1-49 『人助け』という仕事

 どうやら祝和君は、朝の疲れから昼飯を食べ終わった後、爆睡していたようだ。跳ね起きてここまでダッシュで来たと、息を切らしながら説明される。



「落ち着け、骨騎士。ほら、ダージリンだ」

「ありあと……」

「ここ、壁だっただろ? どうやって入って来たんだ?」

「ンなもん蹴り破ったに決まってるでしょ」

「わぁ乱暴」



 俺の隣に座った祝和君は、一気に飲み干す。大声で突進してきたので、奥の部屋にも響いてしまったのではないかと思ったが、どうやら『防音魔法』が施されているらしい。



「お嬢が末成と、ゲーセンデートしたんだと」

「は?」

「ちょ、何で骨を出すの……止めて止めて! 頸動脈をつんつんしないで!!」



 餅歌とゲーセンで遊んだ事について、色々尋問された。何も変な事はしていません、許して下さいと言うと、あっさり骨を引っ込めた。



「今度は三人で行きたいって言ってたから、必ず行こうよ」

「そーだね。イモ君の事はボコボコにしてやるから、首を洗って待ってな」

「その言葉、そのまま返すぞ~?」

「で、何の話をしてたのさァ。イモ君の殺気が駄々洩れだったよ」

「うっそ!?」



 そんなに漏れていたのかと、少しショックを受ける。シンサスさんは、俺と話していた事を、祝和君にも伝える。全てを聞き終えた彼は、青筋を立てて骨を折り始める。



「つまり、第四軍団を壊滅させれば良いんだね?」

「今日の朝に会った奴か。単独行動していたみたいだけど」

「というか、俺達の事を知っているのに、全く襲って来る気配が無い」



 第四軍団も、ケルリアン王国に基地があるらしい。過去では、白鶴団長達が返り討ちにした事もある。しかし最近は、襲う気配が無いようだ。



「何か、作戦を練っているのかもしれんな。お嬢を隠しておく事に、変わりはないだろう」

「作戦……」



 奴らは、テレスコメモリーの事も知っていると言っていた。もしかしたら、対峙する時が近づいているのかもしれない。



「でも第四軍団を倒した所で、ドラングリィ総軍が無くなる訳じゃないよな」

「アイツらの構成は不明だ。軍団もいくつあるのか分からない。ただ、国際世界組織とまではいかなくても、そこそこに有名だから大人数だろうな」

「えーっと、世間一般では『庇陰軍団』って言われているんでしたっけ?」

「そうだ。普通は一般人の助けをしている様だからな。その代わり、様々な情報を得ている……と言ったところか」



 こう聞くと、まるでボランティア団体の様だ。本当は俺達とバチボコしているのに、一般市民は何も知らない。



「嫌なポジションですね」

「医療機関も、患者さんから耳寄り情報を聞くが……収集力は、奴らの方が上かもしれん」

「別に……どんなに情報が出回っても、関係無いよ。ただ殺せば良い」



 祝和君の横顔は、冷たい池の様な闇を纏っている。餅歌の安寧をどうしても守りたいから、自分が汚れ仕事を引き受ける覚悟でいるんだと、肌で感じ取る。



「……殺すのか?」

「餅歌の事を利用する気でいる奴らは、ね……可能性は著しく低いけれど、もしかしたらもいるかもしれない。そいつらは殺さないよ」

「そっか。……じゃあ、俺が改心させてみせるよ」

「え?」

「彼らが『これは間違っている』って分かったら、改心してくれるだろ? そうなったら、祝和君は手を汚さなくて良いんだよ」



 ドラングリィ総軍の中にいるであろう、ナイトメアを信仰している人達に、アイツのどこに惹かれたのか、本当にこの道で合っているのかを、聞いてみたい。もしも惰性で動いていると言うのなら、目を覚ましてやるのもソフィスタの仕事だと思う。



「これも立派な『人助け』になるだろ?」

「……うん。そーだね」

「末成は優しいな。茶寓様が気に入っている理由も、分かる気がするぞ」



 茶寓さんが『国際世界長会議』で、俺の事を得意げに話していたと、シンサスさんから聞かされる。あぁ、だからちょいと有名になっているのかと納得すると同時に、彼の期待に応えようと、意気込むのだった。



「お疲れ様でした、餅歌ちゃん」

「はい、ありがとうございました!」



 奥の部屋から、リゲウナさんと餅歌が出て来た。検査が終了した様だ。結果をまとめた紙は、白鶴団長に渡すらしい。時間を見ると、午後九時になっていた。



「わぁ、祝和クンがいる!」

「ごめんね餅歌……俺、寝こけちゃった……」

「大丈夫だよ、千道サンが来てくれたから!」



 餅歌を見た瞬間、しょんぼりする祝和君が珍しくて、二人の後ろから凝視する。彼は本当に、彼女を前にすると人が変わったようになる。



「俺はいつでも、ここで暖かい飲み物を用意している。またおいで」

「お大事になさって下さいね」



 二杯も飲んだのに無料にしてくれた。シンサスさんとリゲウナさんにお礼を言い、部屋から出る。後ろを振り向くと、もうただの壁に戻っていた。



「えへへっ、久しぶりに沢山話せました~!」

「楽しかった?」

「うんっ! 明日も頑張るよ~!」



 俺と祝和君の間を歩く餅歌は、無邪気に笑っている。この子が辛い思いをする必要なんて、一つも無い。いつか美味しいご飯を食べて、好きな恰好をして街で買い物して、穏やかな夢を見て寝て欲しい。



「明日は何かあったっけ?」

「ピスティル空中庭園の観察~」

「観察? 花と植物のか?」

「いえいえ。あそこ、危険地帯になっているので……上空から、非・戦闘団員が日替わりで見守っているんです」

「へぇ~……。……。……え、危険地帯!?!?」



 普通に聞き流しそうになったが、トンデモ発言に反応してしまった。どうやら、あの浮遊島はもうずっと前から、危険地帯に認定されてしまっている様だ。

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