1-52 優雅なファンサービス

 ただ普通に近付いただけでは、遠すぎて全く見えない。人と人の間を潜り抜け限界まで近づき、そこから背伸びをしてみると、漸く誰だか判明した。



「サインくださいっ!」「あ、あのっ! 握手して貰って良いですか!?」「はぁぁ……好きですぅ……!!」


「スペシャルパフォーマンスをしてあげる」


「「「きゃああ~~~~~っっっ!!」」」



 あの煌びやかな女性は、白鶴団長だ。どうやら、ゲリラ路上ファンサをしている様だ。彼女を見て、適性検査で作った花束を渡す事を思い出し、一度家に帰る。すぐに帰って来たつもりだったが、さっきよりも人が増えている。



「凄い人気だ……」


『そうですね。一人ずつにファンサをするのが、評価高いようです』



 これは近付けないなと思っていたが、彼女がこちらに気づいてくれた。目が合った瞬間、一瞬で無意識の内に背筋が伸びる。



「あら、末成じゃない。朝から奇遇ね」

「お、おはようございます! 今日もお綺麗ですねっ! あ、あのっ、これどうぞ!!」



 儀凋副団長のアドバイスを思い出すも虚しく、ぎこちなくなってしまった。小さな白い花束を両手で差し出すと、彼女は微笑んで受け取ってくれた。漸く渡せたので、俺も嬉しくなった。



「ふふ、ありがとう。良く出来ているじゃない、花瓶に挿しておくわね」

「は、はい……!」

「今日も、団員が必要なのかしら?」

「あ、えっと……今日は、貴女からお伺いしたい事が……」



 白鶴団長は即座に「分かったわ」と言い、取り巻きに向かって「そろそろ行くわね」と話す。俺を優先にさせてしまったのが、ファンの皆さんに申し訳ない。



「お仕事、頑張って下さい!」「応援しています!」「ありがとうございました!」



 彼らはそう言って、すぐに道を開ける。誰もしつこく付きまとわないとは、民度が良すぎる。類は友を呼ぶというもんな、白鶴団長自身が良い方という事が、ここでも分かる。



「ありがとう。じゃあ、最後に『いつもの』をしてあげる」



 彼女は右腕を高く突き上げ、指パッチンをする。一体何をするんだろうと思いながら、無意識に瞬きをした。



「……え、えっ!? は、花が雨みたいに降って来てる!?」



 ここは花畑じゃないし、空中庭園の真下と言う訳でもない。なのに、空から花が降って来て、一人一人の胸ポケットに差し込まれていく。なんて器用な動作なんだ。ファンの皆さんは「ありがとーございますっ!!」と、嬉しそうに花を優しく触る。



「さ、行きましょうか」

「はい……って、え!? 俺の胸ポケットにもある!?」

「ふふ、やっと気づいたの? 花束のお礼よ」



 何も見えなかった。今日の眼帯と同じであるポピーが、俺の心臓の上で咲き誇っている。眼帯は赤色だが、こちらは黄色だ。違和感なくコスチュームとして付けられる。胸の高鳴りが収まらないまま、彼女の後ろをついて行く。



(まさか、団長室に招待されるとは……)



 壁沿いには、マネキンが一列に並んでいる。大会場にもあるけれど、こっちは『防衛魔法』が張られていないようだ。どれも、全然違う全身コーディネートをされている。ウィッグまで被せてあるから、誰向けか一目瞭然だ。



「丁度良い花瓶があったわ。大切に育てるわね」

「はわぁ~……」(丁寧に扱ってくれるとは……!)



 大きめのドレッサーには、色んなメイクセットが置いてある。俺は、あんまりメイクに詳しくないけれど、どれも超高級だという事は分かる。その隣の本棚には、ファッション誌や繊維に関する研究本や、世界の作法の本がギッシリ詰めてある。


 まるで、大学教授が持つ研究室のようだ。科目名は『ファッション講座』とかが似合う気がする。それか、会食などで使える『マナー講座』でも良いかもしれない。



「そんなに畏まらなくて良いわよ」

「は、はいッ!!」



 自然体に堂々とした振る舞いをしたいのに、ド緊張して全身にセメントを入れられた気分になる。一際豪華な椅子に腰かけた彼女は、俺を手招きする。兵隊の様に歩きたかったのに、右脚と右腕が同時に出てしまった。



「何か困りごとがあったのかしら?」

「昨日の夜、変な声を聴きまして……」



 祝和君と餅歌と、グラタンを食べていた時の話をする。彼女も聞こえていた様だ。しかし、被害届は出ていないので、保留と言う形にしていると聞かされる。



「でも、アタシも気になっているわ。王国を一周した時もあったけれど、目ぼしいモノは発見出来なかった」

「一番可能性が高い場所とかは……?」

「ピスティル空中庭園かしら。あそこって、シニミがそんなにいないのに、危険地帯に認定されているのよね」



 危険地帯は『国際世界研究所』が定めている様だ。彼らは、魔力の数値を計って判断しているらしい。しかしピスティル空中庭園に関しては、誤差の可能性があるかもしれない。



「昨日までの見回り報告は『異常なし』よ。末成は、まだ行けてないのかしら?」

「箒が無いので……」



 そう言ったら、彼女も察してくれた。茶寓さんが本当に見つけて来るのか、期待と不安が混じっている。今日の担当は、餅歌となっている。人目が付かない朝一に出発した様だ。



「その方が、彼女も安心するでしょうし」

「それって……」

「あら、話してくれたの?」



 餅歌の事情を、知っている限り話す。白鶴団長は目を瞑りながら頷く。彼女との思い出を辿っている様だ。一通り話し終えると、微笑んだ。



「アンタ、見る目があるわね」

「えっ」

「生い立ちという宿命で、全てを決められる人生だなんて……そんなのゴメンだわ。でも、あの子は……アタシにはを、ずっと抱えている」



 誰かを嫌悪する事が、この世から消え去る事は無いだろう。何故なら、その人の事を知ろうとしないから。確証の無い噂だけで、全てを決めてしまうからだ。六家罪の方達は、辛い立場にずっといる。

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