1-47 前途多難な境遇
餅歌は、精神の具合を測定している。と言っても、機材を使うのではなくて、リゲウナさんと沢山話している様だ。口に出すだけで、精神が安定するとも言うから、この方法は効果
「末成……暗い顔をしているな。そのコーヒー、口に合わなかったか?」
「い、いえっ。とても美味しいです」
「そうか、安心した。リゲウナに教わっているんだがな。彼女はとても上手なんだよ。今も向こうで、柑子のお嬢に紅茶でも出しているだろうな」
「あの、どうして餅歌の事を『お嬢』って呼ぶんですか?」
まるで、どこかの王女の様な渾名だと思ってしまう。この世界は、魔力量と財産で身分が区別されている様だ。上から王族、貴族、平民、下級民となる。六家罪は身分上は『平民』ではあるが、潜在能力は『王族』を軽々と越えてしまうそうだ。それも、恐れられる原因となってしまう。だがシンサスさんは、親しみを込めてそう呼んでいる様だ。
「それに、俺自身が柑子家に恩があるんだ」
「恩、ですか?」
「あぁ。まだ若い頃の話だ。色々あって、餓死寸前まで陥った時があった」
「えぇっ?」
詳細は省かれてしまったが、どうやら彼の家族関係も良くなかったようだ。三日三晩も食べなく、まるで職を失くした浮浪者の様に、街をうろついていた時期があったらしい。
「そんな時に、柑子家に会ったんだ」
「餅歌にですか?」
「いや、お嬢の
「えっ」
餅歌は既に、肉親が全員他界している様だ。全員の死因は、家族に囲まれて老衰したという幸福とは、かけ離れている。彼女の母親は射殺だった。街を歩いているところ、突然脳天を撃たれてしまった。シンサスさんは、その事を報道で大々的に出されたから、知ったらしい。
「世話になったのは、一日だけだったんだがな……お嬢の御母堂は優しさの塊だったよ。理由も聞かずに飯を食わせてくれて、風呂にも入れさせてくれて、ふかふかのベッドで寝させてくれた」
「……良い方ですね」
「あぁ。本当に生き写しを見ている気分だ。お嬢は、
餅歌の母親にも、あの痣が入っていたらしい。配偶者となった父親には、入っていない。餅歌は、髪の毛と瞳の色ですら『柑子家の人間だ』と一目で分かってしまう。神様の度が過ぎた悪戯によって、生み出された存在。
「時々だが酷く魘されていると、白鶴さんから相談されてな。それで、俺達が面倒を見るって話になったんだ」
「白鶴団長が?」
「あぁ。とても心配そうにしていた、あの表情は忘れない。患者を元気にするのが、医者の務めだからな」
団長がお願いしていたとは思ってなかったので、驚いてしまう。今日は一人で行くつもりだったが、いつもは祝和君がついて行ってくれる様だ。
「骨騎士は疲れてしまったのか?」
「朝に色々ありまして……」
「アイツも難儀な性格をしている。検査が長引くと『なんかあったの』とか『大丈夫だよね』とか、すぐに心配性になる。落ち着かせるのも一苦労だ」
「彼らしいですね」
勿論、祝和君も儀凋副団長も、餅歌が悪夢を見ている事を知っている。しかし彼女はどんな内容だったのかを、起きたら忘れてしまう様だ。
「その右目、良いコスモスだな。本物か?」
「そうです。儀凋副団長から貰いました」
「彼か。良いセンスをしている」
実はこの眼帯、裏側に根っ子が張っている。しかし、不思議な事に全く痛くない。ただ、これを外す時が来たら相当の出血量になるだろう。ずっと付けていたいが、ソフィスタという立場にいる限り、いつ剝がされてもおかしくない。
「魔力が無いと、生き辛い世の中だろう」
「そうですね。でも、適性検査のお陰でちょっとだけ、国民と話せるようになりました」
「適性検査?」
「あー、えっと……『アゾンリディー・モンゲリッジァー』に出たんです」
「そうだったのか。それはお疲れさん」
シンサスさんは、放送を見ていないようだ。確かに、この部屋にはテレビが無い。そこまで置ける広さでは無いし、そもそも日中は見ている暇が無いだろう。
「ターミナーで魔力を持ち歩いてないと、いざという時に戦えないのが難点です」
「おや……魔力を使える事は出来るのか?」
「はい。結構特殊なやり方ですけれど」
「そうか。なら、余っている分を渡そう」
俺のソウルに深入りせず、シンサスさんはカウンターへしゃがみ込む。そしてガサゴソ荷物を漁り、満タンで光り輝いているターミナーを五個も俺の席に置く。
「持って行け。役立つと信じている」
「良いんですか?」
「お嬢が、骨騎士以外を連れて来るのが珍しいんでな。それに、お前は悪い奴には到底見えん」
「ありがとうございます!」
お礼を言い、リュックの中にしまう。自分のソウルを発動させる時の為に、大切に保管しておこう。
「さて……そろそろ本題に入ろうか」
「本題?」
「聞いていけ。極秘情報だから」
そう言われてしまうと、もう一杯おかわりしてしまう。次に出されたのは、ホットココアだった。餅歌の定期検査も、まだ終わりそうにない。
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