邪魔にならない程度に楽しくやってくれればいいわ。ところで須藤君、この子は学校でモテる?」


 心さんのお母さんはとてつもなく真面目な口調で須藤先生に聞いた。目を丸くする須藤先生の姿が目に浮かぶ。僕にも似たような質問をしてきたあたり、お母さんにとっては重要なことなのだろう。


「はあ、まあその、よく告白されているという話は生徒たちから聞きますし、他学年の生徒からも授業などに行ったとき心さんのことを色々聞かれることはありますね。知り合いたいなら自分で何とかしろと言っていますが」


「彼氏がいるなんて言う話は?」


「いえ、私の耳には入っていませんが……」


「じゃあ特別仲の良い男の子とかいるかしら?」


「お母さん!」


 心さんが大きな声をあげた。今までに聞いたことのない悲壮感に満ちた声がした。


「やっぱりいるのね。あのときの彼? 勘違いされる前に縁を切りなさい」


「先輩、お言葉ですが心さんはもう高校生。それに分別のない付き合い方をするような子には思えません。そこまで干渉しなくても……」


「心に男は必要ない。須藤君、あなたならこの意味は分かるわよね?」


「しかし……」 


「三者面談は進路のこと、家庭での様子、学校での様子を共有するためだったわね。私はもう満足だけど、須藤君はどう?」


「……いえ、今日はありがとうございました」


 心さんの面談が終わったようだ。僕は急いで扉から離れ、廊下に置かれた待機用の椅子に座った。教室から出てきた心さんは浮かない顔をしている。


 お母さんは今度は僕に目線を向けることなくつかつかと廊下を早足で歩いていく。

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