第25話 逃走?闘争!(2)

『どうしてこんな事になったッ?!』


 シンは目前を通り過ぎる死の影をすんでの所で回避しながら自問する。

 いや、全ては虎の皮をかぶった餓狼が、舌戦の結果をひっくり返して襲い掛かって来たからに他ならない。

 解決は茶虎の獣人類セリアンスロープの撃破か、別行動中のミトの護衛二名が合流するまで時間を稼ぐことだろう。が、これがまことに難しい。


 今も丸太の様な太い腕を避けたが、あんなものを食らえば体重差から長時間の空中浮遊体験は必須だろう。たいていの植民星はハビタブルゾーン内にあるのだから、惑星には既に生態系が出来上がり、頂点捕食者が存在している。どういう訳か、そういう階層の常連自体が星を跨いでやって来てしまった――これはそういうパターンだ。


 惑星開拓時代に起こったという最悪の獣害事件を綴ったという『宇宙熊嵐』は、痛ましくも貴重な生の記録である。


『って、さすがにこいつも宇宙グリズリーほどじゃないはず――』


 ふと過った不吉な記憶を振り払うも、再び重々しい風音をさせて眼前を通り過ぎる茶虎の拳に、どちらも頂点捕食者なのを再認識する。

 だいたい、すぐに勝負が着いてしまっては面白くないと、茶虎は拳を布で何重にも巻き、爪を封じるというハンデを自らに貸していた。それでも腕力だけで身じろぎしそうな風を起こし、右から、左から、暴力の塊を絶え間なく振るってくる。


 これはもう、なぶり殺しのショーだ。

 手下たちは茶虎の暴威をよく知っているのだろう、周りを囲んでやんやと喝采を送り、あるいは拳を振り回して血の予感に興奮していた。


『お前ら格ゲーの背景かってのっ!?』


 憤慨しても如何ともしがたいフィジカルの差である。

 茶虎が膂力にモノを言わせ、大振りを繰り返す様はまるで竜巻だ。

 等速で迫る拳にはタイミングを合わせられそうな気にもなるが、たとえ付け入っても、その先が続きそうにない。


 テラ標準単位で100㎏を超える筋肉の塊りを、奇麗に弧を描いて投げ飛ばすイメージが浮かばない。或いは合気の業で大兵の獣人の腕を捻り揚げ、御して連れ歩くような達人な真似も出来ない。懐に飛び込んでみたとて、一打、胸に当てれば体中の孔から血が噴き出すような凶拳を備えている訳でもない。


 いっそ筋肉を人工物に置き換え、サイバネパーツの力を借りたら、同様の膂力を得られるだろうか。この世界的には、そっちの方が適格かも知れない。

 まぁ、いま無いのだから、すべて手遅れなのであるが。


『詰んでるじゃねーか!』


 思わず叫びたくなるのをグッと堪え、茶虎の動きに適応するべく何とか集中する。竜巻の様な腕による絶え間ない大振りから、飛び退り、横へ逃げ、距離を取り、接触寸前の位置を保ち続けた。


「鬱陶しいわッ!!」


 不意に茶虎が吠えると、業を煮やして撃ち貫くようなストレートが放たれる。

 ここだ。研ぎ澄ましてきた集中力がその一瞬を捉え、シンを踏み込ませた。丸太の様な腕が伸びきる前に、下から手を添え、力を籠める。

 直進に対して直交するよう力を流せば、少ない力でベクトルを逸らせる事が出来る。

 できる。理屈の上では。


「ッ!?」


 だが、弾かれた。

 それほどの怪力なのか。それともタイミングを違えたのか。

 どちらでもなく、シンの手は横へと大きく弾かれていた。鋭く力強い、拳の回転によって。

 シンは驚愕に目を見開きながら、とっさに背を逸らして拳の軌道から逃れる。空気が渦を巻いて体を掠めていった。服の端が触れて、チリッと嫌な音を立てる。


『避けた!!』


 それにシン自身が驚いている。だが体勢は大きく崩れた。そこから何か反撃を成すより早く、茶虎の腕が追撃に薙ぎ払われる。

 今度こそシンの肉体が宙を舞い、道端の古い木箱へと一直線に飛び込んだ。乾燥した木が砕ける軽い音が響き、派手に塵が舞い上がる。


「シンっ?!」


 ミトが悲鳴じみた声で彼の名を呼んだ。そのナリは相変わらずアンドー1号にお姫様抱っこ状態なので、


「……その恰好で黄色い声をあげるの、止めてくれ。反応に困るっ」


 苦笑しながらシンは粉塵の中、すぐに立ち上がった。


「誰が好き好んでッ――」


 ミトは抗議を入れたかったが、それを遮って茶虎の野太い声が轟く。


「自分から飛んで打点をずらしやがったなッ!」


 妙に嬉しそうだった。

 なんだこいつは、たまげるな。ミトは大いに引きつつ、シンの無事な様子に安堵する。おそらくあの剛腕の直撃前に後ろへ飛び、衝撃力を自分を飛ばす運動エネルギーに変えたのだ。そのせいで一際派手に吹き飛んだように見えた。

 それをあの茶虎は喜んでいる。


『……うん、なんで?』


 銀河でもとりわけ凶暴な世界を、少年商人はまったく理解出来ず、白目をむいた。

 そんな事はシンだって分かりたくない。むしろ今は、


「狙ってやがったな!?掴もうとした矢先にコークスクリューなんて撃ちやがって!?あんたも何かやってるだろッ!」


 シンの手を撃ち払った回転する拳撃のことだ。指摘された茶虎は大笑する。


「ぐわははははっ。持って生まれた肉体だけで成り上がれるものかよ。非力なお前たちですら肉体の使い方を学ぶのだからな。それが星の数ほどあるというのだから、これは堪らぬわッ」


「えぇいッ、無駄にストイックな……」


 性質が悪かった。天性の肉体に、尽きぬ向上心。敵手にするには絶望的に、生物としての格差があった。そして、そんな隔たりは、宇宙には吐いて捨てる程あるのだ。

 わざわざこんな局面で体感するモノではないが。


 シンは衣服に付いた埃をはたき落とし、深めの息を吐いた。吸った酸素と共に体の重心が下がってゆく。適度な緊張を維持し、体捌きを鈍らせる強張りが解れてゆく。戦うための心身が、再び整う。


 それは数値化されるような類でなく、ただ対峙する茶虎の獣人には空気として察せられた。さも愉しそうに口の端を歪めると、大きな犬歯が見えた。そして何とも困ったことに、茶虎は”構えた”。

 大きく足を前後に開き、グッと腰を落として、両の拳は顔の先で前後に並んでいる。シンの指摘で小細工も止めたのか、明らかに武芸の構えだ。


 恒星間文明の時代にナンセンスな、という見解もあるだろう。だが同程度の肉体を持つ知生体の集団が接触したなら、至近距離での不期遭遇戦も少なからず発生する。その際に少しでも有利となるよう、なけなしの技術を捻り出すのは、知生体として当然の生存戦略だった。


 現に銃で武装した歩兵分隊が治安維持活動中に、家屋内でテロリストと遭遇した際には、銃口を向けてトリガーを引くのでなく、古典的技術による白兵戦での制圧が行われるケースがよく報告される。

 それは治安維持側が犯罪者を無力化させるのだから、手段として当然である、という見方もある。その際の白兵戦とは統御された暴力・野生という事になるだろうか。


 一方で、戦争の悲惨さの代名詞によく挙げられる、塹壕と言う防御施設がある。

 砲爆撃から身を隠すため、地面に切った長大な溝――塹壕に籠っての強固な膠着。僅かな前進を巡って、兵士の生命は競うように蕩尽される。


 作戦目的とすり替わる突撃と、熾烈な塹壕自体の奪い合い。塹壕内は爆風や射線を通さぬよう曲がりくねった作りのため、見通しはすこぶる悪く、出会いがしらに肉薄遭遇が発生する。

 この時にも兵士は敵に対してトリガーを引かず、銃剣を衝き立てず、それどころか銃を鈍器として振り回す行為が発生した。

 こちらのケースでは兵士への戦闘訓練は活かされず、野放図な野生の発露の場となる。


 事程左様に人間にとって暴力との付き合いは難しい。四肢を強張らせない程度の緊張を維持し、過剰に野生に駆られぬように怖れを律し、精神の何処かの棚へと良心を仮置きする。

 ところが茶虎は、そんな人間の脆弱さを嘲笑うかのように、実に無造作に踏み込んできた。


『いや、違っ――!?』


 シンの集中の隙間に忍び入るようだった。無造作なのではなく、それ自体が攻撃を知覚させない業なのだ。まるで猫が足音をたてないように。

 シンは咄嗟に横へと大きく跳ね飛んだ。

 直後、彼のいた場所が砕けた。木箱の残骸が更に細切れに爆ぜ飛び、盛大に塵を舞き上げる。


 その威力にゾッとなる。先程の拳を回転させたストレートだった。更にシンの顔色を悪くさせるのは、当初はハンディキャップとばかりに茶虎の拳を巻き固めていた布が、内側から弾けてボロ雑巾と化していた事だ。猫科よりも犬科を思わせる、太くて頑丈な爪が露わになっていた。


 こうなる事を期待していたのか、手下たちから歓声があがった。黒毛だけは『あーあ』という顔をして、本当に困っているようだ。

 どう見ても生物兵器な有様にはミトも目を剥く。


「シンッ!どうにか連絡をつけるから、あとちょっと耐えてくれ!!」


 通信妨害されている中で、護衛のカークとスーにどうにか連絡をとるようだ。それがどんな手段で、あとどれほど時間を要するのかまでは判らない。シン自身、目の前の事柄で手一杯で、その事には気付いていない。ただ何となく、気だけは楽になる。


 そう、問題は目の前の猛獣だ。

 大型肉食獣の体格から撃ち込まれる回転力を備えた爪は、柔な人間の肉体など容易く抉り取り、損壊させるだろう。掘削ドリルで突き込むようなものだ。この時点で小型重機と人間の勝負が成り立つか、という話題になってしまう。


「さぁ、エンジンが温まってきたぞッ!」


 茶虎は明らかにテンションを上げながら、その物騒な拳で乱打を始めた。シンが飛び退って距離を取るのを、さらに追いたてるように渦巻く拳が飛ぶ。

 下がった先にあった物置か何かの壁に添ってシンが走り出すと、その壁へ次々と穴が開いた。大股で追い駆けながら、茶虎が放った拳が穿ったものだ。

 バカげた威力だった。大口径の機関砲で狙われているような気分だ。木材が爆ぜ飛び、モルタルが砕け散っていた。タイルの破片が背に当たってパチパチと音を立てる。


 巻き込まれれば、自分も粉砕される――シンの顔色が悪い事この上なくなる。起動前の宇宙軽トラに籠城し、宇宙海賊の銃撃を耐え忍んだ、あの時以来の不安かも知れない。

 いや、あれだってついこの間の事だ。これが宇宙の日常であって、そしてテラ人とは何とも脆弱なのだろう。

 そう諦念めいた考えが浮かぶ一方、頭の中で必死に警鐘を鳴らしている何かもあった。


『敵に発見されたなら直ぐに隠れて下さい。人間の目でも3~5秒で完全に捕捉されます。目標確認設定を不要にしたロボットなら、赤外線を捉えた瞬間に撃って来ますよ』


 艦長【0567$^0485】の薫陶が過る。より正確には、その後、レーザーポインターで散々に追い掛け回された経験が、頭の何処かで警告してくる。

 不意に後ろの毛が何かに引かれるような、迫りくる灼熱感のような、何れにせよ嫌な感覚に襲われた。


『補足されてる――?!』


 訓練による裏付け。強い緊張下における集中。それらが最速の直感としてつながり、シンの肉体を突き飛ばすように動かしていた。

 回転して突き出された茶虎の拳が、シンの後頭部を掠め、古くなった木造の壁を破砕する。一際大きな快音が響いて木材が弾けると、乾燥や蟲食いの末の空隙に溜まった粉が盛大に吹きあがった。


「むぉっ!?」


 想定外の量に茶虎が戸惑いの声をあげ、攻撃の手が一瞬なりと緩む。天然自然の煙幕に紛れ、その下方から何かが飛び出していった。


「甘ぇッ!」


 無常にも茶虎の爪が伸び、飛び出した陰を掴みとって、軽い音をさせて握りつぶした。

 握りつぶせた。ただの木片だった。期待外れに不機嫌に犬歯を剥き出し、獲物が飛び出す筈の方向を注意深く睨みつける。

 と、まったく反対の方向から煙を突き破ってシンが飛び出し、これまで走ってきた方向へと反転して走り出す。


「なにぃッ?!」


 茶虎はお定まりの台詞とともに振り返る。と、その鼻っ面に木切れが投げつけられた。ごん、と中身の詰まったものが当たり、しびれる様な痛みがはしる。思わず巨体が仰け反った。


 最初に茶虎が掴んだのは、シンが囮に蹴り飛ばした木片だった。それから手ごろな重い木切れを引っ掴んで、煙の中で反転、煙から出るなり投げつけていた。

 予期せぬ威力にしてっやたりと言いたかったが、茶虎にギロリと怒りを込めた目を向けられるとさすがに自重する。


 ついでに言うなら粉塵が舞った環境を工業用レーザーで加熱させれば、茶虎の目の前で爆発的な着火を起こせそうだったが、こちらも自重していた。暴力の段階が一気に跳ね上がり、報復に発砲され兼ねない。

 身を守りながら、状況をエスカレートさせないよう注意する。両方を気に掛けねばならないのがつらい所だった。


『覚悟が出来てるかって?巻き込まれただけだっ』


 内心でへそを曲げつつ、また走って距離を取る。


「シン!」


 と、ミトの呼ぶ声に、護衛達と連絡がついたのかと期待したが、望んだ言葉の代わりに何かが投げつけられる。極小機械群マイクロマシンが軌跡を追い、走りながらでも綺麗に受け止めた。

 それは懐中電灯の様な、発煙筒の様な、短い円筒だった。声にちょっと期待外れ感が滲んだ。


「……なに?」


「使ってくれ!素手より余程マシだッ」


「素手より?……これか?」


 シンの目にマイクロマシンを通し、円筒表面のスイッチ部分が点灯して映る。起動と幾つかの設定が読めた。ちょうど、ついさっきまで考えていた事柄に合致する項目もあった。


「起動スイッチ、それと非殺傷設定、これでどうだッ」


 親指で次々と押し込むと、円筒の前後が回転しながら伸長し、先端の穿孔部に通電のまたたきが見えた。と言っても追われながらなので、つい走るより意識がそっちへ向かう。早速、どすどすと足音が追いついてきた。


「なに、して、やがるぅっ!!」


 茶虎が拳を振り上げ、怒りをこめて叩きつけてくる。

 もちろんシンだって、だだで追いつかせた訳ではない。既に円筒の機能は理解している。最短で半孤を描き反転するや、筒を握った右手を振り上げた。

 筒の先端から黒い稲妻がほとばしる。

 より正確には、通電した金属光沢がするりと伸びた。

 そして肉を打ち据える重く鋭い音が響く。


「ッ!?」


 茶虎は予期せぬ痛みに、思わず拳を引っ込める。掬い上げる様な一撃が毛皮と肉を通し、骨身に染みた。


「なるほど、こいつはイイ」


 シンはそれの有効性を認め、人の悪い笑みを浮かべる。彼の手には刃渡り70cmあまり(テラ標準単位、二尺三寸余)の長剣が握られていた。円筒の中から液体のように振舞う金属が流れ出したかと思うと、刃の形で固定化したものだった。

 ミトが得意気に言うには、


「古ヴィーゼンの流れを汲む新鋭のマイスターがこしらえたゾル・ヴィーゼニウムの流体金属剣だ!切れ味は常に分子数個分。折れても曲がっても、即座にブレードが再構成される。刃引きの非殺傷モードならば、こういう異種間の殴り合いでも色々便利だろう!」


「うん、確かに」


 シンは力強く頷いた。

 小難しい理屈は判らないが、矢張り人類の祖先は投石よりも先に、棒を握って振り回していたに違いない。そう思わせるくらい、手に馴染むものがあった。そうだ、恒星間を行き来する時代になっても、石器時代の勇者と剣牙虎との戦いは続いているのだ。

 仕切り直し、得物を変えた事を茶虎へ告げる。


「そういう訳で、見ての通り剣として使うつもりはない。そっちの爪と比べれば、些細なものだろ?」


「ぬかせぇッ!!」


 否やは言わず、茶虎は抗議の代わりとばかりに殴り掛かって来る。

 シンは剣を右手一本で軽く握ると、左半身を下げ、剣の影に隠れるように構えた。ジャングルにいる間に詰め込まれた、狭い船内での白兵戦の備えだった。それで茶虎の踏み込みに合わせ、滑るように下がりながら剣で拳を迎撃する。

 両者がぶつかるたび、激しい金属音が鳴った。

 ともすれば拳の回転に巻き込まれ、剣ごと持ってゆかれそうになる。剣の刃筋を意識し、振るう際の剣勢を維持する。眼前に獣臭の乗った拳風を感じた。


『……だが、素手よりもヤレている。何より逃げ回るより、よっぽどマシだ。感謝するよ、若旦那!』


 シンは左から右へと拳を撃ち払い、攻めで伸びきった茶虎の腕の内側へ踏み込んだ。

 体格差の分、懐まではまだ遠い。だが今なら剣身の分、こちらにも分があった。


「ふっ!」


 細く、鋭く、息を吐きながら、体全体を一本の槍にしたかのような片手突きを見舞う。

 獣臭が風を巻いて遠ざかる。まさに獣の速さで、茶虎が後ろへ飛んで下がっていた。

 初めての後退に手下たちが息をのむ。それが気に食わないのか、茶虎の口元が大きく歪み、太い犬歯を剥き出しに突き込んできた。


『それはもう捌け――』


 再びの直感。

 茶虎はこれまで拳と共に打って出るような踏み込みをしていた。が、今は両の腕を引き絞り、屈むように姿勢を低く、体全体で押し出るように迫って来る。

 この圧は受け切れない。

 理屈も何もなく、シンは横へと飛んで正対を避けた。


 直後、茶虎の両手の爪が上下に別れ、僅かに時間差をつけて突き出される。ほぼ同時に二つを防御するのは困難だ。一気にシンの警戒が引き上がる。

 続けて茶虎の爪が左右揃って振り上げられ、また時間差をつけて袈裟懸けに振り降ろされる。

 それも何とか下がって、距離を開いて回避する。


 まるで猫科の猛獣が、人の形を借りて襲い掛かってきたようだった。

 実際、地球には動物の動きを模した拳法があり、虎の名を冠したそのものズバリな物もあった。だが流石に頼りの三浦真の知識でも、中学生にそこまでの造詣はない。

 むしろ宇宙を超え、種族を超え、似たような文化が存在する事の方が驚きだった。


 野生を取り戻したような茶虎の猛攻に、再びシンは後退するだけに追い込まれた。僅かに時間をずらした二つの爪。片方を剣で弾いても、もう片方が我が身を抉るだろう。単純だが、体格に優れる猫科獣人類セリアンスロープが繰り出すのだから、宇宙的には平均的体格のテラ人ではどうしようもない。


 再び手下たちが騒ぎ出す。黒毛は頭痛を堪える様に額を押さえていた。海賊たちはこうなると、もう止まらないのを知っているのだろう。

 ミトは何処かと連絡が取れたのか、しきりに口を動かしている。

 そしてアンドー1号は、相変わらずミトをホールドして微動だにしない。加勢の指示は出していないのだから、それも当然だった。だがアンドロイドが加勢に入れば、全部を巻き込んだ乱闘は避けられないだろう。それをさせないシンの選択は間違っていない……筈だ。


 あとは自分がどうするか、だ。

 無縁の宇宙で、圧倒的に優勢な他人種と交戦し、どう切り抜けるのか。

 だがこの時ばかりは、少年の僅かな縁が味方したようだった。体内の極少機械群マイクロマシンが視界の隅に控え目な問い掛けをしてきた。


『解析を完了。作業コンポジットにリンクさせますか? Yes / No』


「あ、出来るんだ。じゃあイエスで」


 あまりに何気ない問い合わせだったものだから、つい気軽に受け入れてしまった。むしろ言ってからハッとなった。

 いや、何とだよ、と。

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