祈答院 祝和

1-35 ギクシャク朝食

4月6日


 大食堂へ行き、朝食を運んで端の席を探す。今日もそこで食べようかと思って向かうと、祝和君が一人で食べているのを見つけたので、同席する。


 本日のメニュー(朝)


・エッグベネディクトのエビフライ添え

・日替わりサラダ

・葡萄ゼリー


 祝和君は大欠伸をしながら、まさかの手掴みでエッグベネディクトを、豪快に口を開けてバリバリと食べている。手の汚れとかは気にしないのだろうか。サラダはもう完食しているようで、多分ゼリーも一口で食べる。



「今日は餅歌と一緒じゃないんだな」

「朝の六時だし、まだ寝てるよ」

「それもそうか」



 まるで会話が続かない。これは俺が陰キャだという事実と、餅歌が居ないからという二つの状況が重なった結果だろう。祝和君は食べ終わったらすぐに席を立ってしまうだろう。折角会えたので、もう少し話をしたい気持ちがある。



「今日はどんな依頼が来ているんだ?」

「いつもと変わらねーけど」

「シニミ討伐とかか?」

「うん」



 速攻で終わってしまった。今の俺は、まるで一方的にメッセージを送りつけている、めんどくさい彼氏の様な立ち位置になっている。スタンプしか返さない彼女のように、会話を続ける気が無い祝和君だが、機嫌は悪くなさそう。餅歌がいないと、いつもこんな感じなのだろうか。



「……あのさぁ」

「お、どうした?」

「……そんな嬉しそうな顔しても、つまんねェ話だけど」



 表情に出ている様だ。勇者さんや茶寓さんの様な、目上の人とはずっと話しているけれど、もっと近しい人とは中々話す機会が無いのが現状だ。それに、友達がいなかった身としては、こうして話しかけられるだけで嬉しくなるのだ。



「イモ君は、人が死ぬ瞬間を見た事ある?」

「えっ?」



 あまり、食事中に話すような内容ではない気がするが、祝和君は構わず続ける。かという俺も、嫌悪感が出るよりも、この話はしておかないといけない気がしているのだ。



「シニミから、解放された方なら見たけれど……そうじゃないんだよな?」

「うん。生身の人間の話」

「祝和君はあるのか?」

「ない人の方が珍しいよ」



 ソフィスタは、人助けをする組織。でも、それが必ずしも全員助かると言う訳ではないのだ。犠牲になってしまう方だって、殺さないといけない奴だって、この先沢山出て来るのだろう。



「誰かを助けたいだけなのに、まぁ上手く行かないもんだよねぇ。犠牲者にしろ、殺した奴にしろ……顔は覚えているよ」

「誰かを、助ける」

「イモ君はいるの? 絶対に助けたい人」



 リュックに目をやる。中には勇者さんがいる。彼も十二年前に、ナイトメアを倒す為に犠牲を出してきたのかもしれない。でも、今は何も出来ない自分の事を嫌っている。


 前に、彼から「君はこの惑星の人じゃない」と、無理して干渉しなくても良いと言われた事を思い出す。地球では手を汚さなかったのに、ここで殺める事をして欲しくないのかもしれない。


 ……でも、この世界自体が地獄なのだから。俺はもう、更に落ちる覚悟を決めないといけないのだ。奈落よりも、もっと奥底まで落ちるように。



「二人いる。助けられたら、俺はどこまで落とされても構わないよ」

「そうなんだ。イモ君って意外と意志が固いよねぇ」

「どういう意味だそれ」

「最初は泣き喚いてたのにな~って」

「ま、まぁ……シニミは怖いし。何も出来なかったし」



 この惑星に降り立った瞬間、シニミに襲われた運の悪さは、地球から引き継がれる宿命だったのだろう。しかし祝和君が助けてくれたので、こうして生き延びる事が出来ている。



「でも気を付けなよねぇ、暗殺集団もいるし」

「それって、餅歌を襲って来た奴らの事か?」

「あ? なにそれ」

「え、何も聞いてないのか?」

「聞いてない。何があった?」



 この一言で完全に目が覚めたらしい彼に、俺が最初にケルリアン王国へ行く時、ドラングリィ総軍に追いかけ回された話をする。餅歌は話していなかったのか、意外だな。



「餅歌の痣を見たのか」

「かっ、彼女から見せてくれましたので、どうかご容赦下さい……」

「あぁそう。じゃあ切り刻まないね」



 あの痣を鮮明に覚えている。中々忘れる事は出来ない。祝和君は勿論知っている様だ。あんなデリケートな部分だから、彼は色んな意味で骨を出して切り刻むだろう。正直に言わなかったら、俺もサイコロステーキになっていたかもしれない。



「……相談してくれない」

「ん?」

「餅歌はいつも、こういう話をしない。したくないって事は分かるけれど、襲われたらダメじゃん」

「そうだな。その……白鶴団長は、知ってるのか?」

「うん。だから匿ってくれている」



 やはり彼女は先入観に囚われずに、餅歌そのものを見てくれている様だ。非・戦闘団員になったのも、外出する機会を減らす為だそうだ。



「魔法薬が得意だから、そこを買っているんだと思う。一度脱退しようとした餅歌を止めたのは、タケ君副団長だったよ」

「退団しようとしたのか?」

「バレちゃった時にね。それ以来、全く話さなくなった……誰にも頼れないって、思っているのかも」



 一番仲が良いであろう、祝和君にすら話さなくなったなら、俺にも心を開いてくれる訳が無い。痣を見せて貰ったのは、俺が六家罪という存在を知らなかったというのと、たまたまドラングリィ総軍に襲われたから。



 ただ、それだけ。

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