第12話 女友達は安堵する

「秘桜……!?」


 秘桜に抱きしめられた俺は、驚きを込めた声音で秘桜の名前を呼んだ。

 この部屋に来たら何かが起きるだろうという直感はあったが、少なくとも秘桜に抱きしめられるなんていうことは全く考えていなかった。

 そのため、俺の体は硬直してしまい、秘桜のことを俺から離すことも、当然だが秘桜のことを抱きしめ返すなんていうこともしなかった。


「神咲くん、私……やっぱり神咲くんで良かったよ」


 ……俺で良かった?何の話だ?

 この予想外の状況下で、頭をフル回転させた結果、今秘桜の言った俺で良かったというのは、おそらく恋愛相談する相手が俺で良かったという意味だと推測することができた。

 それでどうして抱きしめられているのかは不明だが、今秘桜の言った言葉に対して俺は返答する。


「それは良かった、今後も相談があったら何でも相談してくれ」

「相談……ねぇ、神咲くんは今どう感じてるの?」

「どう……感じてる?」

「うん、私に抱きしめられて、どう感じてる?……やっぱり、友達に抱きしめられてるだけじゃ何も感じない?」


 女友達である秘桜に抱きしめられ、今俺がどう感じているのか。

 女友達というものは異性として見るべきではなく、少し前までなら秘桜に同じことをされたとしても今ほど感情が揺さぶられることもなかっただろう。

 だが、最近は少し前と比べてさらに深く秘桜と接している……そして、その過程で秘桜の魅力も少しずつ見えてきている。

 女友達に対してこんなことを感じてはいけないことはわかっているが、それでも────


「正直言って、いくら友達だからって秘桜みたいに見た目も性格も良いやつに抱きしめられると、さっきから心臓の鼓動がうるさくなってる」

「……え?そう、なの?」


 秘桜は俺のことを抱きしめながら、見上げるようにして俺の目を見た。

 俺はその目から視線を逸らして短く返す。


「……あぁ」

「それは、一応私に異性としての魅力があるってこと?」

「無いわけないだろ?だから正直なところ、俺に色々と相談しなくても秘桜が直接的にその好きな人にアプローチを仕掛ければ良いと思ってる」

「っ……!そうだったんだ……良かった」


 秘桜は安堵した声を漏らすと、俺の体に顔を埋めた。

 そして、その状態で続ける。


「じゃあ、これからは私、その人に全力でアプローチするから、もし私がその人の気持ちとかをわからなくなった時はまた相談するから、その時は教えてね」

「当然だ」


 俺がそう答えると、秘桜は小さく笑い、俺のことを抱きしめるのをやめた。

 すると、秘桜は何故か少しの間沈黙しながらベッドを見ていた。

 何か気になることでもあるのかと思った俺は、秘桜に声をかける。


「秘桜?」

「えっ!?な、な、何!?何も変なこと考えてないよ!?」

「俺はそんなこと聞いてない」

「そ、そうだよね、ごめんね変なこと言って」


 秘桜は、何かを取り払うように首を振った。

 そして、秘桜の料理を食べさせてもらうという目的は達成したため、今日は帰らせてもらうこととなり、その玄関。


「神咲くん、また明日学校でね」

「そうだな、また学校で」


 そう言って、俺は玄関のドアを開けると、秘桜の家を後にした。

 ……今日の秘桜は色々とわからない点が多かったような気もするが、今日で俺と秘桜の関係は、また一段と深いものになったことは間違いない。

 そのことを、心のどこかで嬉しいと感じながら、俺は家へと帰った。


「……頑張った〜!緊張したぁ、でも、抱きしめた、抱きしめたよ私……!神咲くんの体、当たり前だけど私より大きかったなぁ、いつか神咲くんにも私のことを抱きしめてもらいたいな……ううん、いつかじゃないよ!明日からは、神咲くんが言ってた通り私がたくさん神咲くんにアプローチする!頑張って、私……!」

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