柑子 餅歌
1-43 興味深い建物
今朝の祝和君を思い出しては、背筋に氷を入れられた気分になる。下手なホラー映画よりも、断然怖い。彼は、餅歌と昼ご飯を食べることが出来たのだろうか。
俺はあの後、ゼントム国に戻って『フィデス』から、また別の依頼を引き受けていた。ちなみに、国民とはすっかり仲良くなった。夜になったが、もう一度ケルリアン王国へ来てワープポイント巡りをする。
『ワープポイント―――登録完了』
「これで四個目……やっと見つかった……」
『お疲れ様です、千道』
ケルリアン王国にあるワープポイントは、全部で二十二個ある。国立パルブ公園、ブルーム・ランウェイ、オーブリー横丁。そして今さっき、ポリネー広場を登録。ここはとても広いので、ワープポイントを見つけるのだけで一苦労した。
「やっぱり、交通費代が出ないのが痛いですね」
『無所属だからでしたっけね。同じ団員なのに、平等にして欲しいです』
茶寓さんに凄い謝られたけれど、別に彼の所為ではないと思う。しかし、徒歩と言うのは大変だ。行けてない場所が圧倒的に多い。空中庭園なんて、どう足搔いても歩きじゃ無理だろう。
「箒があれば良いのになぁ」
『茶寓は探し回ってやがりますがね、見つかるのはまだ先でしょう』
「本当に、俺でも乗れる箒なんてありますかね?」
ぼけ~と、雲に少しだけ隠れている空中庭園を眺める。月を背景に、クリムチック・テランスが逆光で映っている。ここからでも美しいと思えるなんて、やはり凄い花だ。
「ここも、色んな店がありますね」
『人が行き交う場所ですからかね?』
「お、見て下さいよ勇者さん。あれ、ゲーセンですよ」
テレスコメモリーを両手で持ち、一つの建物の前で止まる。ロボット体のフォントで書かれている、大きな看板が目印だ。
「何て書いてあるんですかね?」
『【ツード・ゲームズ】ですね。翻訳薬が切れて来たんじゃないですか?』
「そうかもしれない……はぁ、あの独特な味わいをしないと……」
リュックから翻訳薬を取り出し、一気飲みする。以前に、ゲボ味とかヘドロ味のクッキーを食べた事があるので、吐き出したりはしないがやはり美味しくない。
「あ、これで最後だ……また茶寓さんから貰わないと」
『面倒ですね。まぁ、低レベルの魔法薬なんで、完璧じゃねぇですけど』
「俺、この世界の言語を勉強した方が良いですかね……」
『アホみてーに時間が掛かりますよ。先にナイトメアが復活しちまいそう』
翻訳魔法の話をしていると、建物の中から楽しげな声が聞こえる。そこそこ賑わっている様子だ。この世界にも、こういうのがあると思うと、結構嬉しい。
『千道、この建物が気になるんですか?』
「そうですね。ゲームが好きなので」
地球にいた時は『家に帰りたくない』という理由で、放課後はゲーセンに寄って遊んでいたりした。よくやっていたのはクレーンゲームではなくて、リズムゲームだった。一回につき二百円で、難関曲をフルコンボするまで何度も挑み、七千円も使った記憶がある。
「勇者さんは、ゲーセンに行った事あります?」
『そうですね。何度かは、英雄と一緒に遊びましたよ』
これから他のワープポイントを探すのは、暗くて大変だから止める事にした。ゲーセンの中に入ろうか悩んでいると、少し離れた所で誰かがスッ転ぶのが見えた。フードを被っているので、顔は見えない。でも、見てしまった以上は放っておけなかった。
「あの、大丈夫ですか?」
「あわわ……ごめんなさい~、大丈夫です!」
「……餅歌?」
「えっ? わぁ、千道サンだ! えへへ、偶然ですね~」
フードの中から、蜜柑色の髪の毛が見えたので、思わず名前を呼ぶ。するとその美少女は顔を上げ、緑色の瞳で俺を見つめる。
「こんな時間にどこ行くの?」
「お知り合いサンの所に……むむ、風が強いですねっ、フードが取れちゃいますっ」
『……彼女から、魔力を感じない。抑えているんですかね?』
「えっ」
「どうしましたか?」
「あ、えっと……魔力の気配がしないな~って」
「えぇっ、千道サンって魔力探知が出来るんですか!?」
「少しだけね。凄く薄いのは出来ないよ」
激闘を経験したからか、あのクッキーを食べなくても多少は見える様になったのだ。確かに、今の餅歌は魔力を外に出していない。この世界の人は、何もしていなくても、多少は魔力を無意識に放出してしまうようだ。寝ればすぐに戻るらしい。意図的に抑えるには、魔法薬が必要らしい。
「『抑制薬』を飲んでいるんです。それで、フードを被ったら目立ちませんからね!」
「目立つ……あ、あぁ……そうだね……」
こんな面倒な事をしないと、自由に外を歩く事も出来ない。やはり彼女の境遇が、恨めしく思ってしまう。この子自身は、何も悪くないのに。しかし、知り合いの所に行くと言っているが、その人は大丈夫なのだろうか。
「一緒に行こうか?」
「大丈夫ですよ、もう少しで着くので!」
「そっか」
どう見てもそんな気はしないが、彼女がそういうなら間違いないのだろう。だけどやはり、無理しているんじゃないかと心配になってしまう。
「千道サン、千道サン」
「どうした?」
「これ、何の建物ですかね?」
「ゲーセンだと思うけれど」
「げーせん?」
首を傾げたので、少し驚いてしまう。どうやら彼女は、ゲーセンで遊んだ事が無いようだ。少し考えて納得してしまう俺が、腹立たしく感じる。
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