1-31 ブルーム・ランウェイ③

 食事室を見終わったので、儀凋副団長について行く。彼は背丈が俺よりも高く、ガタイも良いので、傍から見ると親鳥について行くヒヨコみたいになっている。



「ここが中庭だよ。綺麗な花が沢山咲いているだろう?」



 右に曲がったので、左側に行くのかと心の準備をした。しかし彼が開けた先に広がっている景色は廊下ではなくて、外だった。

 ここは本拠地の中にあり、花壇の配置も工夫されている様だ。上空から見ればさぞかし美しかろう。ベンチも置いてあるので、休憩にはもってこいの場所だ。



「そして、ここから一気に九階に行けるよ」

「おぉ、プライベートを遵守している木だ」



 中庭の中心に、大きな木が生えている。外からだと見えなかったのは、周りを囲っている本拠地の高さの方が、勝っているからだ。

 よく見ると、幹が階段状に切れている。儀凋副団長が体重を掛けて歩いてもビクともしないので、割れる事は無いだろう。



「祝和君は、よくここで昼寝をしているよ。日光が気持ち良いんだろう」

「猫みたいだなぁ」

「意外にもいびきは獰猛で、物音がしたらすぐに起き上がってしまう」

「猫みたいだなぁ」

「たまに、餅歌君とグラタンを食べているのを見かけるが、他の人が来ると彼女が気づかないように、威嚇しているんだよ」

「それもう猫じゃないですか?」



 もしも祝和君が猫だったら、どの種類になるかな。瞳の色が澄んだ空色なので、シャム猫だろうか。彼はスタイルも良いし、身のこなしも良さそうだ。

 しかし、猫はあの百獣の王と同じネコ科なんだ。普段はとても可愛いが、威嚇する時はライオンのような恐ろしさが片鱗へんりんする。



「ははは! 彼の事を猫だと思えるなら、君は本当に仲良くやっていけそうだ」

「祝和君は、餅歌以外の人とは話さないんですか?」

「一言くらいなら話すと思うが、凱嵐と私くらいじゃないかな。その理由の見当はつくけれどね」

「教えて下さいっ!」

「熱心だね。そんなに急かさなくとも、到着するよ」



 木の階段を上り終わり、九階に来た。ここでも足腰が鍛えられるなと秘かに思いながら、儀凋副団長が一番近くにある扉を開くのを見る。



「おぉ……他の部屋とは、全然雰囲気が違う」



 その中はとても広くて、何も置かれていない。この本拠地に似つかわしくない程の殺風景だ。家具としては役不足すぎる無数の傷跡が、床や壁に付いている。



「実践室だよ。模擬として、魔法を使って訓練をするんだ」

「つまり、バチボコする場所ですか」

「そうさ。お互いに高め合っていく姿は、いつ見ても素晴らしいよ。週一で戦闘団員同士で戦わせるのさ。勿論、自主練習として使うのも許可している」



 非・戦闘団員は、護衛の練習で使う程度らしい。そして入団した時には、戦闘向けかそうじゃないかを見極める為に、全員が参加するようだ。



「『国際世界組織』の入社基準の一つに『ソウルが顕現している』が、含まれているからね。どんな魂を持っているのか、見せてもらうのさ」



 俺はあの日に『決意』のソウルが顕現して、本当に良かったと思う。もしも顕現していなかったら、不合格になっていただろう。いや、それ以前に死んでいたかもしれない。



「じゃあ、祝和君もやったんですね」

「そうだ。だが、その時に……」

「その時に?」

「私に羽交い締めをされ、凱嵐に殴られて気絶するまで、大暴れしてしまったんだよ」

「何があったんですかそれ」



 想像を軽々と超える状況を言って来た。ビンタじゃなくて殴られたのか、祝和君。彼がそこまで大暴れするのは、まだ見た事が無い。強いて言えば、サヴァーブセットを買う時に、店員の胸倉を掴んで骨を出していた時だろうか。でも、あれもただの脅しだった。



「今では、大分落ち着いた方だけれどね。それでも、恐怖を覚えてしまう団員が多数いるのさ」

「つまり……?」

「彼には『地雷』がある。それを見ても、どうか遠ざからないでくれ」



 それを知るのは思ったよりも、すぐ目の前まで来ている事を、この時の俺は知らない。ただ、友達だから悪い部分を見て見ぬフリするのは良くないだろうと、変に真面目な考えをしている。



「祝和君は団の中でも有力だからね。制御さえ出来れば、さらに成長するだろうと思っているんだ」

「儀凋副団長、祝和君の事を凄い観察してますね」



 中庭の時から思っていた事を、遂に声に出してしまった。他の団員も同じくらい見ているのだろう、だが祝和君に関しては特に追及しているように思える。



「ハハハ! 彼は見てて全く飽きる気配が無いからね。餅歌君と一緒にいる時は、冷静さを保とうと必死になっている姿。私や凱嵐には、それなりの敬意を払って話しかけてくる態度、とかがね」



 こう聞いてみると、人を選んで懐きに行く猫のようだ。しかし、それ以外の人間には牙を向けっぱなしなのだろう。俺も、向けられない様にはなりたい。



「そう言えば、餅歌のソウルは知らないなぁ」

「ふふ、いつか知る時が来る筈さ。彼女の事を『友達』と想い続けていれば」



 この言葉を、どうか忘れないで欲しい。そう言われた俺は、彼女の事を理解するのは、途方もなく後になるのだろう。でもきっと、餅歌のソウルを好きになる。

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