第26話 逃走?闘争!(3)

 極少機械群マイクロマシンはこの時代のたいていの知生体の体内に常駐している。その仕事内容は多岐に及ぶが、大体のところは、ゆるく人体を管理していた。

 宇宙船内での長期にわたる閉所生活でのストレスを軽減し、宇宙放射線によるDNAの損壊を可能な範囲で修復する。隔壁一枚外は地獄な宇宙生活で咄嗟の判断を誤らないよう、設備を管理するコンピューターとの仲介も行う。


 マイクロマシンは出生後すぐに最低量を注射されると、生涯、活動を続けた。

 まったく大層な技術であったが、なんでも宇宙時代を築いた始祖文明による発明らしく、各星系の諸種族に基幹技術がばら撒かれている。宇宙生活にとって必須と言っても良いこの技術は、始祖文明自体との接触がとうに失われている現在、パテント使用料を主張する者もおらず、良い具合いに浸透していた。


 種族、氏族ごとにその利用形態は様々だったが、管理社会的な星間国家では人心の管理にも流用されており、人体制御やコンピューターとのリンク等に強い、比較的高機能なものが投与されていた。


 例えば【星間連盟】では暴力衝動の抑制は元より、暴力行動につながる認識自体をも阻害している。シンがその支配から脱却出来たのは、多元宇宙の自分と思われる三浦真と混線し、彼の自己認識がマイクロマシンの定義する星間連盟市民からブレた事が原因と思われる。


 つまり現時点では、シンは高機能なマイクロマシンにタダ乗りしている状態だ。

 そして今日も”彼ら”はアクセスした新たなデバイスを分析し、主人にとってより良いシナジーを模索した。当然、規制なしで。


『解析を完了。作業コンポジットにリンクさせますか? Yes / No』


「あ、出来るんだ。じゃあイエスで」


 シンはマイクロマシンからの提案に乗った。乗ってから『いや、何とだよ』と自分に突っ込んだ。もちろん、その辺りも小脳の一部で補助脳の役割を担う、多数のマイクロマシンたちが人機間の仲介をする。


『提案:マルチツールのバッテリーとプラズマ・カートリッジの併用』


 言葉と実際の行動がシンの意識に流れ込む。電気信号の遣り取りなので、戦闘中だろうが時間はとられない。

 今も茶虎の獣人類セリアンスロープとの白兵戦が過熱している最中だ。猫足による察知されない踏み込みから、膝から下が突然に突き出る様な前蹴りが飛んできた。


 お目にかかった事のない初動だった。用心の為に、より大きく下がる。あまり良くない。壁まであとどれくらいだ。瞬間的に沸き上がる雑念を振り払う。

 と、茶虎は蹴った足が地に着くなり、その勢いのままに爪を振るってきた。右腕の肘から先が、鞭撃つようにしなる。


 シンは右手で構えた流体金属剣の分、懐への縦深が長くなっていた。そのままでは爪は届かない。だが刃には届くだろう。その一撃は剣を叩き落とすために振るわれていた。

 とっさにシンは手首を返し、剣先に弧を描かせる。爪に触れるか否かのところで、剣身を引き、重い一撃をどうにかいなした。


 強く握って抗っていれば、単純な力負けで剣が跳ね飛ばされていたろう。もっとも、大抵の人型知生体の身体操法の根幹は脱力柔身だ。力まず、万事にしなやかに応対するのが肝要。


 全身に力を張り巡らした方がスムーズに全力を発揮できるようにも思えるが、これは初動をはっきりと際立たせる。大兵の茶虎の動きが目立たぬのも、足音を消す天性の狩猟者を先祖とするからであり、その動きは滑らかで力みが無い。

 いうなれば異種族との異種格闘戦とは、生物としての基礎力と基礎力のせめぎ合いだった。


 さてそれで、多彩な攻めを見せる茶虎を、何とかして出し抜きたいシンである。

 剣を取って多少の有利はあったが、所詮は技術的奇襲であり、一時的なものにすぎない。明らかに心技体の棚の多い茶虎に押し返される前に、もう一押しをして、出来れば膠着に持ってゆきたい。


『でも、その準備をする時間が――』


 とれない。

 茶虎はシンに距離を取らせぬよう、何度も擦り足で忍び、迫る。

 今し方の肘から先を回すような素早い打撃を、両腕から繰り出した。猛獣のじゃれつきにも見えるが、それに付き合うなら命がけだ。

 迫る爪を全ていなすのは無理筋だろう。が、不用意に手を出せば、回転に剣を巻き込まれる。


 仕留める気か。

 ゾクリと背筋を冷たいものが這ってゆく。だが同時に、頭を熱くする激しいものも瞬いていた。

 シンの中に二年前に降って湧いた武道の心得。それからジャングルでの艦長【0567$^0485】からの様々な教育。引き続く緊張。露天市より全力疾走してからの、更なる肉体の全力酷使。

 手足にこびり付いた様な疲労の最中、目だけは異様にギラついていた。

 そこで、ふいと肉体が動いた。

 

 心だけでは何事も起こせないが、若い肉体には積み上げつつある技があった。それが非常事態にスッと出るとき、その動きに無駄や癖は無い。到達すべき純粋な動きだけが出る。人体の不思議なはたらきだった。


 その時、シンは斜め前へと倒れるように踏み出していた。剣は両手で握り、体の中心線に添って真っ直ぐに振り上げる。剣身が重い分、柄が上で、剣先は下を向いていた。正に剣に隠れるように。

 前へと倒れないよう、つっかえ棒のように次々と足を踏み出す。まるで糸に引かれているような動きだった。体の上下動は一切なく、動物の視覚ではこれを正確に捉えるのは至難だった。そのまま、茶虎の爪の渦の脇をかすめて駆け抜ける。


 茶虎には突然シンが消えたように見えただろう。

 この獣人類セリアンスロープの体格が大きかった事も幸いした。シンは瞬時の交錯の後、まんまと腋の下をくぐり抜け、その後方に飛び出していた。

 本来なら腕の付け根や内腿の動脈を切り上げるとか、無防備な肋骨に肘を突き込むとか、やるべき事はあるだろう。が、思ってもみない好都合にシンの精神が追い付かない。


『何だこれは?……何だこれは?……何だこれは?』


 おなじ調子で大股に三歩程進み、ようやく、やろうとしていた事を思い出す。右手で腰裏のホルダーからマルチツールを引っこ抜くと、振り返り様に左手の流体金属剣をその先端に差し込んだ。

 マイクロマシンからの使用イメージに従い、マルチツールのグリップを90度折ってスライドさせる。すると電動ドリルの様な工具から、一本の大きな剣のように見た目の印象が変わった。


 マルチツール内部のバッテリーから追加の電力が供給される。剣の柄に下から上へと光のラインがはしり、流体金属の刃が微かに震えだす。視界の隅でマイクロマシンが進捗を告げる。


『金属原子、励起開始』


『プラズマカートリッジ、装填準備』


『 Ready to pull the trigger 』


 カチン、と金属音をさせ、T字の引き金が飛び出した。グリップのすぐ上、剣の峰側だ。それはプラズマ・スキャッターのカートリッジを手動装填する補助機構だった。いつもなら内部に収まっているが、グリップの位置が変わって中の仕組みも動いたのか、連動しなくなったのだろう。


 T字の引き金を引っ張ると、チャンバー内へ送られたカートリッジ内に電磁波が照射され、封入された電離寸前の特殊ガスが一気にプラズマ化する。

 茶虎が背後の異変に気が付いた。彼が振り返るうちに、プラズマの高エネルギーが流体金属を構成する金属原子の合間に行き渡る。


『 Ready : Ray-Xambar《ライザンバー》 』


 地上に雷光が閃いた。

 余剰のプラズマが大気に拡散する。と同時に流体金属が肥大化し、身の丈を超える巨大な刃を形成した。それは帯電した鉄板のようであり、冷たく輝く何かの結晶のようにも見えた。

 ミトも想定外の使い道に、思わず目を丸くする。


「知らん……なにそれ……こわ、じゃなくってっ!そ、そうか、多機能工具と同期をとって、流体金属に過剰なエネルギーを流し込んだんだっ!質量保存の法則は破られていないから、その姿は広く、薄く、引き延ばされた流体金属を、高温高圧のプラズマでコーティングして維持しているんだな!」


『知っているのか、ミトデン!?』


 シンはすらすらと出て来る何か凄そうな見立てに、なぜか頭に浮かんだフレーズは無視しつつ、彼の方をチラ見する。

 ついでに茶虎の方もビックリした様子で聞いていた。ひとしきり聞き終えると、シンの巨大な剣を見上げ、喉仏をいちど大きく動かした。それでも身構えたのは、やはり一集団のリーダーだけはあった。


「よ、よしッ!こいやぁッ!」


『……いやー、詳しい事を聞いちゃうとなぁ』


 むしろ、二の足を踏むのはシンの方である。八双に剣を構えつつ、こっちも頭上にそびえる巨大な刃に眉根を寄せる。


『これ、どー考えても有り余るエネルギーで装甲を電磁崩壊させるやつじゃんッ。防護障壁や対レーザー・コーティングにプラズマのエネルギーで干渉して、その上から分子数個分の厚さの流体金属で撫で斬りにする。刀身の長さ分が切断面になると考えれば、戦車の装甲だってずんばらりん……たぶん、歩兵が持ってちゃいけないやつ!!』

 今更ではあるが、状況をコントロールするどころか、自分から一気にエスカレートさせている。

『あれぇ?ここは新武器で華麗に逆転と言う流れでは?』


 と、改めて考えてしまうが、ここ、そういうヒロイックな宇宙じゃねーから。

 ままならない事態に思い悩んで一向に踏み出せないシンを、茶虎が挑発する。


「やはりハッタリか!俺はかまわんぞ、一太刀かわせば、この爪がお前を引き裂いてくれる!」


 そこへ更に手下の皆さんも野次を飛ばす。実に気軽に”殺せ”と連呼してくれた。やはり宇宙海賊【青髭同盟】とは、そうとうに荒っぽい連中のようだった。


 人間が負う心的外傷の原因のひとつには、他者から向けられる明確な殺意、というものがある。だが今の状況には、そういうシビアな圧迫はなく、むしろ軽薄で無責任な当該者意識の欠如を感じる。シンの心情で言い換えるなら『部外者が適当ぶっこいてんじゃねーぞ』という怒りである。

 沸き上がる感情のままに、巨剣を頭上で一回しすると、


「こんなもん、気軽に人間に振るえるかぁッ!」


 すこし離れた物置の壁に、音も無く斜めに斬り込みが入ると、重量に従って上半分がズリ落ちる。既に茶虎が穴だらけにした壁だったが、それを豆腐やプリンのように斬って捨てた。巻き上がる埃と塵に、海賊たちは唖然となる。

 更に目の座ったシンが手下たちへと剣先を向け、声を張り上げるのだから堪らない。


「動けば、つぎはお前たちを狙う!銃も抜くなよ!」

 そう言われて何人かがビクリと止まり、腰裏から手を放した。

「アンドー1号、海賊を監視しろ。おかしな動きをしたらリンクで即、報告。護衛の合流まで警戒維持!」


 ハッタリである。なにしろ海賊の封鎖線までは距離があった。だが建屋を斬ったのには、充分な威嚇効果があった。逆切れ気味に口走った指示も、本来の目的に合致しているので、傍目には説得力があるように聞こえる。


「おっ、おまえぇッ!」

 茶虎が思わず口を挟んだ。

「人質なんざ悪党の風上にも置けねぇ!!」


「子供相手に数と暴力使うのに躊躇いが無い連中が言う台詞かっ!!」


「ガキ、だぁ?」


 茶虎がヘンな顔をして首を傾げる。獣人種の細かな顔色まではシンには判らなかったが、顔と言えば、自分は歳を隠すために目線を隠していた事を思い出す。遮光のスマートグラスを外すと、茶虎は黒毛と違って多少は違いが解るのか、喉の奥をぐるると唸らせた。


「ぬぅぅ、たしかに手下のところの子供に、それくらいのヤツがいるか……」


「俺はあんた等の探してる背丈の高い女じゃないし、あっちのアンドー1号は全身義体じゃなくて、アンドロイド!中の人などいないッ」


 もっとも、最前もそういう話になりかけたのを、ひっくり返して戦闘パートにしてくれたのが茶虎である。シンは彼の一挙手一投足に注意しながら、もう一度、海賊たちの見当違いを告げた。


 どうも今度は手下連中も自分の身に危険が及んでいる事を理解しているのか、『えー、だから違うって言ったじゃーん』と、獣人類の二人に避難がましい目が向いている。それは熱気から一点、白けた空気になり、急速に雰囲気がぐだぐだしてくる。


 この点ではシンの目論見通りと言える。茶虎も黒毛も身振り手振りで打開策を探っていたが、それで会話が成り立つ訳もない。最後には断念して唸り声を洩らしていた。

 それでもう撤収かなー、という空気が漂い始めた頃、封鎖線の外側から新たな一団がどかどかと押しかけて来た。


「双方ぉ、動くなッ!!」

 大音声を響き渡る。

「今期、闇市差配の【アンブロジオ一家】である!」


 それは先刻ミトが口にしていた、現在の闇市の町会長役の名と一致した。さらに思いのほかに速い到着だったのか、黒毛は舌打ちし、茶虎は口の端から犬歯を覗かせ威嚇している。


 【青髭同盟】に頭数を合わせたのか、10人ほどの集団が囲みの外側に並び、更に指揮をしていた男が数名引き連れて囲みの内側へ足を踏み入れた。

 一触即発、という雰囲気でもないようで、町会長には組織間の協定による、それなりの強制力がはたらいているのだろう。

 だがそれよりもシンを驚かせたのは、囲みの中に入って来た面子の中に、やっぱり堅気に見えないサングラスにダークスーツのミトの護衛、カーク・サンダースと、


「マスタぁ~、よっかたぁ~(出番に)間に合いましたよー」


 人工筋肉の削げ落ちた躯体でひょこひょこと歩く、タマさんの姿があった事だった。

 そして厳密にはそこまでが驚いたことであり、そこから先は瞠目とか驚愕とか、そういうレベルの話になる。それはさっきの大声の主が目に入ったからであり、


「双方、武器を収めて解散せよ!」


 再び、そう威圧的な声を発したのは、クリムゾンの長衣に袖を通した、大柄な人間の男性だった。

 顔の彫は深く、目鼻立ちはハッキリとして、いかにも男性的だ。それゆえ濃いアイシャドゥとリップは戦化粧にも見えた。何処かの惑星の伝統スタイルなのか、長く伸ばした髪を頭上で巻いて、とぐろを形作っているのも印象的だ。

 筋骨は太く発達し、体の前で合わせるタイプの長衣を下から押し上げていた。


 シンには見たことが無い異星の文化のようで、とにかく凄まじい存在感を放っている。あと、どういう訳か、三浦真の認識だと、端的な表現が湧いてくる。


 ”スナックのママの恰好した、マッチョのオネェだ”


 あの何か凄い存在感を、たった一行で表現できる。シンは初めて『地球、スゲェ』と感心したのだった。


~ ~ ~ ~


 【青髭同盟】の面々は街区の封鎖を解くと、めいめい、道を塞いでいた車輌に乗って帰ってゆく。シンもようやく警戒を解き、巨剣を下ろした。


「……これ、どうやって戻すんだ?」


 一瞬悩んだが、プラズマ・カートリッジの装填レバーをいじっていると、手動で廃莢出来た。

 カートリッジと共に派手にガスが吹く。特殊ガスがプラズマ化した際の副生成物だろう。圧と共に流体金属剣の柄にはしっていた光のラインが収まり、剣の形状も元の形に戻った。


 どうやらミトに壊してしまった、と情けない報告をしなくて済みそうだ。とか小市民的な事に気を取られていたら、不意に間近で獣臭がしてギョッとなる。

 茶虎が目の前にいた。爪が振り上げられる。


「しまった――?!」


 油断。顔色を失うシンの肩を、茶虎の掌がバンと良い音をさせて叩いていた。


「せいぜい励めよ、ガキンチョ」


 犬歯を見せて不敵に笑うと、シンの脇を抜けて去ってゆく。

 遠ざかる獣臭と、肩に残るずしりとした衝撃に、顔をしかめた。おちょくられた。安堵とも、自身への落胆ともつかない溜息が出る。


「まぁすたぁーっ」

 と、続けてタマさんが動く死体のようにまとわり着いて来た。

「マスターは厄介事の得意点か何かですか?と言うか、どうして行く先々でフィジカル・オバケに絡まれてるんです?もう銀河餓狼さま伝説とかに改題します?」


「タマさん、目のハイライトがオフになってる。そういう機能でしょ?機能なんでしょ?!」

 シンは心配なのかヤンデレ仕草なのか判然としないタマさんを引っがしつつ、そもそもの疑問を口にする。

「それで、タマさんはどうしてここに?」


「アンドー1号からの緊急連絡があったんですよ(最初から見ていた、とは決して言わないスタイル)。そこで、この事態を収められそうな人を可及的速やかに連れて来たんです。とてもとても幸いなことに、私たちは彼へのアポイントメントを得ていたのです」


 アポイントメント?身に覚えが無く、首を傾げるシンに、タマさんは安堵を含んだやれやれという溜息の真似をした。


「ヴィクトル氏から紹介された、バー、トラフィックのママですよ。今も陣頭指揮してる方です」


 シンの口があんぐりと開いた。何か失礼な事を口走る前に、タマさんは彼の口の前に手の平を立てる。

「ママと言う単語の言語的解釈と、彼との生物学的差異に関して、追及はタブーですからね。外見の完成度を問われたら、肯定的な反応をしてください。これはマナーです」


「りょ、了解……」


 彼女の言う通りに、好奇心や実直な反応に裏付いた追及は取りやめ、二の次になっていたミトの方を改めて確認する。彼は相変わらずのアンドー1号にお姫様抱っこ状態であり、シンに向けて抗議の目を向けていた。


「おい、シン!いい加減にアンドロイドに解放指示を出してくれないか!」


 合流したカークが呆れたように首を横に振る。


「まったく、イイ様ですな。こっちの都合に彼を巻き込んだのですから、少しは反省なさいませ」


「まさか、こんな辺境まで手配の手が回ってるとは思わないだろう。しかも海賊相手に”我が家”の通信周波数帯まで、ご丁寧に教えてるやつがいるようだぞ」


「そのようでしたなぁ」


 二人は声を潜める。

 カークも通信の不調に気付いていた。それで訊ねていた【アンブロジオ一家】に、直ぐに合力を依頼した。ミトの居場所は直ぐに判明する。それを持って来た者がいたからだ。

 シンと一緒にいる通訳ロボット――に見える、妙な機械知性だ。

 ミトはカークに事の次第を報告されると、興味深げにタマさんを観察する。


「シンの言ってた、自分の代わりに考える役のことかな。かなり自我レベルが高い機械知性が入ってるね。【独機会】の反乱からこっち、機械知性の性能は大組織でないと規制が掛かった筈だけど……」


「あるいは建造が規制前という、古いタイプなのかも知れません」

 カークの発言は当たらずとも遠からずであった。だが事実は小説よりも奇なり、とは普通は思わないので、

「訳アリですかな、”あちら”も」


「人それぞれだろう、訳というやつは。その末が、たった一隻の宇宙船に機械知性だけでも、一国一城の主だ。ボクにはその身軽さが羨ましい」


 ミトは目に見えぬ重荷を思わせる言葉を吐いた。それが本当に重たかった訳でもないが、アンドー1号はシンの声で警戒解除を聞き届けたので、少年商人を下におろす。


「ああ、ご苦労様」


 慣れているのか、さも当然のような労いの言葉をかけると、ミトは近付いてくるシンに手を振った。カークとの会話の折の密談めいた雰囲気は奇麗に失せていた。


「やぁ、すごかったじゃないか。闇市の地上スタッフとはいえ、武闘派で知られる【青髭同盟】の正規構成員だぞ」


 ミトは褒めているのだろうが、シンとしては嫌そうに眉をしかめる。どうにかこうにか逃げ回ったのだが、ミトの口振りでは、あの茶虎でも海賊船の戦闘スタッフ足り得ないという事だ。なかなか肯定的には受け止められない。


「……そういや、この剣のお陰でもあったな。助かったよ」


 シンは柄に戻った流体金属剣を差し出したが、ミトはそれを手で制した。


「いや、それはキミが使って欲しい。護衛の報酬だ。充分に危険だったからね」


「良いのかい?使い勝手は良さそうだし、貰えるならモノなら嬉しいけど……」


「こういう時に、お礼に身に付けている物をポンと渡すのが習いなのさ」


 ミトがそう言った時、カークがピクリと片眉をあげたが、特に誰も気付かなかった。タマさんは『懐剣の下賜って貴族様ですかね』と不思議に思ったが、自分が口を挟む事ではないので黙っていた。むしろ箔が付いてラッキー、くらいの認識だった。


 そうしてシンの与り知らぬところで何か情報戦を経て、色んな曰くが着いて回りそうな”使い勝手良さそうな万能カッター”が手に入る。少年がその価値を知らず、気楽に手の中で弄んでいるのを、カークはやれやれと見守りながら、その辺の建屋の屋根に向かって声をかけた。


「スー、いつまで隠れているつもりだ」


 すると、屋根の一つから音も無く影が降り立った。護衛のもう片方、スー・ケサンテラだった。別れる際にカークが言った通り、着かず離れずの距離にいたのだろう。カークが窘めるように言う。


「さっさと助けてやれば良かったじゃないか」


「いや」

 この口数の少ない女護衛は首を横に振る。

「若さ……若旦那の剣を与えられたなら、我等と同僚。もっとマシになって貰わねば」


「おお怖」


 そう、早速、当人の知らぬ内に妙な目が向けられていた。


「……さて」

 ミトは居住まいをただすと、シンの手を取る。

「最後は巻き込んでしまったが、こうなるとボクは速くこの星から離れた方が良さそうだ。シン・ミューラ、キミの助力は忘れない。それと……」


 ふいと顔を近付け、耳元へ囁くように言う。


「実は同世代と買い食いなんて初めての事だったんだ。とても刺激的だった」


 鼻先を掠める赤毛の柔らかさと僅かな汗の匂いにシンはドキリとしつつ、すぐに離れるミトへどういう顔をしたものか、とりあえず困ったように眉根を寄せた。


「じゃ、じゃあ次は、もっとマシな物を食べようっ」


「そうだね……あと、カークのスマートグラスも進呈しよう。ボクの船のアドレスが入ってるから、記録して貰えると嬉しい」


「お、おぅ」


「それじゃあ、いずれ何処かの宙域で会おう」


 ミトは晴れやかな笑顔で再会を約すと、踵を返して二人の護衛と街の雑踏へ消える。

 シンはしばらく手を振って見送った。手が止まると、まるで嵐の後だと思った。午後もだいぶ過ぎ、日が少し傾いてきている。


 あの少年商人は、どういった人だったのか。出し抜けに買い食いが初めてだと言った、あの急接近がリフレインする。ひょっとしたら、逃げ回って駆け回っていた時のテンションの高さも、はしゃいでいたからだろうか。


「マスター?それはあなたも友達いない子供時代だっかから、シンパシーっぽく感じているだけですからね。別の感情と混同しないでくださいね?区別、大事」


「何のこと言ってるのかなッ、タマさん――?!」


 彼女の論旨の全てまでは判らないが、何か釘を刺されたのは解る。タマさんは更にアイセンサーをジト目にして、シンを追尾してきた。

 視線からの不毛な回避をしていると、シンの背後へ近付く影がまたひとつ。


「あらぁ、カークったらもう行っちゃったのねぇ。相変わらず無愛想なんだからっ」


 んもぅっ、といわゆる女性的な言葉遣いが、野太い声で聞こえて来たもので、そのギャップにシンは顔をしかめ、おっかなびっくり声の主を探して振り返ると、


「あなたが遊び人のヴィクトルの紹介で、あたしのトコロに来たシン、ね?」 


 両の掌をあわせ、ともすればいかにも女性らしい仕草で訊ねて来たのは、やはり”ママの恰好をしたマッチョのオネェ”に他ならなかった。シンは猛烈な違和感の嵐に、ただただ首をブンブンと縦に振る。

 それが滑稽なのか、彼(?)はうふふとまた野太い忍び笑いをするのだった。


「硬くなっちゃって、ウブねぇ。ヴィクトルの紹介なら無碍になんてしないわよ。ようこそ、宇宙生活者の欲望の吹き溜まりに。あたしが【アンブロジオ一家】の頭をやってる、アンブロジオ・ペレイラ。親しみを来めてアン姐さんと呼んでねッ!」


 そう言うと濃いアイシャドウからの、どぎついウィンクが飛んだ。

 もしかして【青髭同盟】よりもヤバい人達なのだろうか。シンは蛇に睨まれた蛙のように、脂汗を滲ますのだった。

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