第27話 船外活動用の装備を外部に委託しよう(1)

 惑星【ヘキチナ】の古い露天鉱山の底に隠された闇市ブラックマーケット。その一角にあるバー、トラフィックは闇市を牛耳る宇宙海賊【アンブロジオ一家】の拠点であった。


 裏路地に人目を忍ぶように存在する半地下式の施設で、一体どんな企みが練られているのか。怪しげな会合より帰って来たという頭目、アンブロジオ・ペレイラ――和服の巨漢オネェ――に年嵩のバーテンダーは恭しく頭を下げて出迎える。


「お早いお戻りですな」


「夜の準備は?出来ているわね。客人もいるから、今日はもう開店よ」


 そう言ってアンブロジオは店の扉にOPENとのサイン看板を下げる。夕刻よりやや早い時分、バーが開店した。なんかもう、フツーに。

 世を忍ぶ仮の、とかいうタイプではないようだ。

 一緒に入店した手勢の皆さんも、半分くらいが店の奥へ消えたが、残りの半分は店内に残り雑談を始めていた。昨日も店内にいた、人相の悪い客たちだった。隠れ家的な店とかですらなく、たまり場なのだろう。


 シンとタマさん――アンドー1号は宇宙軽トラの荷台に戻っている――も勧められるまま、カウンターに通される。

 バーテンダーがまたもタブレット端末式のメニューを差し出したが、先んじてタマさんがプロテイン強化ミルクと注文する。ただ、この日はアンブロジオが口を挟んだ。


「あら、ちょっと!通訳ロボットが栄養管理してるの?」


「養護教導型機械知性ですが、なにか?むしろマスターのおはようからおやすみと、その間までも快適さを追及しますが?」


「……はぁ?」

 タマさんが得意気に宣言したのを「重ッ」と斬って捨てる。両者の間の空気が電荷を帯びて弾けそうだった。


「養護って言い張るなら、TPOも弁えなさい。主人に恥をかかせない様にするのも、教えるのも、アンタの仕事!」


「……むむっ」


 ズバリと言われ、タマさんもちょっと並列処理で妥当性を吟味し始める。アンブロジオ――アン姐さんは反応を待たず、カウンターの背後に並んだ酒瓶を指さすと、バーテンダーに指示を飛ばした。


「ノンアルコール・カクテルでカウボーイ出しなさい」


「承りました」


 年嵩のバーテンダーは口の広いタンブラーを手元から取り出し、透明な立方体をひとつ、軽やかな音をさせて放り入れる。


「こいつは氷の惑星で採れる結晶でな、低温を閉じ込めておく特製がある。昔は氷を使って冷やしたそうだが、どこぞの星の名水で作った氷が流行ったら、微生物が混入したとかで大規模なバイオハザードが起きてな。今じゃこういう物を用意したり、グラス自体に冷却機能を付けたりして、溶けだすものが無いように規制が掛けられているんだ」


 さらりと恐ろしい事を言いながら、彼はボトルの首に指を添えてグラスへ傾ける。結晶の上に琥珀色の液体が注がれた。バイオハザードの注意はしても、液量は目分量なのかとの疑問が湧くが、その辺はプロであるので、技か拡張機能で適量を計っているようだ。


「そして今注いだのが、アルコールを分解できない種族用のウィスキーのフレーバーだ。本来は宇宙コーンの蒸留酒なんだが、まぁ細かい味までは需要が無いんでな。後は砂糖やクリームを入れるレシピもあるんだが、俺はこいつの善し悪しだと思ってる」


 解説しながら足元の冷蔵庫から出したのは、GAヘキチナ(Galaxy Agricultural Cooperatives、銀河農業協同組合ヘキチナ支部)と書かれた牛乳のパックだ。


 なお、この際の牛とは採乳用に品種改良された大型草食動物のテラ語表現であるが、その外見は地球産とはだいぶ異なるらしい。そのミルクをたっぷり注ぎ、マドラーで軽く攪拌すれば、微かにウィスキーが香るソフトドリンクが出来た。


「ノンアルコールのカウボーイだ」


 牛追い、という職業は今でも存在するが、インプラントしたチップやドローンで管理を行い、だいぶ自動化されている。シンのイメージではスマートな職なので、カクテルの印象もオシャレに映った。そうして多少の誤解を残しつつ、受け取って口をつけると、


「……あ、うまい」


 目を丸くした。ミルクが甘やかな香りをまとっている。ウィスキーは菓子の香りづけにも使われるので、そのフレーバーなら尚更だった。が、シンが気に入った風なのを見たタマさんはさめざめ嘆いた。


「あぁ、マスターが不良にぃ……」


「カクテル一杯で不良って、いつの時代よッ!」

 アン姐さんはフンと鼻を鳴らす。

「どっかの星のバーでガキはミルクでも飲んでろ、って舐められたって、ミルクのカクテルを知ってれば話の取っ掛かりが出来るでしょ。そうすれば街角でダンビラ振り回すような事態の悪化を避けられるかもしれない。まぁ【青髭同盟】のケダモノ連中は人の常識通じないから、アレだけども。とにかく知識とセンスは、身を助けるものよッ!」


 オネェの指すセンスに一抹の不安を感じつつ、シンはそういうコンサルティングを受けるためにここまで来た訳ではない事を思い出す。


「ところでアンブロジオさ――」


「ア・ン・姐・さ・ん!」


「アン姐さん、ここでは闇市ブラックマーケットの店を紹介して貰えるんですか?」


「んー、それでも良いんだけど、ヴィクトルにわざわざ指名されてる訳だし、ウチの責任施工でやらせて貰うわよ?」


 下請けを入れるにしても、その手配や支払いまでを費用内で【アンブロジオ一家】が行う、という意味だった。これは勝手の分からないシンには有難い。と同時に、独立した宇宙海賊としてのマネジメント能力を持つだろう彼らを、名前ひとつで動員させるヴィクトルとは何者なのか、と新たな疑問が湧く。


「……あの、遊び人のヴィクトルって、何者なんですか?」


「逆に聞くけど、アナタこそ、何したの?あの女ったらし宇宙種馬と関係があるようには見えないけど」


 いかにも興味津々な目が返って来た。シンは搔い摘んで先日の出来事を話す。

 海賊の情婦たちのマンションに、たぶん望んでいない子供からの頼りを届けようとしたこと。そこをヴィクトルに止められ、データチップを破棄されて、激昂して殴り掛かったが、一撃KOされたこと。


「んまーーーーーーーッ!純粋ッ!若返るわッ!!」


 アン姐さんは祈るように手を組みあわせると、おかしなシナをつくって感激を露わにする。シンの行動がお気に召したらしい。カウンターに身を乗り出して、


「大丈夫よ!あなたのした事は間違いじゃない。ただ、引き受けた時点で何もかにも手遅れだったってだけ。辺境宙域じゃ、割りとよくある話……にしてもヴィクトルのやつ、最近噂を聞かないと思ったら、【ヘキチナ】で海賊の情婦にいれ込んでるのねぇ……」


 と、最後はブツブツと言っていたが、シンの視線に気付いて小さく溜息を吐く。


「ま、あいつにゃ業務上でちょっと借りがあるのよ。でもアナタはまっとうな航路を進んでいれば、関わる事はそうそう無いんじゃないかしら。忘れてても損は無いし、あてにすると期待を裏切られる。そういう卑怯な大人の典型よ」


「はぁ……」


 シンは答えとも言えない内容に、曖昧に相槌を打った。

 【ヘキチナ】の闇市がどれほど大きく、その町会長役の任期がどれくらいなのか、彼には見当しかつかない。それでも辺境宙域の裏社会でそれなりの力が無ければ、選出もされないだろう。そういう人物へ貸しをつくるのだから、ヴィクトルも同様のレベルの裏社会の人間なのだと思われた。


 そういう人物たちが個人情報をほいほい語るとも思えないし、シンが気になっているのは、とどのつまり一点だけだ。


「……ひとつだけ。彼はテラ人ですか?」


「さぁ?」

 アン姐さんは首を傾げる。

「猫やトカゲ連中じゃあるまいし、故郷や出自が後生大事な人間は、宇宙の裏社会なんかに関わらないしねぇ。気にした事なかったわ。耳が長いとか、第六の器官が付いてるとか、そういう身体的特徴はないから、標準的な人間ではあるわねぇ」


「そうでうすか」


 テラ人も標準的なヒューマノイドであるので、”その”可能性は残った。合気という言葉を知っていた彼は、シンと同様に、失われた地球の記憶を持つ地球人症候群テラナー・シンドロームなのかも知れない、という。


 特に合気――合気道は三浦真の属する文明の産物だ。それならシンのささやかな野望である、彼の記憶の中で食いっ逸れた本物の蕎麦のことだって、何か知っているかも知れない。

 シンはヴィクトルの事は忘れないでおこうと決める。極少機械群マイクロマシンを通してタマさんにも指示を飛ばした。


『タマさん、ヴィクトルと地球人症候群テラナー・シンドロームを紐付て記録しておいて』


『かしこまりっ』


 タマさんはやけにテンションが高い。半日ぶりの直接指示だが、その間のやけに濃密なゴタゴタに関われなかった事に、忸怩たるものがあるようだ。


「じゃ、話を進めてOK?」

 アン姐さんはカウンターの向こうから携帯端末PDAを取り上げると、画面を見ながら続ける。

「そこの通訳ロボットがアナタやカークのトコの若旦那の位置情報を持って来た時にね、一緒に注文の仕様書も置いていったんだけど……いちおう、本人確認、お願い」


「はい……えぇと、どれどれ」


 目を通すと、数日前にタマさんと詰めた要目だった。宇宙軽トラのオーバーホール。アンドー1号の点検と共食い整備したパーツの調整。タマさんを構成する自動人形躯体の修繕。シンの船外活動装備一式。

 欲しい物を挙げたらキリが無く、まずは宇宙空間で活動するための準備に絞っていた。

 絞っただけに、今日の一連の騒動で改めて必要性を感じた物を思い出す。


「あと、追加で、アンドロイド用の大型火器もひとつ」


「あら、どっかにカチコミ?」


 ええ、まぁ【青髭同盟】の支配宙域に忍び込むつもりです――とは流石に言えない。それに全力で戦闘用という訳でもない。


「主に宇宙船の障害物排除用で。狭い荷台に機銃やレーザー・タレットを乗せるなら、アンドロイドに武器を持たせた方が早いかなって」


「……さすがにケチり過ぎじゃない?」

 アン姐さんが真面目な顔で腕組みして言った。その辺はやはり荒事の専門家らしい。


「外にいるアンドロイドでしょ?戦闘用プログラムは入ってる?それに狙われて損傷したら、アンドロイドと武装の両方の機能を失うわよ。宇宙じゃ多機能よりも単能な方が長持ちするの。モデルチェンジ前のバッカニアあたりなら、それなりの美品を用意できるけど?」


 少年の軽い見積もりを心配するアン姐さんの性格は、寄る辺の少ない宇宙では大きなリーダーシップとなるのだろう。が、ここで人相の悪い手下の皆さんから、思わぬ援護が入った。


「いいや、ママ。そこの坊主の宇宙船な、400~500年前に生産中止になった宇宙軽トラのハイエンド・モデルなんだわ。エンジンもジェネレーターも、下手な軍用機より上だよ」


「なにそれ、メカニックなら解るもんなの?」


「昨日、表に停車してたの見たら、知らん型番だったから素性を調べたのさ。なんでもド辺境の惑星開拓用に、便利使い出来る作業艇として特注された物らしい。一通り何でもやらせられるように、とにかく高出力で頑丈だったらしいが、辺境宙域の開拓も下火になって、そんなオーバースペックは必要なくなった。で、今じゃ特別仕様機でも、地上と宇宙港を行き来する程度で充分、って性能に抑えられちまった、と」


 それでも第一宇宙速度な訳だが、その辺はさすが宇宙海賊だけあるのか、話題にならない。むしろ、


「あら、それじゃ最小の艦載機クラスでも、増槽やブースター無しで惑星から銀河ハイウェイまで自由自在ってこと?……そりゃあ、母船ありきの海賊戦闘艇じゃ釣り合い取れないわね」


 いろいろと理解があったりした。それでアン姐さんはPDAの仕様書から幾つかチェックボックスを埋めてから、人相の悪い手下たちの方を向く。

 

「じゃあ船のオーバーホールと、アンドロイドの調整は優先でやりましょ。両方の性能をハッキリさせてから、改めてその辺を考えればイイでしょ。それと……」

 若干声のトーンを落とし、胡散臭そうな目で仕様書のリストとタマさんとを見比べる。


「……あたしの知ってる自動人形とだいぶ違うけど、ホントにそうならば、ここの闇市には技師がいないわ。アンタの修繕はちょっと無理ね。専門の人形師の伝手がないなら、工場生産してる大手メーカーを訊ねるのが筋ね。その……顔だけが自動人形だって言うなら、アダルトショップでも代用が利きそうだけど?」


 先程のひと当てがあったせいか、アン姐さんはタマさんへの当たりがきつかった。

 売られた喧嘩を買うという倫理コードは持ち合わせていないが、アダルトショップに売っている”穴”扱いは、流石に看過できない。タマさんはスツールから立ち上がると、さらに長身のアン姐さんを見上げる。


「訂正を。人工筋肉の削げた粗末な躯体ではありますが、顔だけが無事なのは、アナタの言うような用途の為ではありません。わたしにこの躯体を譲り渡した者の矜持なのです。ましてマスターに、そんな安価な物で満足して貰うつもりもありませんから」


 作られた美人の顔が無表情でドギツイ発言をするものだから、妙な迫力があった。人相の悪い手下たちも思わずざわつく。


「んおっ、なんかゾクっとキタ?!」

「おいバカ、自動人形に転ぶ気か!?稼ぎが幾らあっても足りねぇぞ!」

「これが自動人形の魔性か、くわばらくわばら」


 タマさんの空間振動センサーはそれらの戯言たわごとをしっかりと捉えているが、まったく気にしない。今はマスターへの奉仕心を品の無い――本人発言は除く――ものに代用されている事が勘弁ならなかった。


 ついでに言うなら、人間社会でもジャングルでも孤独状態の長いシンは、人心への機微がいわゆるクソザコナメクジなので、今もこの空気の意味を理解していない。アダルトショップの売り物の詳しい内容も知らず、タマさんの突然の起立に所在無げな顔をしていた。

 アン姐さんも彼の無知っぷりに『そうかー、これがダメ人間製造機かー』と妙な納得を覚えつつ、降参の意味を籠めて両手を上げる。


「あー、はいはい、悪かったわね。でもTPOを弁えた振舞いが大事なのはホントのとこだから、れっきとした自我のある機械知性なら、教育方針くらいはネットでアップデートしときなさいな」


 派手な格好のオネェの言うTPOに、タマさんはシンと同様に納得ゆかない物を覚えつつ、流れ上で頷くとスツールに座りなおす。並行してネットワークを軽く検索すると『創作業界に於けるオネェキャラの強者率に関する考察』という論説を皮切りに、似たようなタイトルが次々引っ掛かった。何だか判らないが、深淵を思わせる情報量だった。


『……銀河は広いという事でしょうか』

 溜息、という仕草を真似しつつ、タマさんはそれをスイッチに思考を切り替えた。

「いえ、こちらこそ話の腰を折ってしまいました。どうぞ話を続けて下さい。次はマスターの船外装備ですね」


「それなんだけどねぇ……」

 アン姐さんも小さく溜息を吐いた。こちらは人間本来の仕草だった。

「宇宙海賊御用達の闇市なんだから、注文通りの一式あるけどね。標準型の船外活動服はすぐに準備できるとして、こっちの生命維持機能つきの重防護服……」


 PDAの注文仕様書からツリーを開き、船外活動装備へ付随された追加オーダーを指さす。そちらは生命維持に重点を置いた仕様で、重パワードスーツとか作業用ポッドと言って良い代物だった。


「悪い事は言わないから、生命維持の為なら個人用装備の前に、船に休憩スペースを付けなさいッ!人間はロボットじゃ無いんだから、狭いところに押し込められてると体がおかしくなって来るモノなの。一人運用のパーソナル・シップだってね、シートをフルフラットにしてベッドにしたり、最低限の居住スペースがあるものよ?」


 大柄なオネェの視線は、財布の紐を握っているであろうタマさんに注がれていた。

「マイクロマシン医療による閉所適応と言ったって、限度があるのよ。飲まず食わずで銀河連邦警察に三日三晩追われてみなさいッ」


「普通はそんな目には遭わないと愚考しますが」


「みなさいッ」


「アッ、ハイ」


「空調でカラッカラに乾いた船内環境で、長時間シートに座ってるとねぇ、あっと言う間にエコノミークラス症候群なのよ!」


「なんとっ!?」


 タマさんは珍しく驚きにセンサーアイを見開いた。飲まず食わずで三日三晩と言う、有り得ない前提条件を思わず忘れるくらいにはショックだった。

 乾燥した環境下で水分不足となり、狭いシートに長時間、肉体を折りたたんで座っていると、血液が固まって血管中に血栓が生じ、重篤な状態に陥る。


 その名の通り、かつて経済エコノミー的だからと、大量の移民を宇宙船にすし詰めにして移送した時代に多発した疾患であった。

 もちろん機械知性としてデータにはあった。だが艦長【0567$^0485】の認識を含めても、その運用サンプルはアンドロイドや非人間型ロボットばかりだ。

 生物=シン、という認識が欠落していたと言ってよい。


 これはタマさんにとってショックだった。足元が崩れるような現状認識への混乱を感じつつ、アン姐さんに新プランの提示を乞う。なお本人も気付かないうちに、ぐぎぎぎ、とネジ巻き人形のようにカクついた動きで顔を上げていた。


「しかししししっ……し、失礼……しかしっ、宇宙軽トラのキャビン容積は限られていて、足を伸ばした睡眠スペースというのは、確保が困難です。次善策の提示を求めます」


 それはシンにとっても由々しき事態だった。あわててキャビン内のレイアウトを思い返す。


「……助手席を含めて横になるとしても、操縦桿やスロットル・レバーがあるから、あそこで横になるのはツラそうだよね」


「いっそ宇宙キャンプ用のトレーラーハウスはどう?」


 PDAに表示させた牽引式の小型トレーラーハウスをアン姐さんが指さす。殆ど小型の貨物コンテナという見てくれで、アンドー1号が頑張れば、物理的に持ち上げられそうだ。無動力の車輪が付いているので陸上では牽引走行し、空中や宇宙では船にドッキングさせる運用になるだろうか。

 同様に運用を試行していたらしく、タマさんが耳元で囁いた。


「居住シェルから持ち出した機材を収納すれば、充分な拠点になりますね。アリ、かと」


「わかった。アン姐さん、船外活動用の重装備を、ウチの船で運用可能な小型トレーラーハウスに変更で」


「承りっ。現物合わせで仕様変更も出るから、明日に工期と見積もりを送るわね」


 それで注文の確認は終わる。シンはカウボーイを飲み干し、甘い香りにすこし後ろ髪引かれながらスツールを立つ。と、人相の悪い手下たちが一人、声を掛けて来た。


「なぁ、お前さん、マルチツールを使っているな。一緒に出して行きなさい。さっきみたいに使うなら、荒事用に少し調整した方が良いだろ」


 先刻の大立ち回りで、ちょうど銃の代わりにはならない事を痛感していた。シンとしては渡りに船だった。腰裏のホルスターからビットの付いてないドリルのような工具を抜く。


「あの、これで銃撃戦とかって……」


「バカ言うな、工具はあくまで工具だぞ」

 そう言って苦笑いするのは、低身長だが体格のガッシリした【ヘキチナ】人の初老男性だった。いかにも技師と言う風格がある。

「工具だから、多少のトンチキな機能は目こぼしされてるんだ。武器が欲しいなら、ちゃんとしたライセンスを取って、入星審査の度に提出するんだな」


 もっともな言い分に、シンは言葉に詰まる。アンドー1号を砲台代わりにするにしても、ほいほいと火器を持って護衛に就ける訳ではないのだ。

 うまくゆかない物だと思いながら、ミトが迷惑料によこした流体金属剣も技師に手渡す。


「なるほど、こいつか……」

 彼は懐中電灯の様な柄の接続端子を確認すると、


「ん?……あー……」

 柄頭に隠れるように彫り込んである紋章には見えないふりをして、シンへ返却する。


「……こっちは下手に構わない方が良さそうだな」


 それは触らぬ神に祟りなし、というニュアンスを含んでいたが、シンはあいにくと気付かなかった。

 むしろ日頃から携帯していたマルチツールを手放したので、腰が落ち着かない。形状は違っても流体金属剣をホルスターに入れると、何となく安定感が戻った。


「……かなり軽いけど、何もないよりはイイか。ではマルチツールはお願いします」


「まかせな。工賃と原材料費は請求するからな」


「そこは、もちろん」


 頷きつつ、しめて幾らになるのか、確かめていない事に今更ながら思い付く。タマさんに小声で問い合わすと、

「宿で解説しましょう。整備中は寝て過ごせる、という程ではありません」


「え、そうなの……」


 ちょっと不安になるシンだった。さらに追い打ちをかけるように、バーから出ると宇宙軽トラとアンドー1号の搬出準備も始まっている。【アンブロジオ一家】の手下たちがメンテナンスハッチを開き、共通部品の型式などを記録していた。


 シンは急いで荷台の物質精製機やドローンを下ろし、足代わりのリアカーを借りて乗せ変える。

 考えようによっては、これで自分が騙されていたら、殆ど裸一貫に戻る事になるのだ。何やら尻が落ち着かない。


「よ、よし、アンドー1号、キミの点検と共食い整備した部品の擦り合わせを手配したから、おとなしく行って来るんだよ?」


 自分に言い聞かすようにアンドロイドに伝えると、彼はいつものようにサムズアップを返すのだった。

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