1-4 交渉の結果
突然チャイムが鳴ったので、肩を震わせてしまう。初めて聞いたが、壊れかけている。だがこのボロさでちゃんと稼働したので、良しとした。
玄関の扉を開ける。鍵穴は、いつの間にか茶寓さんが直してくれていた。だが、相変わらずギシギシ軋むので、気をつけないといけない。
「おはようございます! えーっと、末成 千道サン……ですね!」と言って扉の前に立っていたのは、美少女だった。短めな蜜柑色の髪に、パッチリ二重な緑色の瞳をしている。ソフィスタの制服である、灰色のブレザーを着ている。
この世界に来て、初めて女の子と出会った。思わず見入ってしまい、彼女が手をひらひらと振ったことで、我に返る。
「寝不足でしたか?」
「い、いえ! えっと、俺が末成 千道です」
「わぁわぁ〜! お会いできて嬉しいです~!」と言った彼女は、両手の指をお互いに絡ませ、左右に振りながら喜ぶ。
俺は不登校にもなったが、小学校と中学校はちゃんと卒業している。高校も、三年まではいた。つまり、十二個のクラスを渡り歩いた経験がある。
この子の言動は、今までのクラスメートが霞んでしまうほど、可憐で庇護力が出て来るような煌めきを持っている。猫とか兎とかに抱く愛情が、すぐに芽生えて来る。
「はじめまして! 私はエレガンティーナイツに所属している、
律儀に頭を下げ、花咲く笑顔を見せられる。ほころびながら、「こちらこそ、よろしくお願いします」と答えた。とてつもなく可愛い美少女が、とんでもない鍵を握っている存在だとは、この時は考えもしなかった。
それにしても、女性と話したのはいつ振りだろうか。世間一般的に言うと、一番近い存在になるであろう、母と妹ですら何年も話してない。彼女は両手を口元に持って来て、上品に笑っている。
「千道サンよりも年下なので、敬語じゃない方が嬉しいです」
「あ、そうなの? いくつ?」
「十五歳です。本日は凱嵐サンのお願いで、ここまで来ました!」
餅歌はさっき、「エレガンティーナイツ所属」と言っていた。そして、この内容。つまり、茶寓さんは交渉を成功させたのだろう。四日も待たされた俺と勇者さんは、ようやく安心した。
「それでは、お邪魔します!」と言った彼女は、扉にお辞儀をしてから中へ入る。女の子を家に招き入れるなんて、人生で初めてである。勘違いしないで欲しいが、無粋な心なんざ一切無い。何度も言うが、彼女に抱く「可愛い」は、猫とか兎と同じなのだ。
『千道』と、突然望遠鏡から声が聞こえた。急に話しかけられたので、少し驚いてしまった。先に歩いて行く餅歌には聞こえていないと思うが、一応コソコソと小さく囁く。
「どうしましたか?」
『あの子の名前は?』
「柑子 餅歌ちゃんって、言ってましたけど」
『……そうですか』と言ったきり、勇者さんは黙ってしまった。彼は、テレスコメモリーを通して景色を見る。彼女の姿も見たと思うが、何か気になることがあったのだろうか。疑問に思いながらリビングへ走ると、彼女は部屋を見渡していた。
「簡素な部屋ですね! これから家具を置くのですか?」
「まぁ、うん」と、曖昧に返事をした。どんなモノが来るか、楽しみだと言われた。
最初に来た時は、穴ボコだらけで雨漏りも酷く、とんでもない悪臭と埃だった。加えて、大量のゴキブリとドブネズミが蔓延っており、ほとんどの家具を捨ててしまったっていう話は、しないでおいた。
「うふふっ! 私、凄い方と出会えちゃった! 千道サンって、世界で唯一の存在じゃないですか。お互いに凄い強運を持ってないと、お友達になれませんでしたよ!」
「と、友達?!!?」
自身の柔らかい頬に両手を付けながら、身体を左右に動かして喜んでいる餅歌の言葉を、思わずオウム返しする。俺がこの世界の人ではないことを、話している。斜め上な褒め方をしてくれる彼女に、口を開いて驚く。
「あ、初対面なのに、急にお友達になるのは失礼ですよね……」と、落ち込んでしまった彼女に、慌てて弁解する。
「違うよ餅歌、凄い嬉しい!!」と、全力で謝って訂正した。俺は、この場で飛び上がるほどに歓喜に満ちている。
「ありがとう、餅歌。俺と友達になってくれて」
そう言って右手を差し出すと、餅歌は両手で包み込むように応答して微笑んだ。これから先、俺はこの笑顔を忘れることはない。
部屋を一通り見終わった彼女を、ソファーに座らせる。背筋を伸ばして、脚を閉じている彼女は「ふむふむ、ふかふか」と言いながら、手でソファーを優しく押している。
「餅歌は、ワープポイントでここまで来たの?」
「いえいえ。あれは一つの正団員証明書につき、お一人しか認めないのです。なので、頑張って飛んできました!」
「えぇっ、ゴリ押しじゃないか!? 魔力は大丈夫なの?」
「布団サンと一緒なので!」
彼女が玄関に来たときは、それらしきモノを抱えてはいなかった。というか、今もどこにも見当たらない。不思議に思い、周りをきょろきょろと見渡す。戸惑う俺を見た彼女は、また口元に手を当てて微笑んだ。
「うふふ。布団サンは人じゃなくて、私の箒ですよ」と言った彼女は、窓の外を指さす。首を動かして見た俺は、本気でひっくり返り、ソファーから落ちた。驚いた彼女が心配してくれた。俺は起き上がってもなお、そのまま外を凝視する。
そこには、窯がいる。全体的に白色で、蜜柑色の模様が浮き出ている。描かれているのは、花とか
「あ、あれが……餅歌の、箒?」
「そうです。私、皆サンが乗っているような箒を、しょっちゅう破壊しちゃうんです。なので、布団サンを箒にしたんです!」と、一瞬だけ物騒なワードが出て来た気がする。けれど俺は、気のせいだということにしたのだ。
本当は、茶寓さんがジェット機を用意したらしい。けれど、デザインが気に入らなかった団長が、破壊してしまったと話される。総団長に知られたら、拗ねてしまうどころではないだろう。
現在、朝の八時を回った。腹の虫が鳴り響くのは、健康である証拠だろう。餅歌にも聞こえたのか、俺の腹を見てニコニコする。少し恥じていると、彼女は空中からサンドイッチを出し始める。どうやら、ここに来る前に作って来たようだ。
卵、ベーコン、レタスとトマト、ツナ、チーズ、ラズベリージャム。たくさんの種類がある。パンには花柄の焼き跡があって、おしゃれだ。手を合わせて、食べ始める。
大食堂の料理も、サバイバルクッキングも、美味しく食べている。ここの世界の料理は、何だって食べれる気がしている。それにも関わらず、手料理と言う事実が、俺を幸せにしてくれる。
朝一からこんなに美味しい物を食べれるだなんて、贅沢だろう。地球にいた時は毎日インスタント生活だったので、手作りの偉大さを嚙みしめている。
「そうだ、千道サンに渡したいモノがあるんです〜! どうぞ、お受け取りください!」と言った餅歌は、分厚い本を空中から出現させた。俺の膝の上に乗せられたそれは、ズッシリとしている辞書のようだ。
『世界の地形』と書かれている。ペラペラと捲ってみた。そこにはユーサネイコーに存在する、すべての国の情報が載っている。面積や人口、平均気温などの基礎情報から、写真付きで文化や有名な観光地まで掲載されている。もちろん、ゼントム国も掲載されている。
「千道サンは、これからたくさんの国を歩くと、茶寓サンからお聞きしました。だから、ぜひ使って欲しいです。ユーサネイコーを、いっぱい知って欲しいです!」
「ありがとう、餅歌。表紙が剝がれ落ちるくらいに酷使するよ」とお互いに笑顔を見せた。傷一つ無いので、完全な新品だろう。俺のために、わざわざ買って来てくれた。リュックに入れて歩き回れば、そのうち重さにも慣れるだろう。
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