第28話 船外活動用の装備を外部に委託しよう(2)

 シンは宇宙軽トラの荷台から下ろした荷物を、リアカーで引きつつ宿に戻った。さっきも感じたが、裸一貫のようで何とも心許ない。ともすれば、なけなしの財産になりかねないリアカーの荷物は、宿のガレージに入れてもらって安全確保し、タマさんと部屋に入る。


 最初、フロントでタマさんはデリバリー系の風俗――それも難易度が高いやつ――と勘違いされたが、所有する機械知性だと説明すると、宿代が1.5人分に値上がりした。

 シン的には残りの0.5人分に人と機械知性とを区別する何かが有るのかと首を傾げる一方、まぁ割安だし良いか、と安直にも納得してしまう。


「いやー、またもソッチ系に間違われましたねー」


 タマさんは苦笑しながら、ひょこひょこ歩いて壁際に立つ。集合住宅の球体ロボだった頃からの定位置だ。


「ソレ系の機能も人工筋肉ですから、軒並み腐って落ちてるんですがねぇ……まぁ口内粘膜は顔と一緒に張り替えてるので、そーいう用途に?使えなくは無いですがぁ……」


 下唇に人差し指を当て、意味あり気に微笑む。シンは最初、何を言っているのか判らなかったが、知識としてはある口淫という言葉が不意に思い浮かんでドキリとさせられる。


 それが具体的にナニをするのか迄は知らないが、昨日は【アンブロジオ一家】のバーテンダーがタマさんの顔を隠せとも言っていた。さっきのアン姐さんにいたっては”いかがわしい店”の商品で代用したら、ときたものだ。

 ようやく、シンの中でその辺りの糸がつながった。


「あーッ!もしかしてッ、顔だけ造りが良い通訳ロボットって、そういう機能もあるって思われてる?!」


「それも宇宙一年生が、そこだけ一点豪華主義でお金をつぎ込んでいる!と、生温かい目で見られている向きまで……」


「やめろーッ!そんな目でタマさんを見るんじゃないッ!」


『あらら……』


 自分への目はさておき、ちゃんと所有権を主張しているシンに、タマさんの頬は自然に弛んだ。そしてひとしきり頭を抱えたシンは、タマさんが素早く移動するのもままならいコンディションである事を、改めて認識した。


「……外に出るときはマスクでも付けて貰おうか。余計な誤解をまねくのも嫌だし、タマさんも自衛能力は無いものね」


「そうですね。機能回復するまでは、妥当かと思います」


 タマさんはいかにも人工物な微笑に塗り替えて同意すると、わりと露骨でないとマスターは認識しない、と自己の自由裁量領域の深部に記録するのだった。


「えーと、それでお金の話だっけ」


 安普請の丸イスに腰をおろし、シンは携帯端末PDAを立ち上げながら言う。先程の仕様書を呼び出し、部屋の机の上に置いた。


「今日の買い物で金銭的余裕って、無くなった?」


「日々のサプライレベルなら問題ありません。ジャングルでの発見で得た報酬を、手堅い投資に回しています。多少の利ざや……と言いたいですが、実際は細かな株主優待で、各種費用の圧縮を行っています。しかし今回先送りにした長時間の船外活動装備や、わたしの躯体の機能回復となると、新たな稼ぎが必要になります」


「稼ぎ口の目処はある?」


「ひとまずの船外活動装備を使って、所有者のないアステロイド・ベルトでの鉱物採取ですかね」


「ジャングルの再来かぁ」


 ぼやくよう言ったシンの耳に、PDAからの着信音が届いた。以前は国策として友達がいなかったシンである。すわ、どこぞの星間企業からの宇宙スパムでも拾ったものか。


「おっ……」


 確かめると、驚いた様な、ほっとしたような声が出た。それは今日の騒動で別れたきりの、ミトからのメールだった。やわらかな赤髪の少年の姿が通信アプリに映ると、先刻の怒号や喧騒が嘘か幻のように思えてくる。


『やぁ、シン。お陰でボク等は【ヘキチナ】の宙域から離脱出来たよ。今回の詫びに、次は何か儲け話でも持って行ってやりたいが、さて、いつになるかな……』


 映像データの少年商人は、少し寂しそう微笑んだ。あとタマさんが『こいつ、あざとい』とブツブツ言っていた。


『ああ、それと、キミも何処かの辺境宙域で金を積んだ難破船の噂を聞いたなら、教えてくれないか。そう、ボクが闇市で聞いて回っていたようなヤツだよ。本当に見つかったなら、目標以外の難破船でも、充分な取り分を約束するよ……それじゃあ、またね』


 ミトが小さく手を振り、メールは終了する。【ヘキチナ】の宇宙港から時間指定で送られた、一方通行なデータだった。

 返事をどうしたものかと呟くと、タマさんが隣りからPDAを覗き込む。リンクすれば自分の電脳に映る筈だが、なぜか距離を詰めて来るのが不思議だった。


「タマさん、どうしたの?」


「いーえ、別にでございますぅー。センサーの距離設定がバグったのかも知れませんー……これ、返信用のアドレスが用意されていますね。IT系の星間企業が保有しているサーバー惑星です」


「サーバー……惑星?」


 普通では一緒にされない名詞の組み合わせに、シンは眉根を寄せた。

 タマさんが解説するところによると、銀河ネットに携わる星間企業が惑星を丸ごと所有し、自社の基幹コンピューターを保管した拠点との事だった。


「企業が増え過ぎた情報を惑星に集中するようになって既に幾星霜。物理と電脳世界の両方から守るために配置された兵力――社員――は、巨大な都市圏を形成し、彼らの第二の故郷となっていた。社員はサーバー惑星上で子を産み、育て、そして死んでゆくのだ――」


 と、まるで物語の冒頭の語りのように言うタマさんに、シンは何かの始まりを予感して息をのむ。


「――ま、ぶっちゃけ独立戦争も何もないのですけれど。なにせ家族の衣食住の安定には代えられませんからねッ」


「ないのかっ?!」

 何も始まらなかった。シンも期待外れ感に肩を落としつつ、その先を促す。

「えぇと、それで惑星ごと防衛するサーバーっていうのは、どういう了見なのかな?」


「結局、光よりも早い通信手段はありません。例外的な銀河ハイウェイの根幹をなす時空潮流などのアノーマリーを利用し、各星系のサーバー同士を定期的に並列化しているのを、メンテナンスと言い張っているのが銀河ネットワークの実体なのです」


 日頃から便利使いしていたが、確かに人類領域の何処からでも接続できるネットワークと言うのは、光速どころか情報が空間跳躍でもしない限り、実現しそうにない。


「星間国家の基幹星系と地方の辺境宙域とでは、銀河ハイウェイの整備状況が違いますので、そこを通って行われるサーバーの並列化更新に時間差や、取り扱う情報量に格差が出来ますが、ともかく、そうしたサーバーは今や各星系の情報インフラの中枢です。ので、サーバー惑星まるごとを無用の方お断りにして、物理・電脳の両面から防衛しているのです」


 そしてサーバー惑星を管理するプロバイダーが、メールの元締めもこなしているのだろう。が、タマさんが以前に言った通り、この手の疑似超光速通信は利用料金がおそろしく高額になる。

 地方商人が受注用に開設するにしても、よほど繁盛していなければ割に合わないだろう。その辺りはシンも何となく察していた。


「……惑星【H5】の布問屋か」


 ミトが聞いたらまたぞろ訂正させられそうな、雑にまとめての呟きだった。


「その気でしたら、本格的に検索も出来ますが?」


 タマさんは言うや、主の言葉を待たずにPDAのタッチパネルに指を添えた。何気ない仕草だが、その間にもPDAを通じて銀河ネットワークに捜査の手が伸びていた。


「ちなみに惑星【H5】は実在してますね。銀河帝国内の星間物質が少ない閑静な宙域です」


「それ、凄い田舎ってこと?いや、そこまでで良いよ。ありがとう」


 シンは首を横に振る。

 たぶんミトの言う店舗は実在せず、あるいはペーパー・カンパニーだろう。商談でなく、彼が探していた難破船が本命だろうか。しかも旅の目的が競合し、妨害する者までいるようだ。実は何らかの使命を帯びた、銀河帝国の公的な人物あたりだろうか。


 だが『買い食いは初めてなんだ』と無邪気に言った彼の顔を思い返すと、たぶん詮索を続ければ、自分の中に無用の隔意を呼び起こす気がした。

 だから、何も知ろうとはしない方が良いのだ。


「うん、【H5】のことはもう良いから、それよりも銀河帝国のことを知りたいかな」


 シンが話題をすり替える間には、とうにデータは揃っている。それくらいは公式情報の多い国だ。タマさんはPDAに何処かの星団図を呼び出した。


「人類領域内で有数の巨大星間国家ですね。皇帝家を中心に、幾つかの諸侯家とその星系を従えた連合王国です。文化、技術、経済、軍事、全てが高水準ですが、特に有名なのが……」


 説明をしながら彼女は星系図の一角で二本の指の間を広げるように動かす。星系図が拡大され、巨大な樹木が映し出された。

 比較対象は無いが、途方も無く巨大な幹だった。上へゆくと太い枝が無数に伸び、これまた巨大な覆いをつくっている。冬季の記録だろうか、葉は見えない。そして不思議な事に、枝と同様に野放図に伸びた根っこは、その先端まで剥き出しになっていた。


 いや、それ自体は不思議な事でも何でも無いのかも知れない。シンの目は巨樹のはるか向こうに、恒星の輝きを見付けてしまったのだから。


「き いん ざ すぺーす?」


「いえーす。人類領域最大の星間生物で、特に【宇宙樹】と呼ばれ、銀河帝国の首都でもあります。公称で幹は全周6㎞、全長は100㎞に達し、内部に1000万人の住民と皇帝の宮殿を抱えた、宇宙七大奇観に数えられます」


「デザイナーによる変形スペースコロニー?」


 シンは自身の常識に照らし合わせた折衝点を何とか口にしたのだが、タマさんは肩をすくめてやれやれという顔をした。


「マスター?現実を見ましょう?」


「その現実感が無いんだよ!なんだよ、星間生物って!?」


「稀によくありますよ、宇宙は広いですね?宇宙マグロや宇宙クジラのような食資源。宇宙ハオリムシのような超々極限環境生物群。他にも特定外宇宙侵略生物……」


 タマさんの検索に引っ掛かったのか、PDAにスペースツナ缶(カロリーオフ)だの、宇宙クジラの甘辛煮缶詰だのが、関連付けられてポップアップされていた。値段的には割高だが、需要の少ない高額ゲテモノ商品という程でもなく、割とポピュラーな物らしい。


 『もっと知りたいですか?』と聞いてくるブラウザを落として黙らせると、思い出したように疲れが襲ってきた。ミトへ短文の返事を送り、さっさと就寝の準備を始めることにした。


~ ~ ~ ~


 一夜明けて、闇市ブラックマーケットのバー、トラフィックにタマさんの姿はあった。


 開店前の店内のボックスシートのひとつに腰を落ち着け、携帯端末PDAと大量の紙束に向き合っている。絵面的にはモバイルノートPCがあるべきなのだが、彼女はPDAにリンクし、自分の電脳内で複数モニターもインターフェースもまかなってしまう。なので先程から紙束を次々とめくっているだけに見えても、数値の入力と確認を並行していた。


「いやー、助かるわー」


 と、どすどすと重い足音をさせてバーのママ、アンブロジオ・ペレイラことアン姐さんが店の奥から現れる。音の原因はすこぶる恵体なオネェである彼が、レシートの束をパンパンに詰め込んだ段ボールを抱えているからだ。


 それでもガニ股で長衣の裾をはだけさせるような歩みは見せないあたり、彼の美意識が窺われる。

 ずん、と机を揺らして、新しいレシートがエントリーしてきた。タマさんは推奨対人反応としての溜息をつく。


「こちらはバイト代が貰えるのですから、否やは有りません。が、流石に貯め過ぎではありませんか?」


「しょうが無いじゃないのよぉ」

 美意識はあるが、仕草は女々しいアン姐さんである。

「お客の活動拠点が国をまたげば、税制もかわるんだから」


「納税を真面目に行うご職業には見えませんが……?」


「えぇい、お黙りッ!闇市の町会長なんて貧乏クジ引かなきゃ、こんなの真面目にやってないわよッ!」


 あ、やっぱり好きでやるようなモノじゃないんですね。タマさんは妙な納得をおぼえた。


 レシートは【アンブロジオ一家】傘下の闇市業者が提出した取引の証であるが、表沙汰に出来ないものは削除するなり、名目を変えてあったりするのだろう。

 おそらく莫大になる闇市のあがりを、すべて闇経済としてGDPから抜かれるよりは、代表者を立てさせ、少しでも税収として回収しているのだ。そこで何らかの便宜がはかられ、それはまた海賊たちの居住地などの呼び込みに繋がる。


『【ヘキチナ】政府、意外にしたたかですね……』


 感心しながらも、猛スピードでレシートの束をめくっては数値を処理していると、唐突に指の動きが見えない何かに突っ掛かり、速度がどんどん下がってゆく。


「ッ!……ああ、これはいけません」


 指関節を動かしているモーター部が連続稼働で熱を持ち、回転率が落ちていた。

 タマさんは作業を停止すると、無表情で右手首を掴んで捻り、外殻をスポンと引き抜いた。露わになったフレームが湯気をあげている。


「まっ、タイヘンね」


 アン姐さんがカウンターから冷えたおしぼりを投げて寄越す。受け取り、熱くなった右手の下に敷くと、おしぼりの湿気が気化熱となってフレームの温度を下げてゆく。

 徐々に正常値の近付く感覚は、人間なら心地よいと言うのだろうか。


「……やはり非常用の補助モーターでは連続使用に難がありますね」

 思ったよりも早い限界に、タマさんは次善策を講じる必要に迫られる。

「試案……空冷式:ファンの風を当てて作業。液冷式:添加剤調整を行った水のホースを腕に巻く……ともに作業効率の低下、大ってところですね」


「あら、それなら良いものがあるわよ?」


 ちょっと待ってなさい。言い置いてアン姐さんは店の奥に消えると、先程と同様に何かの詰まった段ボールを抱えて帰ってくる。ドレスのように肩をつまみ、広げて出したのは、何というか、全身タイツとかゴムスーツとか言うべき代物だった。

 さすがに胡散臭そうな目をするタマさんに、全身タイツを振り振りしたアン姐さんが解説をする。


「けっこう前の話ね。粘菌の大規模コロニーが、たまたま脳のシナプスみたいなネットワークを形成した時に、集合知が発生したことがあったとかでね。これはそういう体を持たない知生体用に開発された、コミュニケーション・ツールなの。特殊な樹脂製繊維で編まれてるとかで、電気信号で伸縮するから、スーツ自体が筋肉の代わりになる。あとは中に入って指示を出すだけ。一種の強化服エクソスーツってわけよ」


「話の前半部と後半部のどちらも驚くべき内容なのですが……とりあえず、コミュニケーションの役に立ったのですか?」


「集合知を構成する膨大な数の粘菌の間で、多数決を取ってから動かし始めるから、指一本動かすにも凄い時間がかかったそうよ!」


「お後が宜しい様で」


「話を〆るんじゃないわよッ!アンタがこの中に入るの!」


 アン姐さんはエクソスーツの背をガバッと開くと、さぁ入れとタマさんへ促す。

 タマさんは目を細めて微妙な顔になる。機械知性的には乗り換えたボディを更に別のスーツで包むという非効率に、めまいでもしてきそうだった。


 だが、最大出力マキシマムでも精密動作ミニマムでもフルスペックを発揮出来ずにいるのでは、人類の奉仕者としての沽券に関わるのも確かだ。仕舞いには諦めて、エクソスーツに躯体を突っ込んだ。


 いささか古い形式の制御コンピューターとリンクが確立し、タマさんの胸部反応炉からスーツへと電力供給が始まる。スーツの伸縮機能が発揮され、彼女の現在の外殻であるアンドロイドのボディに添ってピッチリと吸いついた。


 試しに右腕を曲げて、五本の指を順にワキワキさせる。

 外皮の伸縮によってアンドロイド・ボディ内のフレームも引っ張られて動く。スムーズに指先まで連動していた。フレームの補助モーターは動作せず、帯熱も発生していない。これまでのような動きのカクつきも無い。


「――これは良いですね。自動人形のフルスペックとは比べるべくもありませんが、日常作業なら人並みに熟せそうです……ところで、お幾らですか?」


「昔の鹵獲品に混じってた、買い手も付かないような古道具よ。それ自体は二束三文で良いわよぉ……ぷぷっ」


 と言いつつ、アン姐さんは口元をデカい手で隠し、何かを耐えるように肩を震わせていた。


「あの、なにか?」


 タマさんも不審そうにして問い質すと、アン姐さんは指の合間から空気を洩らしながら笑いを堪えて言った。


「いや、アンタ、今かなりマニアックよ?」


 オネェに言われる筋合いは無いが、どこがどうマニアックなのか、タマさんは自分の状況をスキャンする。


「……!?」


 元々はアンドー1号たちと同様のアンドロイドのボディを、女性的なライン出しで加工したガワだった。それを真っ黒いスーツがぴっちりと包んだせいで、機械的印象がゼロになり、まるで真裸マッパか、裸身のシルエットのようだ。

 これではタマさんも頷かざるを得ない。


「なるほど、羞恥心は人類とは違いますが……中々に心細さをおぼえる有様ですね」


「いやーん、まいっちんぐ、とか言って良いのよ?まぁ流石にね、ストリーキングを野放しにする訳にはいかないから、少し服も見繕うわよ。お代はそれを含めてから、要相談ね」


「ご厚情、痛み入ります」


 頷いたタマさんは、もう一度その有様を確かめる。

 ピッチリと包んだ黒スーツに浮かび上がった胸のふくらみは、硬い外殻であるにも関わらず、肉感的に見えた。


「なるほど、これがフェチズム……人類の文化の一端……」


 ロクでもない事に感じ入りつつ、タマさんはふんすと鼻息を荒くした。

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