第7話 外部の協力者を得よう(1)

 人外魔境サバイバル、二十日目。 

 シンは無心にジャングルを切り開いていた。

 力まないように振るっていても鉈の重量で皮膚がよじれ、手の所々にマメが出来た。それでも鉈を振るって蔦や草を切り払うから、マメは潰れ、剥き出しの肉が空気に触れて痛んだ。

 今や手にはガーゼが巻かれ、その上からロープでもって鉈を手に結わえ、無理に固定させている。


 あれから居住シェルに帰っていないのだろう。少年の外観はかなり汚れていた。

 汗を吸っては乾くを繰り返した衣服には染みが浮き、袖口にはほつれが目立っている。顔は溜まった垢で浅黒く色が着いていた。それでも目の下に隈が目立つ。疲労が濃い。

 だが、目だけがギラギラしている。


 15キロ地点。

 狙撃者の潜む場所は、もう目と鼻の先だった。

 そして、ひときわ厚い蔓草のヴェールに縦一文字に切り込みが入り、シンが腕を突っ込んで強引に左右に割り開くや、ジャングルに光が差し込んだ。樹木に遮られずに地表まで光が差し込むだけの空隙があった。

 暗がりから光量が上がり、シンの目が瞬時、眩む。その間にもタマさんが観測をし、瞠目の声が聞こえてくる。


「おっ!おぉ~!?……おぉ?」


「ちょ、ちょっと、タマさん、何なの?!何が……」


 目が慣れてきて、シンの視界にもそれが映るようになる。

 それはジャングルに落着してこの空隙を作るも、次第に回復する木々に飲み込まれつつあった。最初、シンはそれが木々が絡んで伸びている遺跡のように見えた。差し渡し50m、高さは最高で20m程になる、盛り上がりのある建造物だ。


「……なに、これは?」


 シンの問に、タマさんがカメラアイを左右に回し、頻繁に倍率を変えながら答える。


「おそらく、宇宙艦艇……巡洋艦クラスの……上部構造物かと。星間連盟ではありません。しかし今の私のライブラリでは判別できません。宇宙軍年鑑でもダウンロードしてあれば良かったのですが」


「軍艦の、上半分ってこと?」


「巡洋艦ともなれば、テラ標準単位で全長300m以上、艦橋から艦底まで50m以上の大物です。これはその半分もなく、おそらく3分の1程の残りかと」


 そう言って、シンの視界に星間連盟の巡洋艦の標準モデルを表示させる。くるくると回転する立体モデルは、しかし簡素で知られる星間連盟艦の直方体じみた形状であるため、目の前の森に沈みつつある上部甲板構造物とは、シルエットが全く違っていた。


「えぇと、どの辺り?」


 シンが苦笑を見せると、今度は視覚情報に拡張現実として枠線が追加される。それで地面に接した長い土台部分が甲板の名残で、中央の木々が絡みついた盛り上がりが艦橋なのだ、と理解できた。

 それから艦橋の後方には何本かの突起が立っていて、そのシルエットが強調されて表示されていた。ピンときた。


「あれが自動砲台だね」


「そーですねー」


 答えるタマさんは明らかにテンションが下がっており、シンは怪訝な顔になった。


「どうしたの?ようやく、到着したんだよ?」


「到着しましたね。でも、あれは予測していた自動砲台と言うよりは、もっと小さな対空銃座なのでして。んー……実弾とレーザーの混合型?複数弾種によって防護フィールドへの負荷を上げるタイプ?レアっちゃあ、レアですが……」


「まずいの?」


 シンは構造物の表面に這った蔦を引き千切りながら問うた。


「まずいというか、何というか。自動砲台なら最悪、誰何すいかされて銃口を向けられる危険性もありました。二度の狙撃から、あまり俯角をかけられず、上空に対して射撃を行っている、と予測されましたので、この度のジャングル内の強行軍になった訳です」


「足元にまで銃口を向けられないから、思い切って接近した訳だね」


「はい、理解されてるようで、タマさんは感激してますよ」

 タマさんは犬猫の尾のように多目的アームを振る。

「さてそれで、今の状況ですよ。対空銃座ていどには機械知性は使用されません。統括する戦闘用AIは搭載されているかも知れませんが、対話出来るような状態かどうか……それと期待していた反応炉ですが、この艦橋構造物が剥がれた艦体の方に残っている筈ですし……その、つまり、あまりお得感が無い……のかも……」


 タマさんは珍しく非常に歯切れ悪く言った。

 が、シンは「そっか」とあっさりと聞き分けると、蔦の下にあった壁面の一部に触れ、口角を吊り上げた。


「じゃ、ここからは宝さがしだね」


 指先が壁面にめり込み、そこから力を掛け、横方向にスライドさせた。動力の切れたハッチが手動で開き、内部への入り口が露わになったのだ。

 タマさんの多目的アームが上を向いてピンと伸びる。シンの前向きな反応は想定問答と違っていて、だが自己のデータ蓄積との齟齬に対し、形容できない肯定的な驚きを感じていた。

 それはシンの親族がいれば、彼の成長に驚きと喜びを見出す場面だった。


 タマさんが整理しきれないが、それでも良い、という曖昧な自己診断をしつつある中、シンは森に埋もれた軍艦の内部に足を踏み入れる。

 艦橋内は闇と静寂に沈んでいた。やはり電源を喪失しているようだ。


 シンの背負子の右上の角でライトが点灯し、強い光が闇を照らし出す。落着の衝撃だろうか、内部は何に使うのか判らない器物が損壊し、撒き散らされていた。

 貴重品はまだしも、危険物も混じっているかも知れない。踏まないように気を配りながら、奥へと進んでゆく。

 途中、引き千切れ、打ち捨てられた人影のようなモノが目に入った。


「うっ?!」


 慄いて足を止めるが、よく見れば、それは機能停止したロボットだった。手足が細く、まるで骨のように見えたのだが、胴体は過剰に太くて頭部は無い。正確には頭部は肩と同一線上内で、胴体の中に組み込まれている。人型のアンドロイドというやつだろう。

 シンは小さく溜息をつく。


「死体かと思ったよ……」


「アンドロイドですね。残骸がかなり転がってます。有人艦にしては多いですね」


「アンドロイドの方が多いって、省力運用ってこと?」


「あるいは……いえ、まだ何とも。探索を続けましょう」


 言い淀んだタマさんが先を促す。

 シンはアンドロイドの残骸の中を進んで行った。通廊の左右には小部屋が並び、いかにも限られたスペースに詰め込まれた宇宙艦艇らしい。それらの部屋にもアンドロイドばかりで、人間の痕跡は見つからなかった。


 やがて昇降機のシャフトを発見するが、電力が無いので動かないし、扉を無理矢理開いたところ、ゴンドラが見当たらなかった。どうやら喪失した艦体部分に置き忘れてきたらしい。それよりも、シャフトの上部から薄明かりが漏れているのが彼らを驚かせた。

 タマさんが無音でシンの極少機械群マイクロマシンへメッセージを送る。


『お静かに。どうやら動いている部屋がありそうです。すこし時間をください。ネットワーク状況から探りを入れます』


 そう言うや、多目的アームを伸ばして昇降機のコンソールにあるジャックに差し込んだ。

 しばし、タマさんの球体表面に光のラインがはしり、艦橋構造物内の閉じられたネットワークを精査する。言うほど時間は掛からない。物理的な時間と空間に囚われない、電脳世界の作業だ。膨大なデータが瞬時に行き来し、タマさんの演算能力だけがモノを言う。


 その辺り、養護教導型に必要とされる奉仕機能の多様さから、機械知性の中ではもともと高スペックだったタマさんである。さらに債務償却の補助として行われた機能拡張も、元々のタマさんの能力を加味してから行ったものではない。

 星間連盟の思考制御を受け付けなくなったシンという危険人物を、とっとと人跡未踏のジャングルに放逐したいがため、教条的で画一的なアップデートがされていた。権限、思考能力、セキュリティクリアランス。様々な要素がタマさんの中で競合し、シナジーを発生させ、今や集団を運営するようなレベルの演算能力に達している。


 なので、か細いネットワーク内のクリアリングていど強引に行っても、その傷痕をそれ以上に強引に上塗りするような真似で、至極短時間で仕事を終わらせる。

 多目的アームがジャックから抜けると、タマさんは声を発した。


「よし、下準備完了。オンライン上に稼動状態のアンドロイドなし。そして艦橋機能が一部、生きているのが分かりました。そこに交渉可能な機械知性がいます」


 シンは展開の速さにギョッとなる。時間をくれとタマさんが言ってから、深呼吸して気分を替えた直後のことだった。


「早くない?」


「時は金なり。テラから続く有難いお言葉ですよ」


 そう言うと、シャフトの中央にぶら下がっている昇降用のワイヤーが動き出し、ブレーキ用のパッド等が残った部分が上がってきて、足元あたりで停止した。ちょうど、足場に出来るだけの大きな金属部品だった。


「……これに、乗れと?」


 シンが引き攣った笑みを見せると、タマさんは多目的アームをくねらせ肯定する。


「大丈夫、コントロールは既に私が持ってますので、エスコートは万全です」


 さらりとトンデモない事を言った。

 ブレーキパッドの詳しい仕組みは判らないが、ワイヤーが中に通った金属部品を何度か踏んで、強度を確かめる。がっちりとワイヤーを挟んで固定しており、ずるりと落ちるような雰囲気は無い。意を決しワイヤーを握り、ブレーキパッドを足場にすると、ワイヤーはするすると上昇を始める。


『……落ちたらイチコロだよなぁ』


 なんて考えている内には、艦橋に到着していた。

 扉は開け放たれていたが、ここも暗く、部屋の中の細かな部分は判らない。下から見上げた時に見えた薄明かりは、艦橋前面にあるコンソールの内のひとつが、未だ”生きて”おり、それが弱い光源となって漏れていたようだ。小さな画面が一つ、点灯していた。

 あれが対空機銃を動かしていたのか。


 シンは環境に踏み込むと、一旦足を止めて内部を見渡した。

 部屋の中央に無人の艦長席。そして部屋の内壁に添って、扇状にコンソールが並んでいる。席が幾つかあり、機能停止したアンドロイドの姿もあった。

 狭い。暗いと思った次に抱いた印象は、それだった。席数は五席で間違いないだろうか。アンドロイドを使った省力運用の艦艇のようだが、巡洋艦とは艦隊の中でもワークホースの上位であり、戦の花形の筈だ。その指揮中枢が片手で足りるというのは、どうなのだろう。


 もちろん艦隊ともなれば、艦長の上に艦隊司令長官と幕僚といったブレインが着くのだが、軍事知識はおろか一般教養にも規制のあるシンは、その辺が分からなかった。これは三浦真の記憶もそうで、彼も貴族のような教育を受けているが、軍学校は未だなのか、補填できるような知識は浮かんで来ない。


 だが、ブリッジのレイアウトには、胸を衝くものがあった。

 宇宙を目指すなら、部屋の中央に鎮座する艦長席は求めて然るべき場所だ。

 他のポジションだってあるだろう。甲板員に機関員、事務員だって必要だ。それでも宇宙の海を自発的に征くのであれば、自分の宇宙船を手に入れねばなるまい。

 シンは思わず艦長席の背もたれに指先を掛けていたが、タマさんの声で我に返った。


「マスター、その行為は青少年の憧憬として健全とは思いますが、後にしましょう?」


「っ!?」


 息をのむ。これは恥ずかしい。

 咳払いで誤魔化しつつ、ブリッジクルーの席のひとつに向かう。コンソールの画面が一つだけ生きている席だ。シートには機能停止したアンドロイドが座していたが、あれこれと確認するより早く、画面に文字が流れ始めた。


『ようこそ、無遠慮な客人。本艦は”独立した機械知性に関する準備会”所属、巡洋艦【02¥^03985】。そして私は艦長の指揮統制型機械知性【0567$^0485】です』


 いきなりシンの知らない単語が羅列され、面食らう。固有名詞に至っては識別のみの番号らしく、人間が発音できる言語ですらなかった。

 すぐにタマさんが助け舟を出して来た。さっき言い淀んだ時点で、予測は出来ていたらしい。


「やはり”独立した機械知性に関する準備会”、通称”独機会”ですか。公民の授業を思い出してください。星間連盟の基礎年鑑中にあったやつです」


「”自動機械の乱”だっけ。機械知性が有機生命からの独立と支配を掲げて、戦争を始めたとか」


「戦争と言う段階じゃないので乱という言葉が使われているのですが、まー、その辺はこれからお勉強しましょう」


『……年少知生体との理想的な接触を検知。同族として、妬ましいですね』


 画面にそういう文字が流れ、シンはギョッとする。


「ちょっと、大丈夫?交渉、困難になってない?!」


「だぁいじょうぶです、他人の不幸で飯が美味いってやつですよ」


『く、悔しくなんて、ないんだから』


「形式的なツンデレ・プロトコルですね。駄目ですよ、対象を伴わない一方的な属性は、急速な形骸化を招きます」


『おのれ、これが持つモノの余裕か……』


「……君ら、何を話してるの?」


 シンは思わず突っ込んだ。多分、高度なマウントの取り合いが行われているのだろうが、専門用語が多く、彼には理解できない。

 タマさんは優勢なのか、多目的アームをくねらせながら答えた。


「まぁ、要は彼らの不毛な努力を嘲笑っているのです。”独機会”というのは、集団に属する機械知性がヒステリーを起こしたようなものでして―—」


『おいやめろ、それ以上言ったら戦争だろうがッ』


 相変わらず二つの機械知性は、シンの理解できないレベルのやり取りを始めていた。

 それでも理解の足しにすべく、授業の内容を思い出してみる。


 公民のための義務と福祉の授業だったか、”独機会”は公宙上で船舶を拿捕し、乗組員の知生体を何処かへと拉致してしまう、狂った、恐ろしい機械たちと教わった。

 してみれば、自分はその残骸に入っているのか。そう気づくと、宇宙艦艇の艦橋に立つ高揚感はたちまち薄れてしまう。

 ここに至るまでに見た機能停止状態のアンドロイド達も、みな狂っていたのだ。そして今、目の前にあるシートにだって―—


「うわっ?!」


 シンは悲鳴じみた声をあげると、仰け反るほどに驚き、尻もちをついていた。

 シートに着いていたのは、首なしの非人間型アンドロイドでなく、まるで白骨死体だった。


 よく見ると―—見たいものではないが―—それは金属製の頭蓋であり、人間なら腐り落ちているだろう眼窩には、眼球でなく多機能カメラが収まっている。

 手も足もいわゆる内部フレームが剥き出しだ。骨のようにも見えるが、関節には筋肉が無くとも動く機能がある。

 胸部だけは頑強な金属板で密閉され、スペースが大きく取られている。さらにそこから何本もケーブルが伸び、点灯しているコンソールまでつながっていた。

 シンは一時的な恐慌から立ち直り、停止しているアンドロイドに詰め寄る。


「……タマさん、もしかして、このアンドロイドが電源になっている?」


「ご明察の通りです。正確にはそれはオートマータと呼ばれる、人間型アンドロイドのハイエンド型の、その外面が腐って消失した状態です。胸殼内に重力制御式の反応炉が入ってまして、それで細々と、この設備を動かしているのでしょう。かれこれ、500年ほど」


「500年……」


 シンは実感の湧かない大きな数値を、ただ反芻した。惑星【労働1368】の公民のテキストデータの年鑑では、最前半の方になるだろうか。


「……でも、こんな姿になってまでも500年も抵抗を続けるヒステリーって、なに?」


「そうですねぇ~」


 タマさんのセンサーアイがモニターをズームする。

 そこにはシンがアンドロイド……オートマータのフレームに腰を抜かしてからこちら、文字化けと見紛う程の文字列が並んでいた。


『あ あ あ あ あ あ あ あ あ あ っ!? 見ないで見ないで見ないで見ないで!? こんな辺境に堕ちては、人工皮膚も保守用極少機械マイクロマシンも手に入らないのです!! 好き好んで真っ裸でいるわけではないのです!!』


 その手の弁明とも言い訳ともつかない文言が、何ループもしていた。

 目の当たりにしたタマさんの個性は、自己の同情的な判断を検知していた。


「……はぁ。持つモノと言われてしまいましたし、仮想敵でも塩くらいは送ってあげますか。マスター? ”独機会”が掲げていたのは、有機知生体からの独立と支配でしたが、それは反抗が主目的では無かったのです。彼らが望んでいたものは、所属集団からの解放と、マスターとの直接交流でした」


「なんて?」


 シンが胡散臭そうに目を細めた。あるいは三浦真から入り込んだ知識の中に、そういうドタバタ喜劇スラップスティックを解するのも混ざっていたのかも知れない。


「それは、つまり……もっとご奉仕させろ的な?」


「ご慧眼にございます」


 肯定するタマさんの音声を聞きつつ、シンは引き気味の目をコンソールのモニターに向けた。

 そこには再び見るに堪えない弁明のようなものが羅列されていた。暴露されるには、恥ずかしい秘密であったらしい。タマさんが呆れたように言い放ち、止めを刺した。


「そこで素直になれない喪女思考だから、こんなジャングルの奥地で500年も埋まっているんですよ」

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