1-33 ブルーム・ランウェイ⑤

 餅歌は、色鉛筆で描いたようだ。雲一つない夜空の中に、無数の光り輝く円を描いている。他は何も無い。これは、流星群だろうか。



「彼女は幼い頃に、一度だけこの景色を見た事がある様だよ。ただ、場所も時期も覚えていないようだ。ただ、これだけが脳裏に焼き付いていると、話してくれたよ」

「俺も、見てみたいです」

「私もさ。こんなに美しい景色なら、ネットニュースにでもなりそうだが……これに関する情報は、どこにも掲載されていなくてね。難航中さ」

「祝和君も知らないんですかね?」

「そのようだ。恐らく、二人が出会う前に見た景色なのだろう」



 そう言えば、二人はいつ出会ったのだろうか。あんなに仲が良いから、まだ意外と浅いのかもしれない。それか、恋人で言う『倦怠期』を乗り越えた後なのかもしれない。祝和君に聞いたら、答えてくれるだろうか。



「この階の廊下は、より豪華ですね。部屋は無いんですか?」

「一つだけあるさ。ここだよ」



 一番奥に、大きな扉がある。儀凋副団長は両手で押し開ける。中に入ると、席の行列が視界に飛び込んで来る。前を向くと、舞台が横一杯に広がっている。どんちょうは上がっている。思わず学校の体育館を連想してしまう俺は、どう考えても田舎者だ。



「ここは大会場だよ。ここで、凱嵐が演技の練習をしたりするんだ。しかし今の期間は、フロートが置かれるだろう」

「あ、『いろしもの』のですか?」

「ルィ! まだまだ始まったばかりだが、完成させるさ」



 テーマは『植物』と言っていた。この王国は、自然が豊かだから色んなヒントを得られそうな気がする。当日になった時に、完成品を見るのが今から楽しみだ。



「今は演劇用になっているけれどね。ランウェイ用に、ステージの構成を変える事も出来るんだ。凱嵐が練習出来る為にね」

「ランウェイの練習をするんですか」

「勿論さ。堂々とした立ち振る舞いをするには、衣装に着せられてはいけないからね。オーディエンスは、歩き方もしっかりと見ている」

「美しいんだろうなぁ……」



 ステージの中心で演技している白鶴団長、ランウェイの中央を歩いている白鶴団長。どちらも想像するだけで眩い。儀凋副団長達は彼女を支える為なら、裏方を当然のように手伝うだろう。



「舞台の最も奥にある、ホリゾント幕の中には……」

「中には……?」



 舞台に上がった儀凋副団長は、口で答える代わりに幕を上げる。すると、横一列に並んでいるマネキンが出て来た。どれも、日常では着る事が無い様な服装だ。全部で十二人いる。



「全部、白鶴団長のですか?」

「ルィ! 特注品だからね、大切に保管してあるのさ」

「どうしてここに? 自分の部屋には置かないんですかね?」

「ふふ、彼女の部屋にも、マネキンは沢山いるよ。でも、彼女が言うには……」


『この洋服達は、アタシに勇気をくれる。だから、舞台の後ろから見守ってて欲しいの』



 思入れのある洋服は、然るべき場所に置いておきたいのか。ここで練習していると、自分の望み通りに行かなくて落ち込む時もあるようだ。そうなったら、このマネキンを見て自信を取り戻していると、儀凋副団長が頷きながら説明する。



「彼女も人間だからね。全てが上手く行く訳がないさ。しかし、何か思い出があるならば。その過去が、彼女の背中を押す手となるのだろう」

「……そうですね、きっと」



 勇者さんも、この衣装を見た事があるのだろうか。もしもそうなら、十五年よりも前から大切に保管されているという事になる。不可能と思うかもしれないが、マネキンの大きさがバラバラなので、本当にその通りな気がしている。



「手入れは全部、彼女がやっているからね。私ですら、触れる事を許可されていないんだ」

「それは大変。よく見ると、防衛魔法が張ってありますね」

「徹底的に管理しているのさ。埃が一つも付かないように」

「そこまでするんですか」



 衣服というのは繊細で、すぐに黄ばんでしまうし、皺がついてしまう。手入れがとても大変だから、安いのを求めてしまうのだ。白鶴団長は、それすらも大切にしそうな気がしている。



「凱嵐がここで練習する時は、団員は依頼を出来るだけ早く終わらせるように心がけているんだよ。なにせ『殿下』の御膳に立ち会えるからね!」

「殿下?」

「凱嵐の渾名さ。女王様は別にいるよ。いつの間にかそう言われるようになったと、話してくれたよ。いつ頃だったのかは、覚えていないようだ」


『……英雄が付けてた……』


「え」

「? どうしたんだい?」

「あ、いや、何でもないです。良い渾名ですね」



 今まで一言も話さなかった勇者さんの言葉に、思わずリュックを見てしまった。儀凋副団長に不思議がられたので、苦し紛れに誤魔化した。とても不自然だったと思うが、彼は追及しなかった。


 英雄さんが付けたようだ。彼女の事も忘れていると思うが、渾名は団員に広まっている様だ。白鶴団長が思い出してくれたら、付けてもらった時の話も聞けるようになるだろうか。



「さぁ、最後に私の部屋に行こう。漸くお披露目するよ」

「何を見せてくれるんですか?」

「私の『唯一魔法』だよ」



 鼻歌を歌いながら扉を開けて出ていく彼の背中を凝視し、三テンポ程遅れて大会場から飛び出した。

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