第一部 末成 千道 ―常識が無い青春―

1-? いつの日かの『不思議な出来事』

 今日は記念すべき入学式があるのだが、予報が外れたのだ。雨だと言っていたのに、右から左まで晴れ渡っている。おれは雨男寄りだけど、彼女の晴れ女パワーが勝ったに違いない。



「君と同じクラスになると良いなぁ」

「おれもそう思っています」



 通学路である商店街の一角を歩きながら、これから起こる学校生活を話し合っていくのが、おれ達の日常となるのだろう。

 彼女は今日もニコニコしていて、どこか楽しそう。そう言っているおれも、つられて自然と笑顔になるのは必然なのだ。



「!!」



 しかし突然、彼女は反応が一手遅れたおれを置き去りにし、どこかへ走り出す。



「ごめん、先に行ってて!」

「え? ……ちょっ、ま、待って!!」



 走りながらそう言った彼女の声によって、意識が引き戻される。慌てて追いかけるが実に情けない、走る速度は彼女の方が上なのだ。加えて、ここの商店街は入り組んでいるので、一瞬で彼女を見失ってしまった。


 しかし、このまま学校に行くよりも彼女と入学初日から遅刻した方が、幾分も気分が楽になると分かっていたので、辺りをうろついてみたのだ。



「はぁ……はぁ……ど、どこに……」



 直感とやらを信じてみたが、一向に見つからない。諦めが速い方であるおれは、彼女の言う通りにしようと、来た道を戻ろうとかかとを返す。



「離せクソガキ!!」

「嫌だね! 絶ッッッ対に離さない!!」

「テメェーー! マジで殺っっちまうぞーーー!!」

「やってみろ! このヒトデナシがぁーーーーっっ!!!」



 トボトボ歩いていると、後ろから怒鳴り声の合戦が、小さくとも確かに聞こえた。それは聞いた事ない声と、彼女の声だと理解した。


 結局、また走り出して彼女の言いつけを破ってしまう。



「はぁ、はぁ……あっ……!」



 漸く見つけた彼女は、大男にしがみついては振り回されている。道路には乱暴に開けられて中身がブチ撒けられているカバンと、横転した衝撃でミラーの破片が飛び散ったらしい、大型のバイクが転がっている。



「おい、お前! 商品を戻しに行け!!」

「あぁ!? バイクを破壊した分際で、何言ってんだコラ!」

「私は追いかけただけであって、ビックリして自ら横転したじゃないか!」



 カバンの傍には、誰でも一目で分かるほどの高級ネックレスが転がっている。日光を反射しているので、本物のダイアモンドでも使っているのだろう。まだタグがまだついているが、領収書は見当たらない。


 察するに、大男はをしたようだ。彼女はそれにいち早く気づき、一目散に駆けて行ったらしい。おれは全く見えていなかったので、相変わらず彼女の敏感さには驚かされる。



「テメー、ヒーローぶってんじゃねぇぞ!!」

「うぎゃっ!!」

「■■■■ッッ!!!」



 強盗は彼女を引き剝がし、コンクリートに叩きつける。思わず叫びながら腕が千切れるほどに伸ばしたが、彼女が自力で立ち上がる方が速かった。



「額から血がッ、あぁ、鼻血も出ているっ」

「大丈夫! うおおおおおおおーーーーーーっっっ!!!!」

「うぐぅッ!? しつけぇぞ、このクソガキ!!」

「うがぁ!! ……まだまだぁ~~~!!」



 強盗が引き剝がしては投げ飛ばすが、彼女は絶対に立ち上がってはその巨漢にしがみつく。

 しかし防戦一方という訳ではない。血を流し続ける彼女が攻撃をしないので、強盗は無傷だ。



「テメー、魔法が使えねぇのか? 体格差で俺に勝てる訳がねーだろうがッッ!!」

「そんな訳あるか! 今日は入学式なんだよっ、初日から問題を起こしたら退になるかもしれないだろ!?」



 入学式が出来なかったら、おれとの思い出が無くなると叫んだ彼女は、ガードレールにブッ飛ばされる。それでも立ち上がり、ヨロヨロしながらも強盗にしがみつく。



「そんなに入学式が大事なら、俺の事なんか見て見ぬふりをすれば良いだろうがァ!?」

「それはダメだ。誰かが言わないと、止めないといけない」

「何言ってやがる?」

「黙って写真を撮ってSNSに上げて晒して、何が楽しい?」



 そう言った彼女の視線は、既に強盗ではなかった。二人を遠巻きに見ている人へ向いている。奴らは荷物から隠し撮りをしていたらしく、肩を震わせスマホをしまう。



「お前の魂に潜む『悪』が広まると歯止めが掛からなくなって、これからも強盗を繰り返すだろう。だから、見つけた人が止めないといけないんだ」

「…………」

「何度でも言うぞ。その商品を返しに行け。そして『もう二度とやりませんごめんなさい』って、店員さんに謝るんだ」



 彼女は店の方向を指して、諭していく。強盗は肩を震わせ、カバンにネックレスを突っ込んでその方角へ走り出す。言う通りにするのだろう。周りの人達は興醒めだとでも言う様に散って行くが、おれは彼女へ歩み寄る。



「いったぁ~~~……今日って生徒手帳の写真を撮るよね~……あーでも、早く出たから時間は間に合いそうだよ!」

「そう、ですか」



 そう言って笑いかける彼女は、顔だけでも酷い怪我をしている。鼻血は止まらないし、蟀谷こめかみから血が溢れ出ている。普通に止血したとしても、すぐに塞がらない事は明白だ。


 しかし、彼女は回復魔法を使えるので、怪我はすぐに引っ込んでいく。



「どう、元通りでしょ?」

「そうですね。でも、髪の毛と制服がボロボロです」

「あぁ~~~本当だぁ……気合を入れて来たのに」

「煩わしい騒ぎだったわね」



 身支度を整えた方が良いと話す前に、綺麗な人がこちらへ歩いて来る。女性だけど俺より背が高いが、同じ制服を着ている。



「アタシの同学年が、こんなすぼらしいのは頂けないわね」

「……何ですか、急に……」

「わぁ、ありがとう!」

「え?」



 いきなり喧嘩腰っぽく話されたので、思わず睨みつけてしまう。だが突然お礼を言った彼女を見ると、髪型も制服も整っている。もっと言えば、強盗に会う前よりも綺麗になっているのだ。



「ど、どうして一瞬でそんな姿に……」

「え、じゃん?」

「あら……見えてたの? 驚いたわ」



 彼女が言うには、頭の上に出て来た櫛が髪の毛を解かし、新しいゴムで結び直してくれたそうだ。

 他にも粘着クリーナーやら香水やら出て来て、彼女の制服を整えたらしいが、おれは何一つとして見えていなかった。



「ねぇ君、一体何の魔法を使ったの!?」

「ふふ……当てて御覧なさい」



 この言い方からするに、美人さんは『ソウル』を使ったようだ。彼女は暫くうんうん悩んでいたが、急に顔を上げる。



「時間が来ちゃう! 歩きながら考える!」



 そう言った彼女は、通学路を歩き出す。美人さんは目を細めて微笑み、おれに耳打ちをする。



「どうやったら、あんな真っ直ぐ育つのかしらね」

「彼女には『仁義』の精神が宿っています」

「何それ?」



 悪を断絶する原動力であり、これがあればどんな強敵でも、負けると直感していても、身体を奥底から奮い立たせてくれると、彼女はよく話す。


 美人さんは首を傾げるだけなので、理解していないだろう。恥ずかしながら、彼女と長い時間一緒にいる筈のおれですら、未だに理解出来てないのだ。



「おーい、おーい!!」



 彼女が右腕を振りながら、美人さんの所まで戻って来る。息を整えて顔を上げる彼女の額には、少しだけ汗が出ている。随分距離が空いていたようだ。



「ねぇ、君。同学年って事は、同じクラスになる可能性があるって事だよね?」

「そうかもしれないわね」

「じゃあ、君の名前を教えて! 名簿ですぐに見つけるから!!」

「良いけれど、アンタ達も教えなさいよ」



 そう言った美人さんは紙に自分の名前を書き、彼女に手渡す。それをまじまじと見て、彼女は再び美人さんと目を合わせる。



「ところで君、とても綺麗。モデルさんなの?」

「あら、良い目をしているわね。そうよ」

「やっぱり!」

「でも、まだまだよ。モノクロですら、完璧に飾れない。だけどいつか絶対に、アタシの特集が作られるくらいのビッグになってみせるわ」

「分かった、応援するっ!

 ……えーっと、しろ……しら? が、が……う~ん??」



 彼女は、眉間に皺を寄せて読み方を考え始める。


 そんな姿を見た美人さんは、またほくそ微笑んで名乗る。





しらつる がいらん。世界を魅了する、トップモデルになる女よ」







        魂たちの放浪旅


          Part 1


       いろどり日常

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