1-46 出張版の医者
餅歌は画面を見たまま動かない。悲しい結果になってしまったからだろうか。俺も小さい時、何度挑んでも勝てない敵がいて「もう無理やめる!」って投げ出した事がある。それでも、心のどこかでは諦めきれず挑み続けた記憶が、今になって蘇る。
「あー……えっと……」
なんて声を掛ければ良いか考えながら、後頭部を掻く。良い感じのフォローの言葉が見つからんくらいに、ボキャブラリーが貧困状態らしい。
「次は、きっと上手に」
「えへへ~……!」
少し屈んで、まだ座っている餅歌の顔を覗くと、大切なモノが見つかった時の笑顔をしている彼女と、目が合う。あの大きな瞳を細めているので、少々胸が高鳴る。しかし、すぐに悪寒が走ったので背骨を確認した。折れてなかった。
「千道サンのお陰で、ゴールが出来ました! とっても楽しかったです~~!」
「あ、そうなの? ……良かった……」
てっきり「もうやりたくありません……」と、落ち込んでしまうかと思っていたが、両手を口元に添えるあの可愛い笑い方をしたので、彼女は上機嫌だという事を察する。初めての体験だった事が、救いだったのかもしれない。
「ゲーセン、とても楽しいですね! 次は祝和クンも誘って、三人で行きましょ!」
「……うん。楽しみだな」
誰かと遊ぶ約束をした事なんて、一度も無かった。部屋の隅でひっそりと一人プレイをしている自分が、頭の中に住んでいる。一度もやった事が無いが、協力プレイはきっと楽しいのだろう。三人で遊ぶ時が来たら、祝和君をあらゆるゲームでボコボコにしてやろうと、心に決めるのだった。
「はっ! そろそろ時間です!」
「知り合いへ会いに行くんだね」
「千道サンも来ますか?」
「えっ、良いの?」
「勿論です!」
今日のお礼がてら、会わせてくれるようだ。餅歌を知っているという事は、悪い人では無いと信じよう。椅子から降りた彼女は、とてとてと歩き始めるので後ろから付いて行く。
『えげつないプレイでしたね』
「見えてなくても、そう思っていましたか?」
『千道の叫び声が面白かったですよ』
「止めて下さいよォ~……」
リュックの中に入っている勇者さんも、想像しやすかったのかもしれない。餅歌の『珍プレイ』って奴が。彼は英雄さんと遊んだ事があると言っていたが、どのゲームが得意だったのだろうか。
「こっちですよ~!」
「……?」
ゲーセンを出て、街に出ていく。夜も深まってきたが、まだまだ寝るには早い時間帯だ。餅歌の後ろをついて行くと、路地裏まで来た。彼女は壁に手を当て、小さい声で話しかける。
「柑子 餅歌です!」
すると、独りでに壁が開く。中を見ると、薄暗い廊下が続いている。このまま行くと外に出るくらいの長さだが、ずっと奥まで続いている様だ。何らかの魔法が施されているのだろう。
「千道サン、入りますよ!」
餅歌が軽く俺の袖を引っ張り、中に入って行く。身体が全部中に入った瞬間、壁は閉まってしまう。真っ暗になると思いきや、明かりがつく。前を見ると、一つの扉があった。餅歌がノックすると、返事が来たので開く。
「こんばんは~!」
「こんばんは、餅歌ちゃん」
「おぉ、今日は骨騎士と一緒じゃないのか」
小さな喫茶店のようだ。横一列に三人しか座れないけれど、後ろに置いてあるカップの数は、団体分はありそう。餅歌の知り合いは、目の前にいるマスターとその助手だそうだ。
「ほぉ……お前さんか。魔力が無い新入団員とは」
「えっ?」
「国際世界組織の中では、少し有名人だぞ」
この言い方だと、変な噂が立っているんだろう。取り合えず自己紹介して、二人と握手する。
「俺はシンサス・クレマ。このカフェのオーナー……じゃなくて、『国際世界医療機関』の者だ。今はこの王国に、出張しているんだよ」
「私はリゲウナ・ジョーナ。同じく出張組です。今は時間外労働ですね、ほほっ」
二人はお医者さんのようだ。こんな所までお疲れ様です。餅歌がここに来た理由は、今日が定期検査日だからだそうだ。この時間じゃないと、他の患者で持ちきりになってしまうようだ。
「では、餅歌ちゃん。奥の部屋へどうぞ」
「はーい! 千道サン、また後で会いましょ~!」
リゲウナさんが、餅歌をカウンター側まで連れて行く。奥の部屋で検査をする様だ。手を振り終わった後、シンサスさんに椅子を指されたので座る。すると、モカコーヒーを出してくれた。
「末成。柑子のお嬢とは、どんな関係なんだ?」
「友達です。さっきまで、ゲーセンで遊んでました」
「なるほど、お嬢も初体験だっただろう。良い経験をあげたな。今日の結果は良さそうだ」
「何の検査しているんですか?」
「精神災害のだよ」
その病気はこの世界で一番恐れられていると、何度も耳にした。ましてや今は、警報が全世界に発令されている。誰がなってもおかしくない状態だ。
「柑子のお嬢は、患う可能性が高い。だからこうして、定期検査をしている」
「それは……境遇が原因ですか?」
「おぉ、お嬢の事を知っているのか」
「少しだけは……」
へその周りに付けられている痣を話すと、シンサスさんは深く頷く。やはり彼らも『六家罪』の存在を知っている様だ。だが邪険に扱わないという事は、ちゃんと餅歌の事を『一人の患者』として、見てくれているのだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます