第37話 女友達は恋人になる
しばらくして秘桜が泣き止むと、秘桜が俺のことを抱きしめたまま言った。
「私、気持ちだけ伝えて、神咲くんに好きって言われて嬉しくて泣いちゃってたけど、付き合ってって言ってなかったね……神咲くん、私と付き合ってくれる?」
「あぁ、むしろ俺のほうこそお願いしたい……今まで秘桜の気持ちにも気付かないような不甲斐ない俺だが、俺と付き合って欲しい」
「うん、じゃあ……これで友達として恋愛相談をしてた関係は終わって、私たちは恋人になったんだね」
「そうだ」
俺がそう答えると、秘桜はとても嬉しそうな笑顔を見せた。
そして、俺たちが一度互いのことを抱きしめ合うのをやめると、秘桜は言った。
「……恋人になったって言っても、物理的に何かが変わるわけじゃないから、なんだか実感しづらいね」
「そうだな」
俺がそう言うと、秘桜は俺から視線を外したり俺に視線を戻したりしながら言った。
「恋人らしいこととかしたら、実感出るかな」
「……秘桜は、どんな恋人らしいことをしたいんだ?」
俺がそう聞くと、秘桜は顔を赤くして言った。
「……キス、とか」
そして、キスという単語を出したかと思えば、今度は両手と首を同時に振って言う。
「ご、ごめん!今のちょっと忘れて!神咲くんと付き合えたのが嬉しくて、ちょっと欲が出ちゃっただけなの!私、そんなに軽くないからね!?」
そう言って、何故か慌てたように弁明する秘桜に対して俺は言う。
「恋人になったんだから何も悪いことじゃない、だから謝らないでくれ」
「う、うん」
そうは言いつつも、秘桜は完全に今自分が言ったことを気にしてしまっている様子だ。
俺からすれば本当にそんなことは謝るようなことじゃないし、むしろ嬉しい……と言えば語弊が生まれてしま────じゃない。
語弊なんてない、秘桜の恋人として、秘桜がそういったことを俺としたいと思ってくれているのは素直に嬉しい。
女友達だった時の秘桜には、俺がそういうことをしたいと思ったとしてもその感情は自分自身で完全に否定しなければならなかったが、今はもうその感情を否定する理由というものは全く無い……だから、そのことを認めよう。
そしてきっと────それを伝えていくのも大切なことだと、俺は今まで秘桜のことを傷つけてしまった経験から学んでいるため、そのことを秘桜に伝えることにした。
「秘桜……秘桜は、俺がそういうことに興味が無いと思ってるのか?」
「え?……うん、神咲くんが私のことを好きだっていうのは伝わってきたけど、そういうことは積極的にしたいとは思わないんじゃ無いかなって思ってる」
「だとしたらそれは間違いだ、俺は……秘桜とは、そういうことをしたいと思ってる」
「そ、そうなの!?」
「あぁ」
「そう、なんだ……私も、神咲くんとはそういうことをしたいって思ってるから、神咲くんもそう思ってくれてるんだって知れて、嬉しい」
秘桜は、嬉しそうに目を細めてそう言った。
……そうは言っても、今すぐにそういうことをして無理に距離を縮める必要は全くないと思っている。
だが、秘桜の言う通り何か恋人になったという実感が欲しいのは確かなため、俺は秘桜にある提案をすることにした。
「秘桜、今日から名前で呼び合わないか?」
「な、名前!?」
「あぁ、恋人になったからっていきなり恋人らしいことをして無理に距離を縮めないといけないとは思わないが、名前で呼び合うっていうのはより関係が進んだとお互いに感じられて良いと思う」
「……うん、わかったよ、神咲くんに名前を呼ばれるって思うとちょっと照れちゃいそうだけど、私も神咲くんのこと、名前で呼びたい」
そして、俺たちは互いの目を見つめ合い、十秒ほど見つめ合うと、俺から秘桜の名前を呼んだ。
「……真琴」
「っ……!……か、架くん」
真琴はとても照れているようなだったが、それと同時に嬉しそうな表情もしていた。
……きっと、俺も似たような表情をしているんだろうな。
「名前で呼び合うって、いいね……本当に、もっと近くなった感じがするよ」
「そうだな」
「……架くん、今日一緒に寝たい」
「俺もだ、真琴」
「ふふ、じゃあ……一緒に寝よ?」
小さく笑った真琴は部屋の電気を消すと、俺と真琴の二人は一緒に真琴のベッドで横になって眠った。
真琴は今日から俺の女友達じゃない────俺の恋人だ。
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