第21話 女友達は楽しい

 目を覚ますと、俺は見知らぬ天井を見ていた。

 俺の家にある電気とはまた違うものだ……寝起きの頭で一瞬だけ困惑したものの、俺はすぐにここが秘桜の家であることを思い出した。


「……ん?」


 なんとなく、左腕が右腕に比べ温かく、柔らかい感触を感じたため俺はふとそっちの方を見てみると、何故か秘桜が俺の左腕を抱きしめながら眠っていた。

 何故か秘桜が俺の左腕を抱きしめながら眠っていた。

 何故か────本当に何故だ!?

 俺は思考が同じことをぐるぐると考えそうになったところをそう遮った。


「昨日は、確か俺が布団で秘桜はベッドで寝ていたはず……それがどうして、俺と秘桜が一緒に寝ているんだ?」


 一人この状況に対して疑問を呈していると、秘桜が甘い声で言った。


「神咲、くん……」


 そして、さらに俺の左腕を抱きしめる力を強める……腕を引き抜こうにも、こんなにも強く抱きしめられていたらそう簡単には引き抜けない。

 秘桜の部屋の時計を見てみると、まだ七時前……平日の七時前ならともかく、休日の七時前は比較的早い時間に当たるとは思うが、秘桜のことを起こさないことにはこの状況を打破することはできないため、俺は仕方なく秘桜の肩を揺さぶって秘桜のことを呼びかける。


「秘桜、起きてくれ」


 しばらくすると、秘桜は目を開けて言った。


「神咲くん、おはよう……早いね、まだ七時前だよ?」

「そんな中秘桜のことを起こすのは俺も申し訳なかったが、この状況の解決とこの状況の説明をして欲しくてな」

「……状況?」


 すると、秘桜は自分が俺の左腕を抱きしめていることを確認し────直後、猛烈に頬を赤く染めてすぐに俺の左腕から体を離して言った。


「ご、ご、ごめんね!昨日、そう言えば私確か全然寝付けなくて、うとうとしながらここ来ちゃったのかも!」


 急いでそう言った後、秘桜はさらに俺と顔を近づけて言う。


「ほ、本当にわざとじゃないの!勝手に神咲くんの布団に潜り込んで、神咲くんのことを抱きしめちゃったのは本当に悪かったけど、私のこと嫌いに────」

「落ち着いてくれ、俺は別に怒ってるわけじゃない」

「そ、そうなの?」

「そうだ」


 俺がそう言うと、秘桜は少し安堵したような表情になった。

 そんな秘桜に伝えるのは申し訳なかったが、それでもこれは恋愛相談を受けている身としては伝えないといけないことだと思ったため、俺は伝えるべきことを秘桜に伝える。


「ただ、やっぱり心配になるな」

「心配……?」

「秘桜は時々警戒心を知らなさすぎる時がある」

「そんなことないよ、私これでも男の子に告白されることあるけど、その人がどれだけ頭良かったり顔がカッコよかったりしても、ちゃんと人柄で見てるから」

「でも、俺に泊まるよう提案してきたり、今回は俺の布団に潜り込んできたり、やっぱりもう少し警戒心をもった方がいい」

「私、人柄で見るって言ったよ?だから、お泊まりの提案も、布団に潜り込んだりも、神咲くん以外にはしないの……今回布団に潜り込んじゃったのは半分ぐらい無意識だったけど、それでも絶対神咲くん以外に同じことはしないって断言できるよ」


 色々と秘桜のことが心配になっていた俺だったが、今の秘桜の目を見て、その言葉に嘘は無いことがわかったため、俺は安心して言う。


「そうか……朝からこんな話して悪かったな」

「ううん、私が悪いから……ねぇ、神咲くん、私神咲くんに恋愛相談を始めてから、本当に変わったよ」

「変わった……?」

「うん、前は好きな人にアプローチするのがちょっと恥ずかしいところもあったんだけど、今は……楽しいの、その人と少しずつ距離が近づいていってるみたいで」


 ────っ……?

 なんだ?この、感じは……ここは何も間を開けずに「そうか、これからも応援する」と言うべきところだ。

 それなのに……


「神咲くん?」


 危ない……俺は、この現段階では不明な感情を秘桜に隠すように言う。


「なんでもない……これからも応援してる」

「うん!」


 秘桜は、笑顔でそう返事をした。

 ……この先にあるのは、秘桜と秘桜の好きな人の交際。

 そうなったら、俺は秘桜と────


「……」


 俺は、この思考を先に進めると、今後の秘桜からの恋愛相談に支障が出ると判断し、すぐにその思考をシャットアウトした。

 だが、やはりそうすぐに感情の切り分けなんてできるはずもなく、朝食として秘桜の家で昨日俺が作ったカレーを食べている時も、俺はどこか釈然としない感情を抱いていた。

 ────そして、秘桜の家の玄関。


「秘桜、今日も昨日も楽しかった、ありがとう」

「私も楽しかったよ!」


 秘桜のその笑顔を見るだけで、俺のこの釈然としない感情は、一気にどうでもよくなる……秘桜には、それだけの魅力がある。


「神咲くん!また良かったら、私の家にお泊まりしに来ない……?」

「そうしよう」

「やった……!じゃあ神咲くん、また明日学校でね!」

「あぁ、またな」


 そして、俺は秘桜の家の玄関のドアを開け、自分の家へと帰り出した。

 秘桜の最大の笑顔を見る方法が、秘桜の好きな人との恋愛が成就することなら……それで秘桜の笑顔が見られるなら、俺は喜んで協力しよう────例えそれで、俺が苦しむことになったとしても。

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