第24話 逃走?闘争!(1)

 闇市ブラックマーケットの人込みに紛れての襲撃は数を増していた。既に何度か散発的なちょっかいをシンが潰している。その何れにも、宇宙海賊の様な闘争に慣れた雰囲気は無く、どうも闇市であぶれた食い詰め者のようだった。


 そろそろ騒ぎに気付いた者が、通りから離れて安全距離を確保をし始める。人込みの密度は次第に薄れ、移動を妨げる程では無くなってくる。

 こうなると早足で、人を避けつつ追い越して行けるが、追跡者はもっと強引に人を押し退けて包囲の輪を狭めつつあるようだ。周りからちょっとした悲鳴や怒声が沸き立つ。


「アンドー1号っ、途中で若旦那の護衛の二人を見付けたら、場所を教えてッ」

 シンはすぐ後ろを追従するアンドロイドへ指示を追加し、隣りで早足に息を弾ませるミトへ問い合わせる。

「護衛とは未だ連絡が着かない?」


「あぁ、見事に妨害されてる。これ”うち”の周波数帯なんだけどなぁ……そこまで情報漏洩させてるのか……」


 何かぶつぶつと暗めの声で呟いているが、シンは引き続き関わり合いにならないよう、努めて聞こえないようにした。現時点でもう遅いのでは、そう突っ込んでくれる人はいなかった。

 ミトもそんな状態だったから、横合いから伸びて来た手に気付かない。


「わッ!?」


 という声を残して、雑踏の向こうへ引き込まれそうになる。

 助けを求めて伸びる手をシンの手が掴み、瞬時、ミトは綱引きの綱になった。互いが自分の方へ引くと、華奢な体が大の字に引き伸ばされて、


「いっ?!いたたたたたたっ!」


 悲鳴があがってシンは手を止め、追手は一層力を込める。

 力の拮抗が崩れ、追手側へとぐんとベクトルが向いた。むしろ引っ張り過ぎて体勢が崩れたところへ、そこまでを見越したシンが、全身を槍の様に研ぎ澄ましたドロップキックを放つ。


 水の詰まった革袋を蹴ったような、重く響くひどい音をさせ、そいつは吹っ飛んでいった。

 そして直ぐにミトを立たせると、殆ど小脇に抱えるようにして走り出す。

 紅顔の少年商人はぷぅと頬を膨らませていた。


「ああなるように引っ張ったね、シン!」


「文句は後でッ!足が止まったせいで追い付かれ掛けてるっ」


 今しもシンの後ろまで足音が近付いていた。


「追い付いたぞ、オラぁ!逃がすな、たんまり礼金がでるぞぉ」


 ガラの悪い声まで聞こえて来た。

 いよいよ異変に気付いた買い物客――裏社会人、スジモノ、博徒、香具師など――も、巻き込まれまいと道を空け始めた。通りの人口密度が更に減少し、わずかな人影と残置物で障害物走のトラックめいてくる。


 こうなるとミトが思いのほか軽いといっても、全力で走るには重荷だ。消耗から酸欠の魚のように口をパクつかせるシンへ、アンドー1号が空いている手をワキワキと見せてきた。


「よ、よし、頼んだ!」


 無言の意思表示を汲むと、シンはミトを預ける。というかお姫様抱っこ状態を経て、身長差のあるアンドロイドへと放り投げた。


「ちょっ?!」

 ミトが浮遊感に何か文句を言う前に、すとんとアンドー1号の腕の中に落着する。

「こ、この恰好はッ!?」


 お姫様抱っこ延長がたいそう気になるのか、ミトはむずかるのだが、アンドー1号がガッチリとホールドしてぶれさせない。そしてアンドロイドの走りは躯体の上下動が無いので、安定性も抜群だ。


 重量物を下ろせたシンもれっきとした走行姿勢をとり、二人は人気ひとけが左右に割れて啓開されつつある通りで疾駆にうつる。


 僅かに残る人々を右へ除け、左へ避けて、なぜか転がってくるボールを二人横並びに飛び越えると、今度は誰かが倒したバケツからぶち撒けられた生ゴミで大ジャンプ。

 着地すると、背後では最前の何れかにぶつかった追手たちが、盛大に転んで次々と悲鳴があがっていた。


「よ、よし、もう少しで露店市の入り口だ!」


 ミトの声に励まされ、シンはバクバクと高鳴る心臓に鞭打って手足を回し続けた。

 怒声や悲鳴が少し遠ざかる。距離が開いた、あと少しで通りを脱せる。歯を食いしばり、もつれそうになる足を叱咤して、前のめりに露店の間から駆け抜ける――


「いらっしゃあーいッ!」


 そう言ってドスの利いた声で出迎えたのは、黒色の獣人類セリアンスロープの方だった。

 ミトの指摘した宇宙海賊【青髭同盟】と目される二匹の獣人と、その配下と思われるガラの悪い男たちが、露天市場の出入口を封鎖していた。


 複数のワゴン車とSUVが横並びになってバリケードをつくり、その前には簡易のボディアーマーと拳銃で武装した人間の配下がざっと十名。拳銃サイズなのは、おそらく闇市全体での決まり事だろう。が、以前の宇宙海賊のニードルガンのような、殺傷力に長けたハンディサイズの銃器もある。まったく油断は出来ない。


 それに加えて二人の獣人類セリアンスロープだ。

 シンの知識の限り、テラ標準単位による”ケモ度が高い”人種は、単純に強かった。同サイズの猿起源の人間よりも体格に優れ、切創に強い毛皮をまとい、爪と牙まで揃っている種までいる。目の前の二匹……もとい、二人を見るなら、黒い方は細身で豹のようにしなやかで、茶虎は獅子のような太さと爪牙を持っていた。


 三浦真の地球知識に照らし合わせるなら、黒豹はリクガメを甲羅ごと噛み砕き、獅子に顔面を殴られれば部位ごと損壊して、首の骨まで折られる。彼らがそこまで原種生物のような野生を持っているのか判らないが、容易ならざる相手には違いない。


『いや、そのまえにハチの巣だろ……』


 シンは前かがみになって息を整えながら戦力差を吟味したが、無駄な事に思わず溜め息が漏れた。

 万能工具マルチツールは腰のツールケースに差していたが、これを頼りに撃ち合うには分が悪すぎる。


 レーザー切断機は指先程度まで焦点を絞る必要がある。更に衣服一枚あれば、先にそこの温度を上げてしまう。これで人類の行動力を奪おうとするなら、狙いどころは限られた。そもそも外部バッテリーが無いので、持続時間も心許ない。

 プラズマ・スキャッターなら威力も効果範囲もある。が、射程距離の無さも折り紙付きで、装填してあるカートリッジは三発分だ。

 これが密林での活動ならバッテリーと装備ポケットも付いた背負子があり、タマさんからの支援もあった。


『でも今は無い……これが俺の、本当のところの力って事か……』


 そう認めるのは、ひどく心細いものがあった。

 何とか息を整えて背を伸ばす。窮地ではあるが、少なくとも命を奪われるような状況ではない筈だ。げんにアンドー一号に抱きかかえられたミトを見ると、顔をしかめてはいたが、深刻そうな空気ではない。


「巻き狩りかぁ。やられたな」


 ここまでまんまと追い込まれた、という事だ。ミトがそうこぼすと、黒毛の獣人が口元を歪めた。両の頬の毛が一部、青く染められていた。あれがミトの言う【青髭連合】の由来なのだろう。


「猿が我らの狩りから逃れられるものか」


 黒毛の獣人の口元が歪んでいたのは嘲笑が理由のようだ。ミトは顔色は変えず、実に和やかに返した。


「いやまったく、よく訓練された猟犬のようだ」


「犬どもと一緒にするなぁッ!!」


 えー、怒るとこ、そこ?シンは驚いたが、茶虎の方も腕組んでうんうんと頷いているので、たぶん種族的に大事なのだろう。


『ぶ、文化が違うってやつかッ……』


 異人種との付き合い方のむつかしさを改めて知るシンであった。

 さてそれで、圧倒的不利と思われる状況で、いきなりの剛速球で場を乱したミトの舌戦が始まった。


「それで【宇宙協商連合】の辺境宙域で今を時めく【青髭同盟】さんが、いち商人に何の御用で?商談なら約束を取り付ければ、いつでも場を用意しますけど?」


「上の意向は知らん」

 引き続き黒毛が答える。頭脳労働担当というやつだろう。

「だが、我ら兄弟の牛耳るマーケットに手配中の子猿が現れたのだ。もてなすのが筋だろうよ」


『黒毛と茶虎で兄弟なのかー。毛並みの遺伝まで猫科みたいだな』


 と、内心でド失礼な事を思っているシンをよそに、物々しい挨拶が続く。


「そこはお構いなく。それで、上の意向って【青髭同盟】の船団長さんのお誘いでよろしいので?」


「細かな出処は知らん。しかし宙域の猫科獣人類セリアンスロープの庇護者たる【青髭同盟】のオーダーだ。我ら兄弟に否やは無いッ」


 鼻息を荒くする黒毛。

 【青髭同盟】というのは辺境宙域で猫科獣人類を主要メンバーに、緩やかな支配体制を敷いている、という事だろうか。

 傍で聞いてるシンとしては、色々と見えて来るものがあってタメになる。が、同時に目的地への航路の困難さも垣間見えてきた。


『海賊船団と根拠地がある、くらいに考えてたけど……こりゃ宙域に根ざした軍閥のお膝元に忍び込む、くらいの認識に改めないと』


 軍隊における実戦部隊と後方支援の割合は2:8とか1:9とか言われる。海賊が同様かは知らないが、後方支援が兵站やインフラ設備、医療・生活面の整備など多岐に渡るのは変わらないだろう。まして地方を実効支配するなら、自活するだけの多様な力が必要だ。


 そういった機能を有した違法組織や独立した軍事力が、地方の後ろ盾として民衆の生活面まで支えるようになるのは、歴史上、ほんとうによくある。まして少数民族による集団なら、そのつながりは強いことだろう。少なくとも惑星【労働1368】の自治政府とシンのつながりよりは。


 子供は産まれる惑星環境を選べない。何とはなしに湿ったものを感じるシンをヨソに、現実ではドライな遣り取りが続いていた。黒毛が更に鼻息を荒くしながら、


「それにしてもお前ら猿は見分けがつかん!我等のように美しい毛並みをまとう訳でもないしな」


 その物言いに白けた目をするミトだったが、『あってたまるか』とは口にせず、かわりに如何にも商人がしそうな画一的な笑みをうかべた。


「他種族の美醜は繊細な話題だよ。一概に自身との違いだけをあげつらうなら、それこそを野蛮と言うんじゃないかな」


「な、何だとぉ……!」


 鼻白む黒毛の尾が不機嫌に左右にゆれている。頭の上の耳もピンと立っていた。ともすれば今にも嚙みかかりそうだ。

 攻撃態勢にうつる寸前の気配を察し、シンも腰をわずかに落として直ぐに動けるよう備える。

 戦いの前兆に空気が張り詰めてきた。むわりと獣臭が漂い始める。


 どん、と不意に重い音が響いた。

 茶虎が足を大きく踏み鳴らした音だった。大きな存在感と絶妙のタイミングが合わさり、張り詰めていた場が仕切りなおされる。

 黒毛も我へ返り、小さな舌打ちを漏らした。


「チッ……この騒ぎも仕舞いだ。着いて来てもらうぜ。子猿に、ノッポと全身義体の三人連れ」


『……ん?』


 シンは怪訝そうに眉をひそめ、ミトの顔を窺う。少年商人は自分を指さして小声で、


「子猿?」

 それからシンとアンドー1号を指さす。

「ノッポに、全身義体?もしかして……」


 ちょっと思案顔になると、すぐに歳に不相応な人の悪い笑みに変わった。


 シンにも察しがついた。あの獣人類たちが、猿起源の人間の見分けが付かないのは本当なのだろう。そして彼らの手下の中に、人間としての目線でモノを言える人材がいない。だから彼らは、お尋ね者の三人を捕捉した、と勘違いしているのだ。


「そうと分かれば……」

 ミトは今気付いたとばかりに、白々しく言ってのける。

「あれ~?そう言えば、今期のマーケットの町会長は【青髭同盟】さんでなく、【アンブロジオ一家】さんでは?この路上封鎖は許可取ってますか~?なんなら、うちの手代が今、向こうに行っているので、一緒に許可を出しときますー?」


 え、そういうモノなの?と驚いたのはシンも一緒だが、みるみる【青髭同盟】の間にも動揺が広がってゆく。黒毛が近くにいた手下を睨み付けた。


「狼狽えるなッ!それと手配書の3人って、こいつらじゃなかったのか!?」


「だから言ったじゃないですかぁ、ノッポじゃなくて、背の高い女って……」


「お前ら人間の雄と雌は区別がつかんのだ!」


 黒毛、地団駄。手下たちは人間なので、シンが手配書と違う事に気付いてはいたようだ。どうすんだこれ、という嫌な空気が広がってくる。

 が、またしても、それをぶち破ったのは茶虎だった。


「かまわんさ。許可もなにも、客人とのちょっとした余興レクリエーションだ」

 そう言って前へ出ると、毛むくじゃらの太い指を拳に固める。

「どうせガキの身柄はこっちが押さえるんだ。ここにいないヤツがいても、最後にゃ向こうから顔を出すさ」


 それは傲慢ではあるが、急所を押さえた的確な物言いだった。

 黒毛が頭脳労働担当なら、茶虎は肉体労働担当かと見えたが、実際はこっちがリーダーなのだ。


「なぁ、ノッポの兄ちゃん?追い立てる勢子せこを妙な業で潰してたな。腕に覚えがあるんだろう?」


 獲物を値踏みする、ねっとりとした目がシンへ注がれる。


「だから、なぁ、やろうや――」


 現れたのは猫でも虎でもなく、闘争に餓えた狼だった。

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