1-3 地球への帰り方

 四月四日


 ゼントム国の依頼数は、元々少ない。引き受けるのが俺しかいなくとも、一日で終わるのが大半である。日に日に困りごとも少なくなったようで、今日は一件も届いていない。

 暇を持て余した俺は、朝食も食べずにベッドから頭だけを落とし、脱力している。 この国は南半球側で、高緯度だ。つまり、年中通して涼しい島国で寒いので、布団にくるまう毎日である。勇者さんに涎が出ていると指摘されたが、拭う気力すらも無かった。


 その理由は、たった一つ。俺はこの島国から、出れないからだ。


 国際世界組織の人たちは、ワープポイントという転送装置を使って、各国へ飛び回る。もちろん、一般人は使えない。星型である岩の台座に、正団員証明書をかざすと登録される。世界中――国ごとに数は異なる――にある。茶寓さん曰く、これは魔力を使わないので、『瞬間移動魔法』よりも楽である。しかし、最初は自力で行かなければいけないのが、一番困難である。

 俺は練習がてらとして、ゼントム国にある四つのワープポイント――DVC、モセント駐車場、マキミム博物館、ルージャ山――には登録した。再度台座に置くと、場所が一覧となって、浮かび上がった。目的地を選択すると、滞りなく移動ができた。

 この国の中で唯一の交通機関である、タクシーを使う手も考えた。しかし、元々隣国が無いくらいに距離がある故に、料金が高すぎるのは明白だったので断念した。ため息をつくと、望遠鏡が揺れた。


『まぁ、こうなる覚悟で問い合わせをしたんでしょう? 茶寓から聞いた各団の話、どうでした?』


「どこもかしこも、とんでもない団だと思いました」と、正直に話す。頭を上げ、テーブルの上に飾ってある写真を呆然と眺める。英雄さんと勇者さんが、満開の笑顔を向けている。

 良い表情をしていると話すと、十五年も前だから、面影も残ってないと言われた。どうやら、勇者さんは食事も排便もしてないけれど、歳は取っているようだ。彼がこんな状態になったのは、ナイトメアのせいである。しかし、俺は気になっている。どうして奴は彼をに、のだろうか。


『千道』という勇者さんの声により、現実に引き戻された。


 上擦った声を出しながら、ベッドから落下した。床にぶつけた後頭部を擦りながら、テーブルの上に置いてあるテレスコメモリーを見る。


『おれたちに、真摯に向き合ってくれるのは嬉しい。でも千道は、この惑星の人じゃない。いつかは……帰ることになるんだろう。だけど君は、一度も「帰りたい」とは言ってませんね』


 地球出身である俺は、英雄さんが書いた手紙を拾った。そこには、一度きりの『転移魔法』が施されていた。故に、この地獄へ降り立った。もう二度と帰れない覚悟は、とっくに決めている。

 とはいえ、確かに誤解を招くような部分もある。正直に言うと、地球には帰っても良いと考えている。俺が行きたくないのは、実家そのものだ。あの惑星は好きだけど、家が嫌いと話す。


『そうなんですね。茶寓を待っている暇つぶしに、君が帰れる方法を考えていたんですよ』


 なんと、二つも思いついたようだ。しかし、どちらも可能性がとんでもなく低いと、否定気味である。

 一つ目は、英雄に頼む。俺をここまで連れて来た、張本人である。余裕であると、勇者さんは言い切る。銀河をブチ抜いたとはいえ、笑いながら成し遂げるようだ。


「勇者さんって、英雄さんに絶大な信頼を置いてますね」


『えぇ、もちろんですよ。とても尊敬しています』と言った片割れの語りは、凄まじかった。英雄さんは毎日笑顔なので、周りも自然と感染する。負けると分かっていても、強敵に立ち向かう度胸がある。入学初日に強盗を発見し、即座に駆け付けては説得させた。

 そんな行動力の塊だった彼女は、ナイトメアを封印した。そして、武器の中に閉じ込められた勇者さんの目の前で、力尽きてしまった。


『もしも彼女が生きていたら、千道を巻き込まなくて済んだのに』と言った彼の声は、少しだけ震えている。罪悪感が芽生えているのだろうか。そっと持ち上げて、話しかける。


「俺は地球にいたら、辛い経験しかしてないと思います。この世界に来て、貴方たちと出会えて良かった。場違いにも、喜んでいるんです。だからこそ、真相を知りたい。団長たちの秘密と、ナイトメアを倒し方を」


 それこそが、俺が望んでいることである。地球に帰るのは、その後で良い。今は、この杖の中で縮こまっている彼を支えて、八人の逸材の元へ向かわなければ。

 自力で見つけに行くのは、酷な道だろう。それでも、突き進まなければいけない。

 勇者さんからしたら、今の俺がどのように映っているのだろうか。まだまだ、理想が高いだけで頼りない少年にしか見えていないだろう。必ず英雄さんのように、どんな宝石よりも輝く心星になることを、ここにて誓う。


 話が逸れたが、二つ目の方法を聞く。こっちの方が、不可能に近いらしい。文字通り、銀河を渡るという手段だ。地球とユーサネイコーは、同じ惑星である。銀河のどこかに、両者とも存在しているのが前提だ。


を手に入れるのが、一番ですね。ターミナーの個数で表す、不可思議(十の六十四乗)くらいでしょうか』


 ユーサネイコーで生活する人たちは、ターミナーという魔道具を、色んな場面で使う。手のひらサイズの、星の形をした硝子制の小瓶らしい。その中に、魔力を保存することができる。満タンになったら、魔力が光り輝く仕様となっている。

 血肉は混ざってないので、誰かに譲渡するのも可能だ。俺の場合、いつでもテレスコメモリーに魔力を吸収させれる。

 つまり、瞬時に『決意』のソウルを発揮できる。レットゥギャザーという、危険な店にも売っているだろう。


 とはいえ、浜辺の砂粒よりも多い数を集めるとすれば、先に寿命が尽きるだろう。ここまで考えた俺は、ある疑問が生まれた。


「ブレイズバーストみたいな、莫大な魔力は……どうやってかき集めているんですかね?」


 それは、国一つを滅ぼせることが可能な、禁止魔道具である。先月は、ヤジカ国という場所が、跡形もなく消え去った。所持しているのは、国際世界政府である。


『おそらくですが、【秘境地帯】から摂取しているんでしょう。危険地帯とは違い、自然的な魔力に溢れ返っている、素晴らしい地域のことですよ』


 いわば、眠れる財宝がある神秘そのもの。きっとそれは、呼吸を忘れるほどに圧巻されるだろう。しかし秘境ということは、見つけ出すことにすら苦労するだろう。

 加えて現在は『精神災害警報』が発生するくらい、シニミが大量発生している。あの怪物たちは、魔力を蓄えようとする。つまり、巣食っている可能性が高い。

 死よりも生きる方が数倍も難しいと言うが、それは的を得ていると思う。地球にいた時ですら、そう思っていた。この地獄は本当に酷いモノだ。全ての希望を、絶望に染め上げられる。


『まぁ、ターミナーに関しては秘境そこだけが望み、と言う訳ではねぇです。打って付けなのは、シニミでしょう』


 予想の斜め上過ぎる方法に、思わず素っ頓狂な声を出してしまう。人様に迷惑しかかけない、ナイトメアの無数分身共。アイツらは、生物の血肉と魂を取り込んでいく。テレスコメモリーは、その残滓ざんしから魔力を吸収する。


『ほんの一部だけ部品が戻ったからなのか、吸い取る魔力量も増えたようです。それに、この中にいるおれも手伝いますし』


 入団試験の最終項目で、俺はこの国にあるルージャ山という場所に行った。話せば長くなるから一言で片づける。「激戦だった」と。

 その時、最期に正気を取り戻して魂が解放されたシニミから、テレスコメモリーの一部品をもらった。それでも、大欠損していることには変わりないので、本来の力を発揮させるのは、まだまだ先の未来になりそうだ。


 だが、全ての部品を集め終わったあかつきには、勇者さんが脱出できる。他の部品も、只者じゃないシニミが持っている可能性が高い。

 十二年前は、英雄さんから奪えなかったのだろう。だからナイトメアは、今もこの杖を欲しがっている。それなら、逆に利用してやろう。奴らからありったけの魔力を吸収し、ターミナーを集める。


「でも、不可思議までいけるとは思えません」


 とはいえ、浜辺の砂粒よりも多い数を集めるとすれば、先に寿命が尽きるだろう。加えて、他にも問題があるようだ。地球がすでに消滅していたり、俺自身が燃え焦げて死ぬ可能性だってある。


『摩擦に関しては、ウェアエバーワンダー砲という、古代の魔道具で解決しますよ。『摩擦防止魔法』が施されるのです。まぁ、それ自体はブッ壊れちまったという話しですが』


 この台詞を聞いて、俺はユーサネイコー永住生活を決心した。

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