1-27 エレガンティーナイツ団長③

 エレガンティーナイツの団長である、白鶴 凱嵐。彼女は十五年前では、英雄さんと勇者さんの親友の一人だった。しかし十二年前に一度、ナイトメアによって魂を洗脳されている。今は英雄さんによって奴が封印されたので、元通りだ。


 しかし、また奴の手駒にされる可能性は、まだ残っている。彼女の奥底で眠りについている魂を解放したら、二人の事を思い出してくれるだろうか。



「アンタは、適性検査に合格している。だから、エレガンティーナイツ団長の権限において、団員はいつでも貸すわ」

「ありがとうございます」



 今の彼女には、殺人事件を終わらせるという強い決意がある。十一年前から起きていると言っていた。一年の差だが、ナイトメアに関わりがあるのかもしれない。手がかりが一切見つからないなんて、おかしいと思うのは俺だけじゃないだろう。



「この事件が解決したら、手伝ってくれたお礼もするわ」

「え」

「これはアンタにとって、危険な依頼。タダ働きなんて、損が大き過ぎる。危険が伴う依頼ほど、報酬も豪華になるのは、自然の摂理よ」



 ソフィスタに依頼する専用アプリである『フィデス』を見れば、一目瞭然だ。労働と見返りが見合っていない依頼が、あそこには沢山ある。依頼内容はトンデモないのに報酬が『無し』って言うのは、どうなのか。



「アンタが今、一番欲しがっているモノを買ってあげる」

「本当ですか?」

「噓なんてつかないわよ。もうあるの?」

「まぁ、そうですね。でも多分、とんでもない額ですよ……」



 申し訳なさそうに言うと、彼女は笑い「アタシを誰だと思っているの? 世界を歩くモデル・白鶴 凱嵐よ?」とウィンクする。中々お目に掛かれないであろう、トップモデルのファンサービスを受けてしまった。



「千道君。彼女はファッション誌のトップモデルだけではなく、女優としても活動している大人気タレントなのです」



 茶寓さんのプレゼンテーションは想像の域を超えている。


 一年間でのランウェイ登場回数は、六年連続ワールドナンバーワンであり、ファッション・ウィークが始まる前から、有名ブランド同士の取り合いも普通。彼女が紹介した商品は当然、即日完売するほど人々に影響を与えているようだ。



「インフルエンサー、というモノですねぇ」

「すっげぇ」

「ふふ、ありがとう。団長は全員、何かしらの方面ではインフルエンサーではあるわ。でも確かに認知度は、アタシがブッちぎりで一番。だから、アンタが欲しがるモノくらい、容易いわ」



 なんて強いフレーズなんだ、俺も一回言ってみたい。庶民の頬を札端で叩いて嘲笑うような、そこら辺にいる成金親父なんかではなく、彼女の財産は全ての『努力』が還元されているのだろう。



「何が欲しいの?」

「えーっと、モノって訳じゃないんですけれど……」

「?」



 ずっと思っている、どうにかしたいと。しかし俺だと、これはどうにも出来ない。物理的にも、技術的にも、経済的にも。だから、彼女に頼んでしまおう。『何でも良い』って言ってくれたから。



「俺の家の……電気とガスと水道の設備環境を、整えて欲しいです」



 ガスは故障しているから、炎の使用は不可。水道も破損しているから、最大限にしてもほんの少しの水しか出ない。電気設備も当然ながら死んでいる。一瞬で点滅しては消える。そんな物件だ。


 風呂もトイレも使えるようになったのは、茶寓さんが『修繕魔法』で辛うじて水道が動くからだ。でも、止まる時は止まる。



「ドブネズミが住めない程の不潔さ。外も中も荒れてて、どれだけ頑張って掃除しても、埃まみれ。最悪の物件ね。よくそんな所で住もうって思えるわね」

「そ、そこしかないので……」

「あそこら辺って、ネットワークの環境も終わっているでしょう。なにせ、この母屋から離れているから」

「え」



 茶寓さんを見る。彼はきょとんとしているが、俺は一つの可能性にたどり着く。餅歌が初めて家に来た時に、どうして連絡をしなかったのか。その答えが今、分かる気がする。



「茶寓さん。白鶴団長と話し合った時に、俺にメッセージを送りましたか?」

「勿論ですよ。その場で送りました」

「来てないです」

「ウッッソ!?!?!?」



 この反応は、やはり予測していなかったようだ。電気・ガス・水道に加え、通信環境も終わっている様だ、俺の家は。だからメッセージが届かなかったのか。彼は謝り倒すが、既に終わった事なので許すしかない。



「とにかく、このままだとアンタの『肌荒れ』がずっと続くのが目に見える。内装はアンタのセンスに任せるけれど、確かに設備くらいはマトモするのが当然。良いわ、その報酬を用意しておいてあげる」

「ありがとうございますッッ!!!」



 嬉しさのあまり、全力で頭を下げる。その様子が面白かったのか、白鶴団長は微笑む。そして手を叩き「さぁ、これで決まりね」と、先程の様な凛々しい顔つきに戻り、俺に手を差し出す。



「期待しているわ。全力で挑みなさい」

「はいっ、頑張ります!!」



 俺と白鶴団長は握手をする。指が長く、雪のように白い肌をしている彼女の手を、あまり洗練されていないのが如実に表れる手で、しっかりと繋ぐ。


 これで、交渉成立である。

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