第一部 末成 千道 ―常識が無い青春―
1-? あの日の不思議な出来事
今日は記念すべき入学式があるのだが、予報が外れたのだ。雨だと言っていたのに、右から左まで晴れ渡っている。おれは雨男寄りだけど、彼女の晴れ女パワーが勝ったに違いない。
通学路である商店街の一角を歩きながら、同じクラスになることを願う。これから起こる学校生活を話し合っていくのが、おれたちの日常となるのだろう。
君は今日もニコニコしていて、どこか楽しそう。そう言っているおれも、つられて自然と笑顔になるのは必然なのだ。
しかし突然、彼女はどこかへ走り出す。反応が一手遅れたおれは、完全に置き去りにされた。
「ごめん、先に行ってて!」という彼女の声によって、意識が引き戻される。慌てて追いかけるが、実に情けない。走る速度は、彼女の方が上回っている。加えて、ここの商店街は入り組んでいるので、一瞬で君を見失ってしまった。
このまま学校に行くよりも、彼女と入学初日から遅刻した方が、幾分も気分が楽になる。そう理解していたので、おれは辺りをうろついてみたのだ。
直感とやらを信じてみたが、一向に見つかる気配は無い。諦めが速いと言われがちなおれは、早々に来た道を戻ろうと
「離せクソガキ!!」と、後ろから怒鳴り声が確かに聞こえた。野太い声に混じり、彼女の声も耳に入って来た。反射的に振り返ったおれは、また走り出して君の言いつけを破ってしまう。
ようやく見つけた彼女は、大男にしがみついては振り回されている。中身がブチ撒けられている大きなカバンと、ミラーの破片が飛び散った大型のバイクが、道路に転がっている。
カバンの中からは、誰でも一目で分かるほどの高級ネックレスが出ている。日光を反射しているので、本物のダイアモンドでも使っているのだろう。まだタグがまだついているが、領収書は見当たらない。
察するに、大男は強盗をしたのだろう。彼女はそれにいち早く気づき、一目散に駆けて行ったらしい。おれは全く見えていなかったので、相変わらず彼女の敏感さには驚かされる。
「テメー、ヒーローぶってんじゃねぇぞ!!」と怒鳴った強盗は、無理やり彼女を引き剝がしてコンクリートに叩きつける。おれは思わず、千切れるほどに腕を伸ばしたが、先に君が立ち上がった。
鼻だけではなく、額からも血が出ている。そんなのを気にしないと言わんばかりに、彼女は叫びながら強盗に突進する。大男にしがみつくが、またすぐに投げ飛ばされた。
「テメー、魔法が使えねぇのか? 体格差で、俺に勝てる訳がねーだろうが!!」
「そんな訳あるか! 今日は入学式なんだよ。初日から問題を起こしたら、即刻退学になる!」
おれとの思い出が無くなると叫んだ彼女は、ガードレールにブッ飛ばされる。それでも立ち上がり、ヨロヨロしながら強盗の服を掴む。二人を囲むようにして、野次馬が増えてきている。
「そんなに入学式が大事なら、俺なんか見て見ぬふりをすれば良いだろうが!」と、大男は怒鳴る。けれど、もう投げ飛ばそうとしなかった。顔を上げた彼女の瞳を見て、硬直したのだから。
「それはダメだ。誰かが言って、悪事を止めないと。黙って写真を撮って、どこかに晒すことよりも、大事だと信じている」そう言った君は、すでに強盗を見ていなかった。二人を遠巻きに見ている、人々へ顔を向けている。
奴らは荷物から隠し撮りをしていたらしく、指摘された瞬間に肩を震わせ、さっさとスマホをしまう。
「お前の魂に潜む悪が広まると、歯止めがかからなくなる。これからも、強盗を繰り返すだろう。だから、見つけた人が止めないといけない。何度でも言うぞ。その商品を返しに行け。そして『もう二度とやりませんごめんなさい』って、店員さんに謝るんだ」
彼女は店の方向を指して、大男を諭し続ける。やがて強盗は俯いて、カバンにネックレスを突っ込み始める。乗り物は無くなったので、走って戻しに行く。
言う通りにするのだと、誰もが理解した。周りの人たちは『興醒めだ』とでも言うように、さっさと現場から散っていく。
座って一息ついた君に近づくと、すぐに笑顔を返してくれた。顔だけでも、酷い怪我をしている。鼻血は止まらないし、こめかみから血が溢れ続けている。普通に止血したとしても、すぐに塞がらない事は明白だ。だが、彼女は『回復魔法』を使えるので、怪我は一瞬で完治した。
「どう、元通りでしょ?」
「髪の毛と制服が、ボロボロのままです」
「あぁ、本当だ! 気合を入れて来たのに!」と言った君は、とても落ちこんでしまった。今日は生徒手帳の写真を撮るのだが、台無しになるに違いない。幸いなのは、早く出たから遅刻はしない、という点だろうか。
「煩わしい騒ぎだったわね」
散らかった荷物を一緒にまとめていると、綺麗な人がこちらへ歩いてきた。その女性はおれより背が高く、同じ制服を着ている。麗しい髪の毛をなびかせ、白いヒールを鳴らして立ち止まった。
「アタシの同学年が、こんな
「どうして、一瞬でそんな美しい姿に?」
「櫛とゴムを出してくれた!」と、君は説明してくれた。頭の上に出て来た櫛が髪の毛を解かし、新しいゴムで結び直してくれたそうだ。
他にも、粘着クリーナーやら香水やら出て来て、彼女の制服を整えたらしい。悔しいことに、おれは何一つとして見えていなかった。
彼女は目を輝かせて、「ねぇ君、何の魔法を使ったの!?」と美人さんに言い寄る。背が高い女性は「当てて御覧なさい」と、微笑した。君が知らない魔法だなんて、『特有魔法』としか考えられない。
「時間が来ちゃうから、歩きながら考える!」と言った彼女は、立ち上がって通学路を歩き出す。美人さんは目を細めて微笑み、おれにこっそり耳打ちをする。
「どうやったら、あんな真っ直ぐ育つのかしらね」
「彼女には、仁義の精神が宿っています」とおれが言ったら、女性は首を傾げた。
悪を断絶する原動力。強敵が立ちはだかって、負けると直感した瞬間。身体を奥底から奮い立たせてくれる存在だと、彼女はよく話してくれる。
恥ずかしながら、彼女と長い時間一緒にいる筈のおれですら、未だに理解出来てない。君はいつも、何を見ているのだろうか。
「おーい、おーい!!」と、話題になった存在が、右腕を振りながら戻って来る。息を整えてから顔を上げる彼女の額には、少しだけ汗が出ている。ずいぶんと距離が空いていたようだ。
「ねぇ、君」と、彼女は美人さんに話しかける。「同学年ってことは、同じクラスになる可能性があるってこと! だから、君の名前を教えて! 名簿ですぐに見つける!!」
「良いけれど、アンタたちも教えなさいよ」と言った美人さんは、紙に名前を書いて彼女に手渡す。お礼を言った彼女は、まじまじと女性を見つめ始める。
「ところで君、とても綺麗だね。もしかして、モデルさんなの?」
「あら、意外と目利きにかなっているわね。でも、まだまだなの。モノクロですら、完璧に飾れない。だから、絶対。アタシの特集が作られる、そんなビッグになってみせるわ」
「分かった、応援するっ!」と言った君は、紙を見始める。それから、眉間に皺を寄せて読み方を考え始めた。そんな姿を見た美人さんは、またほくそ微笑んで名乗る。
「
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