第36話 隠れている私を見つけてください
この日の放課後、東高の
朝、僕と一緒に校舎を走り回っていたときよりも良い笑顔で、恋のパワーには勝てないのかとちょっとだけ寂しい気持ちになったので、心さんと妹尾さんを残して僕は校舎内のメッセージ回収をすることにした。
おそらく妹尾さんが持ってきてくれたもので足りるはずなので回収は今日で最後。明日以降に出してしまう人が出ないように回収箱も回収だが素手では持ちきれないため生徒会室で台車を借りることにした。
「ええ、どうぞ」
生徒会室にいた冷泉さんに話すと快く貸してもらえた。今週末の文化祭に向けて生徒会の人たちも大忙しで、生徒会室は人の出入りが激しいが冷泉さんだけは一人落ち着いて大量の書類と向き合っている。人には得意分野がある。動き回るのは得意じゃないから書類の仕事を請け負っているとのこと。
「そういえば今日の朝、手を繋ぎながら校舎内を走り回る一年生の男女二人組がいたという話を小耳にはさんだのだけど心当たりはある?」
「え、い、いや知らないですね」
「……」
無言で蔑むような目線を向けられた。怖い。
「すみません、僕らです……どうして知ってるんですか?」
「生徒会役員は学校のありとあらゆる……」
「そ、それはもういいです。恐ろしいですね生徒会は」
「冗談よ。私いつも七時には学校にいて教室で勉強しているの。廊下を走り抜けるあなたたちの姿を見かけたから三年の廊下から見える範囲で観察していただけ。ずいぶんと楽しそうだったけどうまくいったの?」
「……いえ、まだです。だから閉会式は期待してください。盛り上げて見せますよ」
「……期待してる」
「冷泉さんもですよ。一緒にメダルかけましょうよ」
「……そうね。そうなるといいわね」
二日後の水曜日、一年一組の鯉のぼり改め恋のぼりは完成した。青、赤、緑の三匹にはたくさんの恋のメッセージで作られた鱗が付いていて、空に泳がせればラミネート加工のおかげで良い感じに光ったりして見えるはず。天気予報は金曜、土曜ともに晴れ。あとはそこそこの風が吹くのを祈るばかり。
明日の午後は授業が文化祭準備にあてられるのでそこで設置をすることになる。教室に置いておくと心さんが好きなおもちゃを見る子どものように動かなくなることが予想できたので、冷泉さんにお願いして生徒会室に一日保管させてもらうことにした。
明日はここのベランダの柵と武道場の外階段の柵をロープで何重にも結んでそこに恋のぼりを吊るす予定なので手間が省けてありがたい。恋のぼりはぎりぎり一匹を一人で持ち運べるくらいの大きさだが大勢の方が安定する。
クラスの男子数人と運ぼうとすると心さんが潤んだ目で名残惜しそうに見つめてきたので少しだけ罪悪感があったがこればかりは心を鬼にして無視をした。
翌日、今まで隠されていた全クラスの企画一覧が配布された。西高では伝統的に前日までクラスの企画を秘匿する風習があるらしく、僕らのクラスも恋のぼりを作るとは公表せずに恋のメッセージを集めていた。まあ準備風景である程度は察することはできるのだが。
「冷泉さんと熱田さんのクラスは劇ですか。出演するんですか?」
恋のぼりの設置のため生徒会室に入った際に冷泉さんがいたので聞いてみた。
「さすがに生徒会の仕事が忙しくて私も熱田君も裏方を少し手伝うだけ。皆頑張ってて結構クオリティの高いものになっているから期待しておきなさい」
「えっと、タイトルは恋泥棒……どんな話ですか?」
「ある日ある町に人々の恋心を盗む怪盗が現れ、その町の人は恋をできなくなってしまう。その町に住む正義感は強いが恋をしたことがない少女がその怪盗を捕まえるために立ち上がるんだけど、少女にも怪盗にも色々事情があって……っていう話」
「へえ、気になります。絶対見に行きますね」
「ええ、好きな人と一緒に見ることを推奨してるわ」
冷泉さんは珍しくにやりと笑って僕を見た。クールそうに見えて本当はこの人も文化祭を楽しみにしているのだ。
恋のぼり設置のためにベランダに出て作業を始めようとすると冷泉さんが部屋の中から声をかけてきた。
「ねえ安相君、私がメッセージを書いたのは知ってる?」
「ええ、あんな達筆で綺麗な字は冷泉姉妹しか書けませんから」
「また姉さんか。まあいいわ、それより熱田君に会うことがあったら伝えて欲しいことがあるのだけれど――」
恋のぼりの設置を終えるとクラスの皆で外に出て恋のぼりの前で写真を撮ることになった。
心さんがついつい恋のぼりに書かれたメッセージを読み、食べ始めてしまうのを増子さんが必死になだめて正面を向かせてクラスの集合写真を撮った。そこで僕らのクラスは解散となったが恋のぼりを見上げてそこから動こうとしない心さんには文化祭が終わったら好きなだけ堪能させてあげると約束して何とか移動してもらった。
「ありがとうございました。熱田さん」
「いや、お安い御用だよ写真くらい」
写真を撮ってくれたのは生徒会長の熱田さん。外で行う企画の準備の視察をしていて、僕らの様子もずっと見守ってくれていた。
「熱田さんのもちゃんと縫い付けてあります。それから冷泉さんから伝言があって……私を見つけてごらんなさい、だそうです」
熱田さんは「なるほどな」と感心しながら風になびく恋のぼりを見上げた。
「風もいい感じに吹いてる。ここから見つけるのは大変そうだな。冷泉の字ならすぐ分かるんだけど……あ、いやでもあれは違うか」
熱田さんの目線の先にあるのは青色の鯉。当然鱗に使った用紙は青と白が混ざっている紙だ。冷泉さんのメッセージは赤と白の紙だったから今見ているのはおそらく萌花さんが書いた方だろう。
「冷泉が感嘆符を使うとも思えないし、あれは萌花さんの字だ」
次に熱田さんは赤い鯉に目線を移す。その鱗の中には一枚だけ場違いな緑色が混ざっている。
「おい、あれ俺のじゃないか。色が違うのにいいのか?」
「あそこがふさわしい場所だと思ったんです。問題ないですよ」
「なんだそれ、目立つじゃないか名前まで書いたのに……」
照れ臭そうに僕に軽く抗議をした後、熱田さんは再び赤い鯉を見る。
「……ああ、そういうことか」
熱田さんが書いた緑と白のメッセージ用紙の隣に縫い付けられているのは冷泉さんが書いた赤と白のメッセージ用紙。照れていた熱田さんの顔が穏やかな表情に変わっていく。冷泉さんの気持ちは伝わったようだ。
「校章に使われている花かつみ、
「ああ、だから見つけてごらんなさいなんて言ったんですね」
「冷泉らしいな。直接言葉にせず遠回しな言い方」
「そういうところも好きなんですよね」
「……まあな」
「内気な恋、変わらぬ愛。お二人にぴったりですね。西高に入学することを運命づけられていたみたい」
「姫著莪の他の花言葉、知っていたのか」
「文化祭実行委員の最初の会議で配った資料に載っていたじゃないですか」
「そうだったな。冷泉と協力して作った甲斐があった……ありがとな、安相君」
「家のこととか難しいことは分からないですけど、その、頑張ってください」
にこやかな表情で校舎に戻ろうとする熱田さんの大きな背中に声をかけた。熱田さんは左手を挙げてそのまま歩こうとしたが何か思い立ったのか立ち止まって僕の方を振り返った。大きな声が周辺に響き渡る。
「家から追い出されたら、冷泉の家に婿入りするよ。大学の学費は萌花さんに出世払いってことで借りる」
どこまでも通じ合った二人が少し羨ましいと思った。
僕も心さんに会いたくなって教室へ急いだ。
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