散歩編

1-11 到着と再会

 布団さんは現在、時速900kmで進んでいる。ゼントム国からケルリアン王国までの距離は、約3000km。つまり、3時間と少しくらいで到着するって訳だ。


 こんな速度で進んでいたら、誰も捕まえる事は出来ないだろう。だけどこの世界では、自分の乗り物だったらいくらスピードを出しても咎められないようだ。


 いわゆる『自己責任』という形らしい。これだと交通は乱れまくっているのではないかと心配になるが、皆も事故には遭いたくない様なので、普通の速度で走らせている様だ。



「ぽっぽっぽ♪ 球根から♪ 地面から♪ 砕いて魅せるのよ♪♪

 時には棘もつけちゃって♪ 時には毒を含んじゃうけれど♪

 見る人忽ち魅了されるに違いないわ♪♪ ぽっぽっぽ♪」



 餅歌はケルリアン王国の民謡である『ぽっぽっぽ』を口ずさんでいる。俺は、隣で合いの手を叩きながら聞いている。さっきイルカのアーチを潜り抜けたので、俺も彼女も気分が良くなった。



「見えましたよ千道サン!」

「お、あれか!」



 彼女が歌うのを止めて前方を指す。確かに陸地が見えて来た。この国も、ゼントム国の様に島国らしい。でも隣国との距離が近いし交通機関もあるので、他国へ行くのは楽だろう。


 奥の方に見える浮遊島に、巨大な花が咲いている。あれが十中八九、クリムチック・テランスだろう。ここから見ても分かる位に巨大だ。



 ―美景の花園 ケルリアン王国―



「うふふ! 無事に辿り着きましたね~!」

「ありがとう、餅歌と布団さん」



 無事に着地し、地面に足を踏み入れる。布団さんも飛び跳ねて喜んでいる。


 若草が一面に広がっており、小さな花が咲き誇っている。小鳥や小動物が当然のように生息しているので、豊かな国なのだろう。



「ここが『国立パルブ公園』です。ワープポイントはこっちですよ~!」



 走り出した彼女の後ろをついて行くと、ワープポイントにたどり着く。星型の岩にはそこの名称が書かれているようだ。


 正団員証明書を取り出し、台座の上に置く。



『ワープポイント―――登録完了』



 機械音が流れ、台座が一瞬光る。これでやっと、ケルリアン王国へ自由に行けるようになったので、一安心だ。二十二個を制覇出来るかは分からないが。



「え~っと、祝和クンは……あ、いた!」



 また走り出す餅歌について行きながら、公園を見渡す。


 ここには『トピアリー』という、庭木を彫刻的に仕上げられたモノが沢山並んでいるようだ。兎や猫と言った動物だけではなく、バラやパンジーなどの花もある。


 どれも高度な技術が必要だろう。職人も拘らないと、ここまで高いクオリティーを出す事は出来ないだろうな。



「おぉ、これが一番凄いな」



 俺が指したトピアリーは、花束の形をしている。


 遠くから見ても分かる位に、一つ一つの花が綺麗に表現されている。包み紙がどこからなのかも分かるし、リボンもとてもお洒落で、実際に結ぶのが難しそう。



「これを作った人、達人なんじゃない?」

「うふふっ、凄いですよね〜! 実はこれ、凱嵐サンが作ったんですよ」

「……えっ!?」

「ここにいたら、『中々見る目があるじゃない』って、絶対褒めてくれますよ!」


『彼女は手先が器用ですからね』



 そうだったのか。トップモデルという『気高さ』だけじゃなくて、繊細な技術の持ち主であり、国に寄付する『寛容さ』を持ち合わせているようだ。



「お〜い、お〜い! 祝和クーーン!!」



 餅歌は右腕を全力で左右に振りながら、ベンチに座って小鳥を眺めている美少年へ駆け寄る。こちらに気づいた彼は、立ち上がって向かい出る。



「おかえり」

「ただいま~……待っちゃった?」

「いや、今来た」



 彼女は安心している様だが、後ろの人だかりを見る限り本当にそうだったとは信じがたい。彼もソフィスタの制服を着ている。助けてくれた時と、同じ格好だ。


 彼は俺を見て、フゥと笑いながらヒラヒラと手を振る。



「久しぶりだねぇ、思ったより元気そうじゃん」

「……! 覚えててくれたのか!」

「そう簡単には忘れられねぇ奴だし」



 彼の記憶の中に俺という存在がいた事を、何故かとても嬉しく感じている。思わず彼の両手を握ると、驚かせてしまった。しかし彼が言葉を発する前に、正面から伝える。



「ありがとう!!!」

「は?」

「最初に助けて貰った時にお礼を言ったけど、伝わらなかった。

 『翻訳魔法』をかけて貰った後、言えてなかった。

 だから、今言えて良かった……本当に、良かった……!」

「……あぁ、そう?」



 この感謝の熱量が、彼にはそんなに伝わっていないらしい。この職業は『救出』が当然の様に行われるから。だから、別に良い。俺が満足すれば、それで良い。



「改めて言わせてくれ。俺は末成 千道。君の名前は……餅歌から聞いた」

「そうだったんだぁ」

「おう。改めてよろしくな、祝和君」

「よろしくねぇ、



 二度も名前を教えたが、呼び方は変わらないらしい。これは彼の癖なのだろうか。とは言え、悪気がある訳でも酷い内容でもないので、このままで良いかと思う。



はもう少しかかるって」

「そっかぁ」

「……ん??」

「じゃあ、ここら辺歩く?」

「そうだね。イモく~ん、こっちだよぉ~~」



 二人はもう歩き始めている。この時は慌てて追いつこうと走り出したので、一瞬脳裏をよぎった「どうして餅歌は普通に呼ぶの?」という疑問を投げるのは、随分先になってしまうのだ。

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