1-0 国際世界長会議

 四月三日


 毎月三日には、国際世界長会議が開かれる。政府、医療機関、警察署、研究所、調査団。この五つからなる、国際世界組織の頂点が集う。五人が着席し、点呼を取り終わった所で始まる。

 厳密に言うと、一人はリモート参加である。日々の研究に没頭しているからなのか、他の理由があるのかもしれない。テキストを打って会話するので、顔はもちろん性別すら分からない。


 今回の議題は、精神災害警報についてである。このユーサネイコーという惑星のに生まれ落ちた者には、魂が宿る。心臓から全身に止めどなく流れるのは、血液と魔力の二つである。これらを失うと、生きるのが困難になる。

 そんな私たちが一番恐れている病気を、精神災害という。その名の通り、精神に影響する。だがこの病は、そんな単純な話では収まらない。長期間患っていると、魔力が暴走して自我が崩壊するという、悍ましい出来事が起こるのだ。

 近年の間、この酷く恐ろしい病気を患う可能性が、上昇した。緊急会議を行うほど、危険視されている。そしてついに、三月八日に警鐘を打ち鳴らした。


「異常が出た所はあるか?」と、政府の頂点である総省長が質問を投げる。すぐに手を挙げたのは、医療機関を治める総院長だ。

「相談窓口の利用者が、急増しました。本当に苦しんでいる方の他に、不用意に予約を取る人も出現している。おかげで、寝不足と人手不足が続いております」


 医者というのは、どんな状況でも大忙しである。資格を取らないといけないし、忍耐力も多分に必要だ。彼女の話し方から察するに、相当鬱憤が溜まっている。


「病床が圧迫されている訳ではないだろう?」

「それも僅かです。加えて、患者様の容態の改善は、長期戦がほとんど。近い未来には、施設から溢れ出てしまうでしょう」

「それは、その時になったら話せば良い」

「もう一つありますよ。あの警報の影響なのか、MBHになる可能性を秘めてしまった患者様も、この一ヵ月弱で急増しました」


 話を切り替えたかったのであろう、総省長から『面倒くさい』という気持ちが、丸見えである。苛立ちを押さえながら会話を続ける総院長は、今にも水牛すら殺せる視線を送る。

 MBHというのは、精神災害の成れの果てである。身体から魂が飛び出し、負のエネルギーを中心に、新しい姿へと生まれ変わる。自我を失っているので、『最も残酷な死に方』とも言われている。


「シニミの影響か?」

「一番の理由は、それに違いありません」


 シニミというのは、端的に言えば怪物である。明らかに、この世の生物だとは思えない容姿をし、問答無用で生きる存在に襲いかかって来る。個体は様々だが、強力な奴ほど魔力量が多く、知能を発達させている。

 その気迫に当てられて、ショック死するケースもあり得るのだ。奴らは、殺した後に身体と魂を食らう。


「MBHにはなっていないのだろう? ならば、そのまま抑え込め」

「いやいや、そんな簡単に行きませんってぇ〜。犯罪者になるパターンだって、多いんですよぉ?」と、別の方向から声が上がる。普段から、犯罪の取り締まりをしている総隊長が、初めて発言したのだ。

 警察署の場合、シニミは管轄外である。代わりに、一番厄介な生物である人間を相手にするので、意見を言う権利はある。


「精神がトチ狂った奴らを裁くのが、貴様らの役目だろう」

「そうだけどさ、監獄がいくらあっても足りないなァ。ねぇ、増やしてよ?」

「金に余裕があれば、善処しよう」

「出ました、『かねぜん』~! 毎回それ言ってて、実行したことがじゃないじゃん! どうせ、変な兵器でも買っているんでしょ!?」


 その通りである。政府という名前を背負っておきながら、禁止魔道具をどこからか仕入れている。先月だって一国を消滅させた癖に、まだ自分勝手でいられる。

 確かに、MBH事態は極稀に起こる現象である。それ故に、元の姿に戻ったケースは、一度も発見されてない。


「大事のように取り上げるのも、時間の無駄だ」と言った総省長は、また話を切り上げようとした。しかし、頭上にある画面に文字が入力された。


『そもそも、この警報のせいで余計な不安を抱く人が増えた』


「言い方に気をつけろ総部長。警報を出した理由は、『シニミが各国に急増したから』だと、決議しただろ」


『その脅威をブチのめしているのは、お前たちではない。調査団だ』


 ありがたいことに、研究所は私たちを信頼してくれている。頂点に君臨する者とは、一度もお会いしたことが無い。けれど、こうして総省長の痛い所を突く。ようやく私と目を合わせた政府は、両肘をテーブルの上に置き、上から目線で質問する。


「シニミ討伐だけではなく、人助けまでするとはご苦労なことだ」

「それが私たちの役目ですからね。この前だって、十年前にMBHとなってしまった方の魂を、解放したんですよ?」と話したら、総院長と総隊長は称賛した。一人渋い表情を崩さない総省長は、私に質問する。


「お前たちの所に、不思議な少年が入団したのは本当か?」


 予測していた通り、この質問が投げられた。とはいえ、隠すつもりは一切無かったので、両腕を広げながら堂々と答える。


「えぇ、そうですよ。魔力は無いですが、とても優秀な子です。四人共、彼を侮らない方が良いですよ。解決させた本人なので」

「たった一度だけ大事を成し遂げたから、信頼したのか?」

「まさか。私は、彼の魂を見つめているんですよ」


 こうして会議をしている間でさえ、依頼をこなしているに違いない。そう確信しているのは、私だけではないだろう。約束を果たせず、彼を待たせてしまっている。罪悪感が背中を這い上がるので、早く退屈な会議が終わって欲しいと願う。


――――――――


「シニミが現れたぞぉぉぉ!!」

「俺たちじゃ太刀打ちができねぇ、逃げろぉぉぉぉ!!」


 今日も始まってしまった、突発的チキンレース。ルールは、小学生の足し算よりも単純明快である。シニミから逃げ切る。追いつかれたら死ぬ。この世界の一般市民は、毎日強制参加させられる。

 全ては怪物たちのせいである。奴らの起源は、ナイトメアと言われている。今は封印されているらしいが、部下の数が増加したので、復活の前兆も騒がれている。


「来るんじゃねぇ、怪物め!」

「この国にあるのは、ソフィスタの本部くらいだ!!」


 ソフィスタというのは、国際世界調査団の別名である。俺たちのような国民は、短い名称で呼ぶのが普通だ。事件を解決すべく、世界中を飛び回る存在。特に、危険地帯という、シニミが大量発生している地域がある国へ、優先的に配置される。


 ここはゼントム国である。人口はとても少なく、交通機関はタクシー二台のみ。世界地図で見ても、隣国と言える地域は無い。辺鄙な場所に存在している、変な島。ここには、危険地帯が無い。もっと言えば、ついこの前に解決した。


「来たぞ、スエナリだ!」

「チユキ! 今日も頼む!!」

「任せてくださぁぁぁぁぁぁぁぁい!」


 一人の少年が、叫びながら突進する。彼は怪物の攻撃を避けながら、一気に距離を縮める。右手に握っている武器から、魔力が出て来る。右腕を強化した彼は、強烈な右ストレートをお見舞いする。見事にクリーンヒットし、奴らは倒れて消滅する。


「お怪我はありませんか?」

「大丈夫だ。ありがとう、チユキ!」

「スエナリのおかげで、今日も安心できそうだぜ!」と言った俺たちは、救世主に頭を下げる。


 その団員の名は、すえなり ゆきという。彼だけが、この国の依頼を片っ端から遂行してくれる。テレスコメモリーという、歪な望遠鏡を振り回している、青年である。彼自身には魔力が無いので、あの杖から一時的にまとって戦うらしい。

 彼は苦難を乗り越え、ソフィスタに入団した。なのに、他国にいけないという、不遇な扱いを受けている。総団長を待っているようだが、まだ再会していないのだろう。

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