第一章 旅立ちはどうしても緊張が伴う

1-0 国際世界長会議

 4月3日


 アイツが席に座る事で、漸く始まるのがこの会議だ。一番偉いくせに、堂々と遅刻するなんてどうかしている。



「『政府』」


「『医療機関』」


「『警察署』!」


 『研究所』


「『調査団』」


「全員揃っているな……始めようか」



 厳密に言うと、一人はリモート参加。これもいつもと同じである。実験で忙しいのかは分からないが、テキストで打ってくるから、男性か女性かもわからないのだ。



「議題は『精神災害警報』についてだ。3月8日に出したが、異常が出た所はあるか?」

「相談窓口の利用者が急増しました。本当に苦しんでいる人もいますが、どうでも良い話をする為に予約を取る方もいらっしゃる。お陰で寝不足と人手不足が続いています」



 医者というのは、どんな状況でも大忙しである。資格も取らないといけないし、忍耐力も多分に必要だ。『総院長』のこの話し方は、相当鬱憤が溜まっているのだろう。



「病床が圧迫されている訳ではないだろう?」

「そうですね。しかし、患者様の容態は改善されないので、長期戦が殆どです。近い未来には、施設から溢れ出てしまうかも」

「その時になったら話せば良い。他にはあるか?」



 面倒くさいという気持ちが丸見えだ。こうやって後回しにするから、総院長は今にもお前を殺すような視線を送るんですよ、『総省長』サマ。



「もう一つありますよ。あの警報の影響なのか、『MBH』になる可能性を秘めてしまった患者様も急増しました」



 この世界に生まれ落ちた者には、魂が宿る。当然の事を言っている様だが、少し違う。心臓から全身に流れるのは『血液』と『魔力』である。魔力を使って、私達は今日も生きていく。


 私達が一番恐れている病気は『精神災害』という。これはその名の通り、精神に影響するのだ。しかしこれは、そんな単純な話では無い。長期間患っていると、魔力が暴走して自我が崩壊するという、悍ましい出来事が起こるのだ。



「シニミの影響か?」

「それもありますね。奴らが増えた事で、ショック死する方も増えてます」



 端的に言えば『怪物』で良いだろう。明らかにこの世の生物だとは思えない容姿をし、問答無用で私達に襲い掛かって来る奴らの事を『シニミ』という。個体は様々だが、強力な奴ほど魔力量も多い。その気迫に当てられて、ショック死するケースもあり得る。



「だが、まだ『MBH』にはなっていないのだろう? ならば、そのまま抑え込め」

「いやいや、そんな簡単に行きませんってぇ〜。犯罪者になるパターンが多いんですよぉ?」



 普段から犯罪の取り締まりをしている『総隊長』が、初めて発言する。警察署はシニミは管轄外であるが、一番厄介な生物である『人間』を相手にするので、それなりに意見を言う権利はある。



「精神がトチ狂った奴らを裁くのが、貴様らの役目だろう」

「監獄がいくらあっても足りないなァ~……ね、増やしてよ?」

「金に余裕があれば、善処しよう」

「ハイ出た、『かねぜん』~! 毎回それ言ってて、実行して無いじゃないですか! ま~た兵器でも買っているんでしょ!?」



 その通りである。コイツは政府という名前を背負っているのに『ブレイズバースト』と言う『禁止魔道具』を、どこからか仕入れている。それで先月、一国を消滅させた癖に、よくもまだ自分勝手でいられる。



「心配しなくても『MBH』は極稀に起こる事だ。大事の様に取り上げるのも、時間の無駄だ」


『そもそも、この警報の所為で余計な不安を抱く人が増えた』


「言い方に気を付けろ『総部長』。警報を出した理由は『シニミが各国に急増したから』だと、決議しただろ」


『そのシニミをブチのめしているのは、お前ではない。調査団だ』



 やはり、私達は信頼関係がある。一度もお会いした事が無いが、こうして総省長の痛い所を突いて行く。漸く私と目を合わせた奴は、両肘をテーブルの上において、上から目線で質問する。



「シニミ討伐だけではなく、人助けまでするとはご苦労な事だ」

「それが私達の役目ですからね。警報を発令する時も、随分お急ぎでしたねぇ」

「世界中の人々を守る為には、迅速な対応が必要なのだ」

「口だけは達者ですねぇ」



 政府が何をしているのかなんて、私達は知らない。教えてくれないという事は、公にはとても言えない事をしているのだろうと、勝手に予想している。今だって睨みつけるだけで、何も言い返さない。



「この前だって、十年前から『MBH』となってしまった方の魂を、解放したんですよ?」

「すっごーい! よく見つけたね!」

「ゼントム国にいたんですよ。ふふ、ついこの間『危険地帯』から外された、ルージャ山にいたんですよ」



 ゼントム国というのは、まさに私達の本部がある場所だ。辺鄙な場所ではあるが、ルージャ山が穏やかになってからは、シニミの量も減少した。



「『総団長』。その事について、聞きたい事がある」

「何でしょうか」

「先日、不思議な少年が入団したと聞いたが、本当か?」



 やはり来たか、この質問が。まぁ予測はしていたし、そもそも隠すつもりなんて一切無い。私は両腕を広げて、堂々と答える。



「えぇ、そうですよ。魔力は無いですが、とても優秀な子です。四人共、侮らない方が良いですよ」



 だって、彼が解決させたんですから。そう言い切ると、総院長と総隊長は称賛した。しかし総省長だけは、渋い顔を崩さない。



「大事を成し遂げたから、信頼したのか? たった一度だけなのに」

「まさか。私は彼の魂を見つめているんですよ」



 こうして会議をしている、この瞬間にも。彼はゼントム国を走り回って、依頼をこなしているに違いない。そう確信しているのは、私だけではないだろう。彼を待たせてしまっている罪悪感があるので、早く会議が終わって欲しい。



―――――



「うおおおお、シニミが来たァァァァ!!!」

「俺達じゃ太刀打ちが出来ねぇ、逃げろぉぉぉぉ!!!」



 今日も始まってしまった、突発的チキンレース。ルールは1+1よりも単純明快、シニミから逃げ切る。追いつかれたら死ぬ。この世界の一般市民は、毎日強制参加させられる。


 そうだ、全てはシニミの所為。奴らの起源は『ナイトメア』と言われている。今は封印されているらしいが、シニミの数が増加したので、復活の前兆とかも騒がれている。


 一般市民は逃げるが吉。小さい奴だったら、倒せるかもしれないけれど。



「こんな辺鄙な国にも来るんじゃねぇ、糞野郎!!」

「ゼントム国にあるのは『ソフィスタ』の本部くらいだわ、ボケ!!」

「バーカバーカ、アーホアーホ!」



 ソフィスタ、というのは『国際世界調査団』の別名である。長ったらしいのが好きじゃない人は、こっちで呼ぶ事が多い。しかし困った事に、いくら本部があると言えど、彼らは別の国に飛んでいく。何故か。


 シニミが大量に発生している『危険地帯』がある国が優先されるようだ。生憎この国には、それが無くなった。つまり、ここは他国に比べるとなのである。


 加えて人口は元々少ないし、交通機関は全く無いし、世界地図で見ても隣国は見当たらない。そんな辺鄙な場所に存在している変な島国。それがゼントム国だ。



 しかし最近、この不遇な扱いが変わって来ているのだ。なんと、この国から出る依頼を、片っ端からこなしてくれる人が現れた。



「来たぞ!! スエナリだ!!」

「スエナリ! 今日もガツンと頼むぞーーー!!」


「任せてくださぁぁぁぁぁぁぁぁい!」



 こちらに向かって猛ダッシュしているのは、何とも奇妙な杖を振り回している青年。彼自身は魔力が無いので、あの杖から一時的に纏っているらしい。



「グルルルル!!!」

「一般人を追いかけ回すなんて、全く気に食わねーぜ!」



 決意のソウル――― 恐怖を乗り越える道標ビヨンド・ザ・フォビア



 シニミの攻撃を避けながら一気に近付き、強烈な右ストレートをお見舞いする。見事クリーンヒットしたので、奴らは倒れて消滅していく。



「お怪我はありませんか?」

「大丈夫だッ! ありがとう、チユキ!」

「スエナリのお陰で、今日も安心できそうだぜ!」

「それは何よりです!」



 最近、ゼントム国のシニミをブッ飛ばしてくれる人。それが、彼である。名前はすえなり ゆき。ソフィスタに入団したというのに、まさかの他国にいけないという、不遇な扱いを受けている。



「茶寓さん、戻って来ますかね?」


『どうでしょうかね。早くても明日とかじゃねぇですか?』



 千道は時折、自分が持っている杖に向かって話しかけている。一般人から見ると、物に話しかける心優しい人、と思うかもしれない。しかしその実、なんとその杖の中に、誰かが入っている様だ。



『ところで千道。英雄の杖を容赦なく振り回す事に、躊躇しなくなりましたね』


「振り回しやすいんですよ、このテレスコメモリーは」



 中に入っているのは『勇者』と呼ばれる人である。ついでに言うと、千道の杖は『英雄』と呼ばれる人が使っていたのだ。なんやかんやあって、英雄さんはいないし、勇者さんは杖の中に閉じ込められている、という状況だ。


 その真相がいつ明かされるかは、誰も知らない。解き明かそうと言う人は、勿論千道である。だが彼は現在、のでどうしようもない。


 いきなり前途多難状態に陥ってしまっている理由は、次から始まる回想で分かる。

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